Endless sorrow



―――――君の笑顔が、見たいから……


誰かが踏み躙った君の背中の翼を。
もぎ取られた真っ白な翼を、何時しか。
何時しか僕がこの手で。この手で、君に。


君に与える事が出来たならば。


時間が無限だったなら、僕の全ての時間を君に捧げて護れるのに。僕の命が永遠ならば、君をずっと。ずっと、見ている事が出来るのに。君の笑顔が戻るその日まで。
「イドゥン、ここにいたの?」
ナバタの里の、自然の中で少しずつ君は『こころ』を、取り戻し始めていた。本当に少しずつだけど、君の瞳が。君のその瞳に見えるようになった優しい光を、僕は気のせいだとは思わないから。
「…ロイ…様……」
長い髪が風に揺れながら、ゆっくりと振り返る君。人形のようだったその顔は、今は『人間』に、見える。僕らと同じ心を持った人間に。
「元気にしていた?淋しくは…なかった?」
僕の言葉に不思議そうに見上げる双眸が、不思議な色を称えるその瞳が僕を捕らえて離さない。吸い込まれそうなその瞳が。
「…分かりません…淋しい?…淋しいって?」
鏡のような瞳だった。ただそこにあるものを映し出すだけの。ありのままを映し出すだけの瞳だった。そこに何も見出せず、何もない空っぽの瞳。でも今は。今は少しずつ。少しずつ見えてくるものが、零れて来るものがあるから。それに君が気付かなくても、他人が気付かなくても、僕には。僕にだけは、分かるから。


何時しか君はまたひとりぼっちになってしまう。
その時に。その瞬間に、君がもう淋しくないように。
君がひとりじゃないように。僕の魂が。
もしも魂があるのなら、ずっと。ずっと君のそばを。

――――君のそばを、漂っていられたのなら……


「僕は淋しかったよ、君に逢えない間」
君が、好きだよ。空っぽの君を、僕は。
「ずっと、淋しかった」
僕は埋めてあげたいと思った。教えたいと思った。
「…ロイ…様……」
太陽の光が眩しいって事を。萌える緑が綺麗だという事を。
「…淋しかったよ…イドゥン……」
そんな当たり前のことを、知らなかった君に僕は教えたかったんだ。


そっと伸ばされる君の手。初めて触れた時はひんやりと冷たかったけれど、今は。今はこんなにもぬくもりを感じることが出来る。指先から伝わるぬくもりを、そっと。そっと感じることが出来る。君の、ぬくもりを。
「…私…ロイ様に……」
確かめるように僕の顔を辿る指が。僕の形を辿る指先が。どうしてだろうね、ひどく切なく感じるのは。どうしてだろう、こんなにも胸が苦しくなるのは。
「…ロイ様に…逢いたかった…です…逢いたかった…こうして……」
君はただの女の子で、普通の女の子で。けれども君はただ当たり前のしあわせを、ただ当たり前の日常を。そんな普通のしあわせを奪われた…神竜だから…奪われた……。
「…触れたかった……」
その手を取り耐えきれずに僕はその華奢な身体を抱きしめた。少しでも力を込めたら壊れてしまいそうなその身体を、そっと。そっと抱きしめた。


もしもこの世界の何処かに永遠が存在するのならば。
どうかこの少女の気持ちに。芽生え始めたこのこころに。
どうか、どうか、僕の想いを。想いを永遠に。
永遠に注ぐことが出来るようにしてください。


――――もう二度と彼女を独りにはさせないでください。


君の背中の翼を、もう一度。もう一度飛び立てるように。
もう一度君がこの蒼い空へと飛び立てるように。
君の背中の翼を。僕の翼なんて、君に全部あげるから。


「…ロイ様…私……」
小さく震える身体。それでもおずおずと背中に伸ばされる腕。
「…イドゥン……」
この手で閉じ込められるなら閉じ込めるのに。君を傷つける全てのものから。
「…私…きっと……」
どうして僕はこんなにも無力なのだろう。所詮君を救ったのは封印の剣の力だけで。
「…きっと…淋しい…と…」
あの剣が君を救ったのだから。でも。でもあの剣を持てたのは僕だけで。僕だけ、だから。
「…淋しいと…思っていると……」
だから、自惚れでも言わせて欲しい。君を救えるのは僕だけだって。


「…貴方に…逢えない間……」



私にはこころがありません。こころは奪われました。
だから何もなくて、空っぽなんです。
何も持っていなく、ずっと独りぼっちだったんです。
けれどもそれが淋しいとも哀しいとも思う事はありませんでした。

――――だって私にはこころがないから。

こころがないからそんなことすら、思う事自体なかったのです。
でも。でもそんな私に貴方はこころをくれました。
そんな私に貴方は暖かいものを注ぎ込んでくれました。
空っぽで何もない私に。そんな私に貴方だけが。貴方だけが、与えてくれたのです。

ただひとつのものを。ただひとつの、大切なものを。

優しくて暖かくて、切なくて苦しくて。
けれども何よりもかけがえのないもの。何よりも、大切なもの。
それは空っぽだった私のこころに。私のこころにそっと。
そっと降り積もり、そして私の全てを埋めてくれました。
冷たかった私を暖めてくれたただひとつの想い。ただひとつの、想い。


それを与えてくれたのは、貴方だけでした。



「…イドゥン……」
こうして指を伸ばせば貴方に触れられる。貴方のぬくもりを感じられる。
「…淋しかったです…ロイ様……」
貴方の鼓動を感じられる。貴方の命を感じられる。貴方が生きている事を…感じられる。
「うん、僕も。僕もだよ」
このままずっとこうしていたいと、そう想うことがきっと。きっと『気持ち』だから。
「君に逢えない間は」
これがきっと。きっと『こころ』だから。


そっと目を閉じて、貴方の胸に顔を埋め、鼓動を聴く。その命の音が何時しか失われ、そして。そして私たちは離れ離れになるのは分かっている。私はまた独りぼっちになって『淋しい』想いで埋められるのだろう。でも。でも気付いたから。今、分かったから。


―――その想いすらも、貴方が与えてくれるものだって。



何時しか僕はこの腕を君から離す日が来るのだろう。僕等の身体を流れる時計の針の長さが違う限り。けれども。けれども、僕は。
「だから今は淋しくない…嬉しいよ、イドゥン」
君に消えないものを、決して君が淋しくないように消えないものを。ただひとつのものを、君に。
「…君と共にいれて。君と同じ時間を過ごせて、嬉しいよ…」
溢れるほどに与えて、そして。そして君の全てを包み込めるように、いっぱい。いっぱい、君に。
「…ロイ様……」
君だけに与えよう。君だけに捧げよう。僕の全てで、君の背中の羽が再生されるように。



「―――今こうして君と共にいる事が…何よりもかけがえのない時間だから……」



僕の言葉にそっと。そっと君が微笑ったのは。
決して僕の…僕の気のせいじゃないだろう。




…君がそっと…そっと…微笑ったのは………