砂上の星



手のひらから零れ落ちる砂を、ただ見つめていた。
さらさらと、指の隙間から零れる砂を。
ただそっと。そっと見つめて、いた。


指先から零れる砂を、手のひらで掬い上げて。そして君の目の前に差し出した。
「…零れても僕が拾うから……」
その砂を見つめる君の瞳には何の変化もない。何の感情も見出させない。それでも。
「全部君から零れたものは、僕が拾うから」
それでも僕は語りかけ、君が繰り返し行われる行為に。その全てに付き合った。


何時しか君の瞳にも、空の星が映るだろうか?
きらきらと輝くこの光が、君の瞳にも。君のこころにも。


――――綺麗なこの光が、映し出されるだろうか?



砂はただひたすらに流れてゆく。時のように流れてゆく。それは止まる事無く永遠に。それでももしも砂を、時を、止められるならばと思った。
「イドゥン」
名前を呼んで初めて君は僕に反応を寄越した。左右違う瞳の色がまるで鏡のように僕に映し出される。綺麗だと、思った。ただ純粋に綺麗、だと。
「…ロイ様……」
もしも時を、止められたならば。僕はずっと君のそばにいて。飽きる事無く君のそばにいて。繰り返される全ての行為に、答えたのに。答えた、のに。


――――君の瞳に感情の光が…戻るまで……


「砂が、好きなの?」
白い指先を零れ落ちる砂。さらさらと零れてゆく砂。飽きる事無く君はそれを掬い上げ、そして指の隙間から零してゆく。そんな君を僕は、ずっと。ずっとただこうして見つめていた。
「…分かりません……」
零れる砂の下に手を差し伸べ、その砂を受け止め君に見せても。君に見せても反応は何もない。それは分かっていた事だけれど。けれどもひどく胸が痛かった。
「じゃあイドゥン…君は何が好きなの?」
見つめて微笑って、君に問い掛けて。ずっとそれを繰り返して。違う、繰り返すだけの時間が僕は欲しかった。
君とずっと向き合えるだけの時間が欲しかった。ずっと、君とだけこうして。こうして見つめあえる時間が。
「…好きな、もの?……」
君だけを想って、君の事だけを考えて、そして。そしてこうしてそばにいられる時間が。こうして君のそばにいられる時が。
「うん、君の好きなものだよ」
限られた時しかないから。君と僕とでは流れる時間が違いすぎるから。だから。だからどうか。どうか、僕がこうして命がある限り。僕が生きている時間の中で。
「…分からないです…好きなんて…でも……」
僕がこうして生きている時間の中で、君が。君が微笑える世界を、作りたい。



「…でも…ロイ様…私は……」



気持ちも、感情も、何もなくて。
ただ私は空っぽで。空っぽの器だった。
楽しいという事も、哀しいという事も。
そんなもの何も分からなくて。
ただ。ただ言われたままに動くだけだった。


けれども。けれども貴方は私に『命令』をしない。命じはしない。


「…私は……」
何を言いたいのか。何を言えばいいのか分からない。
「私は?イドゥン?」
けれども言いたい事が。伝えたい事が。
「…私は…ロイ様が……」
今確かにこの胸にあるのだから。


これが、気持ち。これが、想い。
貴方だけが私にくれたもの。貴方だけが私に。
私に与えてくれたもの。貴方、だけが。


――――誰も私にくれなかったものを、貴方だけが与えてくれた……



「僕は君が好きだよ」
指先を零れていた砂は何時しか手のひらからなくなった。
「…ロイ様……」
それを掬う事無く、砂はただ砂漠を流れてゆく。
「好きだよ、イドゥン」
時のように、時間のように、流れてゆく。


それを止める事は誰にも出来なくて。それを閉じ込める事も誰にも出来なくて。


僕の言葉に瞳の色が微かに変わったから。微かにその色を変化させて、そして。
そして僕を見上げたから。僕だけを、見つめたから。



「…ロイ様…私…心も…気持ちもまだ……」
「うん」
「…まだ分からないけれど…でも…」
「…うん…イドゥン……」
「…でもきっと…ロイ様が……」



「…すき…なんだと…思います……」



君の手に僕の手をそっと重ねる。砂で汚れた手をそのまま。そのまま重ねて。重ねて、ひとつキスをした。君の指の先にキスを、した。
「うん、イドゥン。今はそれでいい。それだけで、しあわせだよ」
君の好きが僕が言う好きと違うものであっても。遠い意味のものであっても。それでも確かに君の心に芽生えた気持ちならば。君の、感情ならば。
「…しあわせだよ…僕は……」
それが君の。君のこころならば。



何時しか君に教えてあげたい。何時か、君に。
空の星がどれだけ綺麗なのかを。綺麗、なのかを。


時が、欲しい。でなければ時間を止めて欲しい。
このままずっと。ずっと君だけを見てゆける時間が。
君の心が完全に戻るまでの時間、僕が。
僕が持っている全てを君に与えられるだけの時間が。
僕の想いの全てを…君に注げるだけの時間が。


けれども時は流れてゆく。砂のように流れてゆく。
それを止める事は誰にも出来ない。誰にも、出来ない。



――――それでも願い、祈る。君の笑顔を取り戻せるようにと……