ひとつだけ、願いが叶うのならば。
もしも『僕』としての願いが叶うのならば。
君の笑顔を僕に見せてください。君の。
君のただひとつの笑顔を、僕に見せてください。
その長い髪をそっと撫でながら、華奢な身体を抱きしめた。自分でも驚くくらい手が、腕が震えているのが分かった。がくがくと、震えているのが。
初めて戦場で人を殺した時にも…こんなにも震える事はなかったのに。こんなにも、震えた事など。
「…イドゥン…ごめんね……」
そう言いながら僕は何に謝っているのか分からなかった。何に対して、謝っているのか。けれどもどうしても、僕は。僕はその言葉を告げずにはいられなかった。
「…ロイ様…どうして?…どうして貴方が謝るのですか?……」
空っぽの硝子玉のような瞳が僕を見上げる。その瞳はただ僕の顔を鏡のように映し出すだけだった。そこには感情の欠片は何一つない。こころのない君にはそれが見えない。けれども。けれ、ども。
「…ごめんね…イドゥン……」
それでも僕はそんな君の中にある微かな揺らぎを。微かな心の破片を、決して見逃しはしないから。決して見逃しはしないから。
「…どうして?…ロイ様が……」
決して見逃しはしない。どんな瞬間でも。ずっと僕が君を見てゆくから。
「…ロイ様が…泣くの…ですか?」
僕は無力で、そしてちっぽけだ。
こうしてベルンとの戦争を終わらせても。
こうして世界の平和の為に力を貸しても。
でも、僕は何も出来ない。何も、出来ない。
目の前にいるただ独り愛する少女を、僕は。
僕は微笑わす事すら、出来ないのだから。
こんなに君が、好きなのに。こんなに君だけが、好きなのに。
君がぽつりと零していった言葉。淡々とまるで他人事のように話した言葉。それに対して僕は。僕は何も出来ずにこうして。こうして泣く事しか出来ない情けない男だ。君を護りたいと言いながら、僕は。僕は何も出来ない。何も、出来ない。
「…ごめん…イドゥン……」
竜を産み出すために、君はその身体を犯され続けたのだと。
「…僕は…君に何も出来ない……」
たくさんの魔竜達に。そしてゼフィールに、竜という名の子供を産むために。
「…君を…護りたいのに…君を…救いたいのに…」
利用されるだけの身体。利用されるだけの命。今までずっと、君は。
「――――僕は…こんなにも無力だ……」
そうして心を奪われる事で、その事実すら感じないように。痛みすら感じないように。
君は生きているのに。君には生きる権利があるのに。生きてしあわせになる権利が。
「…違う…ロイ様は……」
私はただの器だった。ただの入れ物だった。竜を生み出すための、入れ物。入れ物だから気持ちも心も何も要らない。何も、必要ない。ただ私は竜を産み続ければいい。それだけで、いい。それ以外のものは必要なくて、それ以外のものは私には与えられなかった。だから何も分からなかった。何も、知らなかった。それでよかった。それが私という命がここに存在する理由だった。
けれども。けれども貴方は。貴方はそんな私の命に違う理由を…見つけてくれた。
暖かいものが、そっと私に注がれてゆく。暖かくて、優しいもの。それは誰も私には与えてくれなかった。私に注いではくれなかった。
「…イドゥン?……」
何もない私。空っぽの私。でも今その心に貴方が。貴方がそっと、与えてくれたから。与えて、くれたから。
「…ロイ様…私……」
貴方だけが、私に与えてくれた。ただひとつのものを…与えてくれた……。
「…イドゥン…君も…泣いているのか?……」
手が、伸びてくる。貴方の手が、私に。そっと伸びてくる。そして零れる雫をその指先が拭ってくれた。不器用でそして優しい手が、そっと。そっと私の涙を拭ってくれた。
「…分からない…でも…私…貴方が…泣いたから……」
その手が、その指が。私の涙を拭ってくれた。同じように貴方も泣いているのに。貴方の瞳からも涙が、零れているのに。
「―――イドゥン……」
「…貴方が…泣いてくれたから…私の為に…泣いてくれたから……」
その先の言葉が、浮かんでこなかった。何を言えばいいのか分からなかった。何を言えば、いいのか。どうすればいいのか、分からなくて。
「イドゥン、君が好きだ」
「…ロイ…様?……」
「…君だけが…僕は好きなんだ……」
そう言って貴方は私をきつく抱きしめた。その瞬間、私は無意識に貴方の背中に手を廻していた。言葉よりも何よりも先に、私は腕を廻していた。それが、全ての答えだった。分からなかった私の、全ての答えだった。
私に触れる手が、微かに震えていた。それが何よりも私には。私には…嬉しかった。嬉しい…ああ、これが。これが嬉しいという気持ちなんだ。これが、こころなんだ。こうして貴方から注がれるものが。貴方からそっと降り注ぐものが。それが『こころ』なんだ。
震える手で私の頬を包み込み、そのまま降りてくる唇が。ゆっくりと重なる唇が、とても。とても暖かい。とても、優しい。
私はこんな優しい口付けを、知らなかった。口付けにこんな意味があるなんて、知らなかった。
