この森の中に、この碧の中に、貴方を埋めてしまえたら。
綺麗な金色の髪に指を絡めて、拒まない唇に口付ける。
重ね合わせ濡れた唇がひどく瞳に鮮やかに映った。
綺麗だなと、思った。本当に綺麗だなと。それだけを、思った。
髪に絡めた指先はそのままで。そのままで僕は貴方の瞳を見上げた。深い蒼いその瞳を。
「――――パーシバル様…髪に葉が、付いてます」
頭上から落ちてきた葉が貴方の髪に絡まる。その葉すらも、嫉妬した。馬鹿みたいに、嫉妬した。僕は貴方に触れるもの全てに、そんな想いを抱かずにはいられない。
「クレイン?」
顔を上げ膝立ちになり、貴方の髪に落ちた葉を口に咥えた。髪から指を離したくなかったから、そのまま唇で葉を取った。
「…そんな事を、しなくても…」
貴方の指が僕の唇に伸びて、咥えた葉を取った。それがはらりと土の上に落ちる。その葉を見届けるよりも僕は。僕は目の前の人を…見ていたかった。ずっと、見ていたかった。
「いいんです。今だけは誰も貴方に触れて欲しくないから」
髪に触れていた指をそっと貴方の首筋に廻した。そのまま顔を埋めれば、貴方は優しく抱き止めてくれる。広く優しい腕が僕を、抱き止めてくれる。
――――この腕がずっと。ずっと、僕だけのものならば……
貴方を奪うものは山のようにある。貴方を僕から、奪うものは。
それは戦場。それは政治。そして、絶対の主君である王子。
そのひとつひとつが、少しずつ僕から貴方を奪ってゆく。
誰にも、誰にも貴方を渡したくないのに。
分かっている、それはただの我が侭で。それは僕の我が侭で。
貴方は僕だけのものじゃないのに。僕だけの貴方じゃないのに。
それでも僕はどうしても。どうしても貴方を求めるのを止められない。
「…パーシバル様……」
貴方が、好き。貴方だけが、好き。
「どうしたら僕だけ見てくれますか?」
ずっとずっと、貴方だけが好きだった。
「…どうしたら僕だけを……」
それ以外のものは僕には、なかった。
拒む事のない唇に口付ければ、貴方は答えてくれる。舌を絡めて、身体を抱き寄せて。そして眩暈が起きるような、激しい口付けをくれる。
「…はぁっ…パーシバル…様っ……」
何度も何度も唇を合わせて、合間に何度も名前を呼んで。指を絡めて、舌を絡めて、そして貴方へと溺れてゆく。こめかみが痺れて思考が溶かされる激しい口付けに。
「私の全てが欲しいか?」
大きな指がそっと口許に零れた唾液を拭ってくれた。その指先すら誰にも渡したくなかった。この人を誰にも渡したくなかった。本当に、それだけだった。
「…欲しいです…貴方の全部が…何時もそればかり考えて、気が狂いそうです……」
本当に廻りが見えなくなるほどの恋を。貴方以外何も分からなくなるほどの、恋を。そんな想いを自分が持つなんて思いもしなかった。こんなにも全てのことに盲目になるほどに。
それでも沸き上がる衝動は抑える事が出来ずに、愛する想いはただ溢れるだけで。溢れて零れてゆくだけで。それを。それを止める事が、出来なくて。
「この指も、髪も…全部、僕だけのものならば…いいのに…」
僕の全ては貴方のものだけど、貴方の全ては僕のものじゃないから。
綺麗な金色の髪。光を反射して、きらきらとしている髪。
「――――私の全てをお前にあげられたら…よかったな……」
綺麗な貴方の髪。ずっと指を絡めていたいその髪。ずっと、ずっと。
「そうしたらお前を私はしあわせにしてやれたかもしれん」
地上に貴方と言う存在がある限り、僕は永遠の鎖で繋がれている。
「…こんな私でも…お前という存在をしあわせにしてやれる事が……」
それは僕が貴方を求める限り、永遠に解く事は出来なくて。
「しあわせなんて、要らないです。要りません」
「―――クレイン」
「そんなものよりも、ここに貴方がいる方が僕には大事だから」
「……」
「それ以外のものは僕には無意味なんです」
どうしたら説明出来るのだろうか?この想いを貴方に伝えることが出来るのだろうか?この溢れて零れる、どうにも出来ない想いを。貴方だけに捧げる、この想いを。
「私がここに、いるだけでいいのか?それだけでお前はいいのか?」
説明すら出来ない想い。加速し、止められない想い。何故こんなにも?どうしてこんなにも?もうその質問は何度繰り返したのだろうか?どれだけ繰り返して、答えを探したのだろうか?けれども答えなんてどこにもなかった。どこにも見つからなかった。
「いいんです。今はここにいてください。今だけは僕だけ見ていてください。貴方の全てを独りいじめ出来ないのならば…今だけでも僕だけのものでいてください」
見つからないほど溢れる想い。見つけられないほど、自分を見失う恋。そんなものに溺れるのは許されないだろうか?端から見たら滑稽だろうか?でも、それすらももう。もうどうでもいいほどに。
「―――今だけでいい…僕だけ見ていてください……」
貴方を求め永遠に満たされない心。潤う事のない乾き。でもそれは。それは僕が貴方を好きになった時から、覚悟していた事だから。分かっていた事だから。
「…私は…無力だな…お前のしあわせが一番の願いなのに…それだけが、叶えてやれない」
貴方は言った。私を選ぶなと。
私を選べばお前はしあわせになれないからと。
私はお前をしあわせにしてやれないからと。
だから私だけは選ぶなと。選ばないでくれと。
でも貴方がその言葉を僕に告げた時点で、もう僕は戻れないところまで来ていたんです。
だって貴方が願ってくれた。僕の為に願ってくれた。
自分の事よりも僕にしあわせになって欲しいと、そう。
そう貴方が願ってくれたから。だから、僕は。
僕は迷わず貴方を選ぶ。貴方以外の誰かとしあわせになる道よりも、貴方を愛して苦しむ道を。
だって、それが不幸だと誰が決めたのですか?
貴方のそばにいて、しあわせになれないと。
それが一番のしあわせじゃないからと。それを。
それを誰が決めたのですか?誰が言うのですか?
誰に何を言われても、僕が決めた事。僕が貴方を選んだ。貴方だけを、選んだ事。
「…要りません…しあわせなんて…貴方に比べれば全てが僕には無意味なんです……」