ひかり



声が、腕が、瞳が、涙が…全部、全部切なくただ降り注いだ。


流れゆく記憶の中で、君だけがずっと僕の中にいた。君だけが、ただそこにいた。
「…どうして?……」
どうして?君が好きだから。君だけが、好きだから。だから僕は君を…君を救いたかった。
魔竜に変化し聴こえない悲鳴を上げながらただ戦い続ける君に。そんな君に僕は。僕はもっと。もっと違うものを与えたかったから。
「…私…殺さなかったの?……」
その身体を封印の剣が貫き、魔竜は世界から消えた。そして残ったものは。残ったものは…こころを奪われただの少女。運命に操られ続けた憐れな娘。
「――――殺せないよ、僕には君を…殺せはしない……」
君を連れ去った。もう誰も君を傷つけないようにと。もう誰も君を利用しないようにと。このナバタの里奥深く…歴史から君と言う存在が消えるようにと。魔竜と言う存在が、消えるようにと。
「殺せない、だって君はただの…ただの女の子だ……」
細い腕、華奢な身体。透けるほどの白い肌と、硝子のような瞳。こんなにも君は非力で、こんなにも君は小さい。こんなにも君は。
「僕には殺せないよ」
君の手がそっと伸びて。伸びて僕の頬に触れた。確かめるように僕の顔を指で辿る。細い指、だった。力を込めて握り締めたら壊れそうなほどの。壊れそうなほどの細い指先。こんなにも…こんなにも君は無力なのに。どうして運命は君にこんなにも重たいものを背負わせるのだろうか?
「――――イドゥン……」
指が僕の唇に触れた。ナバタの砂嵐のせいでかさかさに枯れた唇だった。その唇に何度か君は指で触れて、そして。
「…貴方を…私は知っている…貴方の光…知っている……」
そしてふと、指先が躊躇うように離れた。離れた先の君の瞳を見つめれば、ひどく。ひどく切なげな顔で僕を見つめる。
それは確かに君の『こころ』だった。確かに君の感情から来ているものだった。君の…気持ちから来ている表情だったから。
「…知っている…私は……」
宙に止まるその指先に僕は自らのそれを絡めた。その瞬間ぴくりと、指が震える。けれども僕は構わずにそのまま指を絡めて…君の身体を腕の中に引き寄せた。



ひかりが、みえた。やさしい、ひかりが。
こころのないわたしに。そっと、そそがれたひかり。
そっと、そっと、そそがれたひかり。


何時も聴こえたのは陛下の声だけ。私を導くその声だけ。
けれども時々。時々それすらも遠くに消えるような光がそっと。
そっと私に注がれる瞬間があって。そっと降り注ぐ瞬間があって。

それが何なのか、私には分からなかった。分かる必要が、なかった。

私は陛下の為に生き、命じられたまま動けばいい。
ただ一人この世界を解放する魔竜となり、支配すればいい。
それだけだった。それだけだったから。


――――でも…見えたの…光が…そっと私に見えたの……



「…見えたんだ…君が…僕には……」
封印の剣をこの手にした時。その瞬間に、見えたものがある。
「…君の孤独なこころが…君の淋しいこころが……」
そっと僕に流れこんできたものは、君の。君の想いだった。
「…僕には見えたから…君の一番綺麗なこころが……」
サビシイと、ヒトリハイヤだと…蹲り泣いている君の想いだったから。


どんなに奪われても、消えないものがある。一番綺麗な君の気持ちは決して消えないから。


もしも神がこの世に存在するのなら、どうか。
どうかこの少女を護ってください。護って、ください。
ずっと運命に弄ばれ、ただ流されるだけだった少女を。
どうか、どうか、しあわせにしてください。

――――その為ならば僕は、どんな事でも出来るから。



降り注ぐ、光。そっとふりそそぐ、ひかり。
「…ロイ…様……」
私に注がれる暖かく優しいもの。それはずっと前。
「…イドゥン?……」
遠い遠い昔に一度だけ私に与えられ、そして消滅したもの。
「…ロ…イ…さ…ま……」
けれども今。今こうして再び私に注がれている。今度は。


――――今度は…溢れるほどに…私の胸へと降り注いで……



君の、声が。君の、涙が。そっと、零れて来る。
そっと、そっと、零れ落ちてくる。君の声が、涙が。


何よりも綺麗で、何よりも切なくて、そして。そして何よりも…かけがえのないもの……。


「…私は…私は……」
何もいらない。何もいらないよ。
「…ロイ…様……」
地位も名誉も、国も民も何もいらない。
「…イドゥン……」
君がいれば僕は何もいらないんだ。


…ぽたりと頬を零れ落ちる雫。何よりも綺麗な雫。それは君の流した…涙……。



「―――そばにいる、ずっと。僕が死ぬまで僕のこれからの命を全部、君に上げる」



だから。だから笑って。だから微笑んで。
僕は君の笑顔が見たいんだ。君の微笑った顔が。


「…ロイ様……」
「そばにいる…ひとりにしない…君の声ちゃんと聴こえたから」
「…ロイ…さま……」
「こころの声、ちゃんと聴いたから」


そばにいるよ、ずっと。ずっと君のそばにいる。
僕が死に逝くその日まで。最期の瞬間まで君のそばにいる。

だから、笑って。だから、微笑んで。

君がまた独りぼっちになっても想い出で埋められるように。
君の全てが埋められるように。そして。
そして僕が魂になっても。身体も何もかもなくなっても。
ずっと。ずっと君のこころに存在するように。


――――君を愛しているから。君だけを、愛しているから。



「…そばに…いてくれますか?…私をひとりにしないでくれますか?」



零れ落ちる君の涙をそっと指で拭いながら、僕は頷いた。
僕等の流れる時は違っても、何時しか時間がふたりを引き裂いても。
それでも。それでも僕は君のそばにいるから。君のそばに、在るから。


「…そばにいる…どんなになっても君のそばに……」
絡める指先。そっと、絡める指先。その指先が永遠に結ばれなくても。
「…ずっと…君のこころに……」
見えない糸がきっと。きっと僕らを結び付けてくれるから。




君に注がれる光が。ずっと照らし続けられるように。ずっと、君を照らせるように。