――――しあわせになりたいと、ずっと願っていた。
貴方にとってのしあわせがどんなものだろうかと、ずっと。ずっと捜していた。貴方がどうしたらしあわせになれるのだろうかと、ずっと。それは何時も手探りで、形のないものだったけれど。けれども必死なって僕は捜していた。
…貴方が躊躇う事無く、微笑える方法を……
何時ものように仕事を終え自宅へと戻ると、机の上に小瓶が置かれていた。それはパーシバルが普段使っている机だった。その上に置かれた小瓶にはひとつ。ひとつ葉が生けられていた。
「―――?」
その緑色の小さな葉を見るために近付けば、同時に視界に飛びこんできたのが金色の髪だった。窓から零れる月の光を浴びて淡く光る金色の髪。その髪にそっと触れながら、パーシバルは瓶の中の葉を見つめた。それは四葉のクローバーだった。
「…お前か……」
その瓶を置いた相手は間違えなく自分の机の上で寝息を立てている人物に間違えない。いや、彼以外にありえないのだ。パーシバルの部屋を自由に出入り出来る人物は、この部屋の主と彼しかいないのだから。
「―――クレイン、こんな所で寝ていたら風邪を引くぞ」
無防備な寝顔を見つめながら、そっとパーシバルはその髪をもう一度撫でた。柔らかい髪はひどく指に馴染み、パーシバルの気持ちを優しいものにさせた。ひどく、優しいものに。
「…パーシバル…さま……」
その声に睫毛が何度か揺れて、その瞳が開かれる。綺麗な紫色の瞳がまだ寝ぼけた様子のまま、それでもパーシバルを見上げてくる。顔を上げて髪に触れていたその手に自らの指を絡めて、そして。そして嬉しそうに微笑いながら。
「お帰りなさい、パーシバル様」
「ただいま、クレイン」
その言葉がすんなりと出てきた事に、パーシバルは苦笑した。自分が誰かに対して『ただいま』という日が来るとは思わなかった。こんな風に誰かが自分を待っているという状況が思い浮かばなかったのだ。ずっと独りで、これからも独りだとそう思ってきたから。
自分が誰かを大事に、そして一緒にいたいと、思う事など…ありえないと思ってきたから。
でも今こうして。こうして自分の為に待ってくれる相手がいる。自分の為に微笑ってくれる相手がいる。それが何よりも、自分を満たしてくれた。何よりも満たされていると、そう思った。
「…お帰りなさい…ずっと貴方を待っていました……」
指を絡めたままクレインは立ち上がると、そのままパーシバルの前に立った。頭一つ分だけ大きいその顔を見上げて。見上げて、そのまま躊躇う事無く腕の中に飛び込んだ。
「こら、クレイン。離れろ」
絡めた指を離してそのままぎゅっと背中に腕を廻して抱きつくクレインに、パーシバルはひとつ溜め息を付いた。彼は二人きりの時にはひどく自分に甘えてくる。それが嫌だという事じゃない。ただ。ただどうしていいのか分からないのだ。そういったものを経験してこなかった自分には、こんな時どうしていいのか分からない。クレインのように自分の気持ちをストレートに出す事に慣れていないパーシバルには、本当にどうすればいいのか分からないのだ。
「嫌です、だってやっと貴方に逢えたのに」
ベルンとの戦争が終わっても、戦いの日々は終わる事はなかった。遠征に出て家を空けるなどざらだった。騎士は命じられれば常に前線で戦う。それがパーシバルの日常だった。戦いに明け暮れる殺伐として日々が、それが自分の日常だった。けれども。
「やっと貴方に触れられるのに」
けれどもそんな日々を崩したのは腕の中の彼だった。この存在こそが唯一の安らぎで、そしてパーシバルにとっての不安でもあった。こんな風に自分が誰か一人の存在に捕われるなど夢にも思わなかったから。騎士として生きる自分には、必要以上に大切な存在など作らないと決めていたから。王子以上の存在など作らないのだと。
けれども王子以上に護りたいと思うものが。大切にしたいと願う存在が。今この腕の中にある。こうして抱きしめている腕の、中に。
「クレイン、私はまだ湯にも浸かっていない…汗臭いだろう?だから……」
このまま抱きしめていたら沸き上がるのは劣情だけだ。今でもこのままきつく抱きしめ、その身体を貪りたいと思っている。久々に逢えた恋人のぬくもりを感じたいと。このまま、抱きたいと。
「構いません、そんな事」
「…お前は良くても私は…困る…とにかく湯に浸からせてくれ」
普段から顔の筋肉をろくに動かさないパーシバルが、珍しく困った表情を浮かべた。それが何よりもクレインを喜ばせた。自分にしか見せないそんな彼の表情が嬉しかった。
