月蝕



見上げた先にある金色の海に指を絡めて、そのまま眠る事が出来たならばもう。もう、何もかも叶わなくてもいいと思った。


――――望みはただひとつ。ただひとつ、貴方の綺麗なその瞳。


触れて離れる口づけはただひたすらに優しくて、けれども何処かもどかしくて。それが何なのかを確かめようとしたら、もう一度唇が降ってきた。
「…パーシバル様……」
名残惜しげに唇を離して、零れ落ちる名前はただひとつ。ただひとつ、愛する貴方の名前だけで。その言葉が零れ落ちて空気に触れたその瞬間、そっと髪を撫でられた。大きなその手のひらで。
「―――どうした?クレイン」
綺麗な手だった。あんなにも力強く剣を握るのに、あんなにも沢山の血を浴びてきたのに、貴方の手は綺麗だ。ずっと、綺麗だ。
「何でもありません。ただ貴方の名前を呼んだら胸が苦しくなりました」
指を伸ばして触れる金色の髪は、どんなものよりもこの指に馴染んでいた。離しても消えない感触を残す程に。触れなくても指先が無意識に憶えてしまう程に。
「苦しいのに、それでも何度でも貴方の名前を呼びたい…パーシバル様……」
綺麗な金色の髪も、冷たく激しい紫色の瞳も、陶器のように白いその肌も、全てが。全てがどうしようもない程に欲しくて。欲しい、貴方だけが。
「呼べ、幾らでも。私の名前すらも…お前にやろう、クレイン」
唇がそっと降ってくる。睫毛の先に、瞼に、鼻筋に、そして唇に。その感触全てに震えた。こころが、震えた。


零れ落ちる月の灯りよりも、ずっと。ずっと貴方は綺麗で。だからきっと。きっとこんなにも胸が苦しい。永遠に、苦しい。
「どうして僕はこんなにも貴方が好きなのだろう?」
その問いに答える代りに首筋にひとつ唇が降りてくる。その感触に甘い吐息と共に睫毛を震わせれば、指先が胸元に滑り込んできた。偶然辿り着いたとでも言うように、胸の果実に触れながら。
「…こんなにも…貴方がっ…あっ……」
軽く摘ままれてそのまま指でぴんっと弾かれた。その刺激に耐え切れずに背中にしがみ付けば、ふわりと髪から微かな薫りがした。それは僕だけが知っている、貴方の匂い。僕だけが、知っている……
「―――私がそんなにも好きか?」
「…好き…ですっ…貴方だけが…あぁっ……」
誰にも知られたくない。誰にも教えたくない。誰にも渡したくない。この薫りと、この感触と、そしてこの場所を。誰にも渡したくない、貴方を独りいじめしたい。ただそれだけだ。それだけだから。
「私もお前を愛している、クレイン」
「…パーシバル…様っ…はぁっ…ぁぁ……」
乱れる吐息を止められない。指で弄られる胸の突起は痛いほど張り詰め、敏感に刺激を伝えてくる。火照り疼くこの身体に。
「…あぁっ…あぁんっ……」
生暖かい感触が胸の果実を包み込む。ざらついた舌が先端を突く。それだけで僕の意識は溶かされてゆく。このままどろどろの液体になって貴方に注ぎ込む事が出来たらいいなと、馬鹿な事をふと思った。けれどもそんな子供染みた夢想も与えられる刺激が打ち消してゆく。何も、考えられなくなるほどに。何も、考えたくなるほどに。
「―――クレイン、瞳を開けろ」
「…パーシバル…さま……」
「お前だけだ。私の瞳に映っているのは―――お前だけだ……」
睫毛が、触れる。瞳が、重なる。そして重なる唇の感触を感じながら僕は見ていた。ずっと、見ていた。貴方の瞳に僕だけが映っているこの瞬間を。


好きという想いだけで生きてゆけたならば。
「…パーシバル様…好きです……」
愛するという気持ちだけで生きてゆけたならば。
「…好きです…貴方だけが…僕は……」
それ以上幸福な人生を僕は知らない。それ以上のしあわせを僕は知らない。


――――貴方を好きで、どうしようもない好きで。ただそれだけだから。


絡み合う指先のぬくもりが世界の全てならば、もう何も見えなくてもいいと思った。何も触れなくてもいいと思った。
「―――あああっ!!!」
繋がった個所から溢れる熱が全身を駆け巡り、何もかもを呑み込んでゆく。疼く身体の芯と痺れるこめかみが、何もかもを溶かしてゆく。何も、かもを。
「…あああっ…あああっ!パーシバル…さまっ!…ああんっ!!!」
零れ落ちる汗も、滴る体液も、全部。全部僕だけに注いで。僕だけに注ぎ込んで。そして埋めて。『貴方』と名のつくもの全てで、僕を埋めて。
「クレイン、口を開けろ」
「…パーシバ…ル…さ…んんっ…んんんんっ!!」
絡め合う舌はまるで生き物のようだった。ぴちゃりぴちゃりと濡れた音を立てながら、貪欲に互いの口内を弄る。どちらともなくきつく絡め合い、まるでこのまま引き千切ろうとでも言うように。
「…はぁっ…んんっ…んんんっ…ふぅんっ!」
突き刺さる楔が奥へ奥へと捻じ込まれる。そのたびに淫らな僕の内壁はそれをきつく締め付けた。逃したくなくて。逃したくないから。この刺激を、貴方自身を、僕の中に埋め込んで欲しいから。
「…出すぞ、クレイン……」
「―――っ!んんんんんっ!!!」
唇を深く重ねながら、互いに達した。僕の中に注がれる熱い液体を感じながら、自らも勢いよく精液を吐き出した。


指を、絡める。金色の海に。貴方の綺麗な金色のその髪に。触れずとも憶えてしまったその感触に。何よりも知ってしまったその感触に。
「僕が貴方を好きでいる限り…きっとこの胸の苦しさは消えないのでしょうね、でも」
何よりも知りたくて、何よりも願ったもの。それを手に入れてしまったら、喜び以上の怯えがあって、それを。それを消す事は出来ない。どうやっても出来ない。僕が貴方を好きでいる以上。貴方だけを愛している以上。
「…でもそれこそが僕のしあわせなんです…この苦しみすらも貴方から来るものならば……」
消せなくていい、消さなくていい。これこそが貴方を愛する証なのならば、永遠に消えなくていい。痛みすらも貴方が与えてくれるものならば、僕はそれすらも欲しい。贅沢なほどに、欲しい。
「―――それは私も同じだ、クレイン。お前を愛する事で…私は初めて知った、愛する事の痛みを」
それすらも、欲しい。全部、欲しい。貴方と名のつくもの全てを。貴方から与えられるもの全てを。もう他に何も叶わなくてもいいから。


唇が、触れる。そっと触れる。それは何処か甘い痛みを伴う、口づけだった。