「―――何を笑っている……」
「いえ、嬉しくて。貴方がそんな顔を僕に見せてくれるのが」
「…お前は…とにかく待っていてくれ、クレイン」
「嫌です」
パーシバルが身体を引き剥がそうとしたら、それを拒否するようにクレインは益々しがみ付いて来た。そして盗むように触れるだけのキスを、して。
「…一緒にいられる間は…ひとときも離れたくないんです…だから……」
「―――クレイン?」
「…だから…一緒に……」
流石にそれ以上の言葉を言えないのか、クレインは俯いてパーシバルの胸に顔を埋めた。けれども彼が告げたかった事は、彼がしたい事はパーシバルに伝わったから。だから。
「……責任取れないぞ………」
ぼそりと呟くように告げられた言葉に、クレインは微かに頬を染めながら微笑った。そして。そしてパーシバルにしか聴こえないような小さな声で、呟く―――僕もそのつもりです…と。
馬鹿みたいだけど、必死になって捜していた。
しあわせになれる四つ葉のクローバーを。
貴方がいない間、僕は何かをしていないと駄目になるから。
貴方が怪我をしていないか、とか。無事だろうか、とか。
そんな事ばかり考えて、他の事が手に着かなくなってしまうから。
だから何時も捜していた。貴方が喜んでくれる事を捜していた。
それを考える事で、貴方への不安を別の想いに変えていたから。
貴方がしあわせになれる方法。貴方がしあわせでいられる方法を。
だから捜した。一生懸命に捜した。気休めでしかないかもしれないけれど。
それでもずっと。ずっと捜した。四葉のクローバーを探した。
浴室に入った瞬間、抱きついてきた身体をパーシバルはそのまま抱きしめた。扉を閉めてその身体を壁のタイルに押し付けると、唇を重ねた。
「…ん…ふぅっ……」
触れるだけのキスとは違う貪るような口付け。舌を絡め合い、口内を弄った。ぽたりと水滴が落ちる音と混じって、舌が交じり合う濡れた音が響く。それが互いの官能に火を付けた。
「…んんっ…んっ……」
クレインの両腕がパーシバルの背中にしがみ付き、もっとと言うように身体を引き寄せてくる。それに答えるようにパーシバルは何度も何度もクレインの唇を奪った。離れていた時間を埋めるように、沸き上がってくる思いのままに。
「…あっ…パーシバル…様っ……」
唇が離れ二人の間を唾液の糸が結んだ。それがぽたりとクレインの口許に零れる。それを舌で辿りながら、パーシバルの指がクレインの胸の突起に触れた。それは指で触れただけで、ぷくりと立ち上がった。
「…あっ…あぁっ…ん……」
指の腹で突起を擦ってやれば細い肩が小刻みに揺れた。その反応を確認するように指先で摘んで、紅く熟れた突起に爪を立ててやる。それだけでクレインの唇からは甘い吐息が零れた。
「―――クレイン……」
「…パーシバル…様っ……」
久々に触れた肌はひどく熱かった。滑らかで瑞々しい、きめの細かい肌。指先に何よりも馴染む、その肌が。それが何よりもパーシバルを悦ばせた。何一つ変わる事のない感触、自分だけが知っているもの。自分だけの…もの……。
「何時もよりも、反応が早いな」
「…あっ…それは…っ……」
首筋に顔を埋めながら、パーシバルはクレインの下半身に触れた。大きな手がソレに触れた瞬間、クレインの息が一瞬詰まる。けれども柔らかく包み込まれたその感触に、あっさりと唇は甘い吐息で解かれた。
「もうこんなになっている」
パーシバルの言葉通り包み込んだだけなのに、クレインのソレは硬く立ち上がっていた。どくどくと脈を打ち、先端からは既に先走りの雫を零している。
「…だって…我慢…していたから……」
「―――我慢?」
首筋から顔を上げ、パーシバルはクレインの耳元で囁いた。低く少しだけ掠れた声。それはクレインだけが知っている、彼の夜の声だった。
「…ずっと…貴方に抱かれるまでは…僕は……」
「一人でしたりは、しなかったのか?」
息を吹きかけられるように言われた言葉に、クレインの頬がさぁっと朱に染まる。図星を指されて否定できずに、かと言ってはいとは言えずにぎゅっと目を瞑るだけだった。
「したんだな。私を想ってか?」
目を瞑っても、分かった。パーシバルがくすりとひとつ微笑ったのを。それがどんなに自分をぞくぞくさせる笑顔か分かっている。分かっているから目を開けなかった。開けてしまったら、このまま自分は達してしまうだろうから。
「…それ以外に…僕が想う事は…ありません……」
「ないのか?」
「…ないです…僕は…貴方しか……」
「―――そうか」
パーシバルの手がクレイン自身を包み込みながら、触れるだけの柔らかい愛撫を与える。それに息を乱しながらも、クレインは無意識に腰を振った。軽い刺激では火照った身体には物足りなくて、もっと強い刺激がほしくて。
「…はぁっ…あ…パーシバル様……ぁっ……」
焦らされる苦痛に、クレインの目尻から生理的な涙が零れて来た。首を左右に振って、必死に現状から逃れようとする。イケたいのにイケないもどかしさから、逃れようとする。そんなクレインをパーシバルは見下ろして、包み込んでいた手を離した。
「…あっ…パーシバル…様…っ……」
失われた刺激に耐えきれずクレインはパーシバルに自身を押し付けた。限界まで膨れあがったソレを。そうして解放をねだった。けれどもパーシバルはそんなクレインを見下ろして、そして。
「見せてくれ、私に」
「…え?……」
「見せてくれ。お前がどういう風に、私を想っていたのかを」
パーシバルの意図に気が付いてクレインの全身が朱に染まる。けれどもその蒼い瞳に見つめられれば、それを拒む事は自分には出来なかった。出来るはずが、なかった。誰よりも愛したその人の願いなのだから。
「…ふっ……」
クレインは目を閉じ、その場にしゃがみ込んだ。そして脚を広げ、自身に指を這わせる。それと同時に、自らの秘所に指を埋めこんだ。
「…くふっ…はぁっ…あぁ……」
前を扱きながら膝を立ててわざと蕾をパーシバルに見えるようにした。そうして蠢く秘孔に指を挿入させ中を掻き乱す。ひくひくと蠢きパーシバルを求めているソレを。
「…パーシバル…様…ココに……」
指で入り口を押し広げ、ソコをパーシバルの眼下に晒す。今自分がどれだけ淫らな格好をしているか、嫌と言うほどに分かっていた。けれども今。今はそんな事よりも、もっと。もっと自分は欲しいものがあったから。何よりも欲しいものが。
「…僕のココに…貴方の……」
「欲しいか?クレイン。自分の指でイクよりも…私のがいいのか?」
「…貴方が…いいです…貴方が…欲しいです…だから……」
強く扱けば達する事が出来るのは分かっていた。それでもクレインは自らの指で出口を塞ぎ、狂うような快楽を堪えながらパーシバルを求めた。秘所を眼下に暴き、指で何度も掻き乱しながら。
「…だから…僕の中に…貴方を……」
その言葉にパーシバルはひとつ微笑って。クレインの手を離させると、そのまま腰を掴んで一気に貫いた。
熱い塊が中に入ってくる感触に、クレインの瞼が震えた。そして貫かれた瞬間に、限界まで膨らんでいたソレが一気に放出する。白い液体が飛び散って、クレインの肌を汚した。
「挿れただけなのに、イッたのか?…全くお前は……」
「…ごめんなさい…でも僕…我慢…出来なくて…あっ……」
欲望を吐き出したソレに、パーシバルの手が添えられた。それだけなのに再び自身は震えながらも立ち上がる。それを確認してパーシバルは腰を揺すった。
「…あっ…あぁぁっ……」
太腿を掴まれながら、激しく腰を打ちつけられる。背中に冷たいタイルの感触を感じながら、それ以上に熱い身体でそれに答えた。繋がった個所から蕩けるような熱が溢れだし、擦れた肉の感触に喘ぎが止まらない。止まらない。
「…ああっ…ああんっ…パーシバル…様っ…あぁぁっ……」
きつく楔を内壁が締め付けるたびに、クレイン自身は硬く熱くなってゆく。そして中を掻き乱すパーシバル自身も。そして。
「…あぁぁ…もぉっ…パーシバル様…っ僕は……」
「―――クレイン…私もだ…出すぞ……」
そして、パーシバルは限界までクレインを貫くとその中に熱い本流を流し込んだ。それと同時に。
「あああああっ!!!」
同時に、クレインも二度目の射精を自らの腹の上にぶちまけた。
「…パーシバル様……」
息は荒いままだったけど、名前を呼んだ。
「きつかったか?クレイン」
労わるような瞳が僕に向けられるのが嬉しくて。
「…平気です…貴方だから……」
嬉しかったから微笑ったら、キスをしてくれた。
「…貴方なら…何をされても…しあわせです」
優しい優しい、キスをしてくれた。
―――――貴方が微笑ってくれれば、それでいい。その為なら僕はどんな事でも出来るから。
「そう言えばクレイン。あのクローバーはお前か?」
「ええ、捜していたんです。ずっと」
「どうして?」
「…しあわせになれるようにって…貴方が……」
「―――お前は…そんな事をしなくても……」
「…パーシバル…様?……」
「…私にとってのしあわせは…お前がここにいることなのに……」