だから教えて欲しい。貴方に、教えて欲しい。
「…イドゥン…君を抱いても、いい?」
竜を産むためじゃない、本当の意味を。この行為の。
「…教えたいんだ、僕は…君に僕の想いを…そして」
教えてください。貴方の手で。貴方の腕で、私を。
「…そして…抱き合う事の本当の意味を……」
私を、愛してください。もう私を独りにしないでください。
ずっと独りぼっち。ずっとずっと、独りぼっち。
私を必要とした人は皆私の身体が必要だっただけ。
竜を産み出すこの身体が必要だっただけ。だれも。
だれも『私自身』なんて、必要としなかったから。
「…私を…ロイ様のものに…してください…」
君の言葉に僕は黙って頷くと、そのままゆっくりと身体をベッドに押し倒した。ふわりと白いシーツの上に君の髪が零れる。それがとても綺麗だった。
僕が君の衣服に手を掛け脱がし始めると、脱がしやすいような姿勢を自然に取った。それが僕には哀しかった。そんな風に身体で覚えてしまっている事が哀しかった。そうして君は利用される事を受け入れていた事が。受け入れざるおえなかった事が。
「…ロイ様…あっ……」
生まれたままの姿の君はとても綺麗だった。こんなにも綺麗なのにどうして皆彼女を傷つけようとするのだろう。こんなにも君は、綺麗なのに。
「イドゥン…好きだよ…君だけが……」
胸の膨らみに指を這わした。柔らかい乳房を揉み、胸の突起に指を這わす。その瞬間組み敷いた身体がぴくんっと跳ねて、それがひどく愛しかった。
「…あっ…あぁんっ……」
片方の胸の突起を指の腹で転がしながら、もう一方の突起を口でしゃぶった。吸い付きながら、尖った乳首に歯を立てる。そのたびに君の口から甘い声が零れた。
「…あぁ…はぁっ…ロイ…様……」
髪が、揺れる。そこからぽたりと零れる汗が綺麗だった。こうして触れるたびに朱に色付いてゆく肢体も。全てが僕にとっては。
「…イドゥン…ごめんね……」
「…ロイ…様?……」
乳房から唇を離して、僕は君を見下ろした。左右色の違う瞳が僕を見上げる。それはさっきとは違う瞳だった。硝子玉のような瞳とは、違う…そこには感情が見える瞳だった。
「…僕その…初めてだから…君を傷つけてしまったら……」
「…ロイ様……」
「…ごめんね…でも…優しくするから……」
僕の言葉に君は何も言わず。何も言わずにそっと。そっと僕の唇に自らの唇を重ねて。そして。そして背中に廻した腕に少しだけ…力を込めてくれた。
「ああんっ!」
脚を広げさせ、茂みの奥の蕾に僕は触れた。そこはしっとりと濡れていて、ひどく熱かった。
「…あぁんっ…あんっ…あっ……」
そのまま恐る恐る指を入れて、中を掻き乱した。そのたびに内壁が収縮をして僕の指を締め付ける。その抵抗を遮るように僕は指を曲げ、中を広げた。
「…ロイ…様っ…あぁっ……」
くちゅくちゅと指を掻き回すたびに濡れた音がする。指先にも液体が伝ってくる。それを収縮する媚肉に擦り付ければ、びくびくと君の身体が震えた。
「―――あっ!」
偶然に当たったというようにある一箇所に僕の指が触れた瞬間、君の身体が電流を走ったようにぴくりと跳ねた。そこを集中的に攻めたてると、君は耐えきれずに嬌声のような声を口から零した。
「…イドゥン、ココ?ココがいいの?……」
「…ああんっ…ロイ様っ…イイっ…イイですっ…あぁぁんっ!」
僕の問いにこくこくと頷きながら君は腰を揺らしながら乱れた。それを見ていたらもう。もう僕が限界だった。ずぷりと音ともに指を引き抜くと、快楽のせいで濡れた君の瞳が僕を見上げてきた。
「…ごめん、イドゥン…挿れて、いい?…もう僕……」
「…来て…ください…ロイ様…そして私に…私に教えてください……」
「…ひとつになるという…本当の意味を……」
身体が反応する事だけは覚えた。心はなかったけど快楽だけは埋められた。
濡らして腰を振って、声を上げることは。男の欲望を受け入れ、中に注がれる事だけは。
でも。でも知らない。知らなかった。貴方の手は不器用だった。貴方の愛撫は上手くなかった。
けれども私は感じたの。どんな男の人に抱かれるよりも、貴方に触れられる事が。
だから。だから、教えて。教えてください。空っぽだった私を。
貴方と言う存在で、全て。全て埋めてください。
「あああああっ!!!」
熱いモノが私の中に挿ってくる。熱く、硬いモノが。それは何度も私が受け止めてきたものだった。私が何度も受け入れさせられてきたものだった。けれども。けれども。
「…イドゥン…痛い?……」
けれどもこんな風に優しい言葉を掛けてくれた人はいなかった。こんな風に前髪を掻き上げて、キスしてくれる人は。こんな風に。
「…ロイ様っ…平気…平気です…私っ…あああっ!」
こんな風に私を抱きしめて。こんな風に私に想いを注いで。こんな風に、私に。
「…イドゥン…好きだよ…好きだ……」
降ってくる言葉。注がれる想い。その全てが。その、全てが。私の空っぽだった心を埋めてゆく。私のなくしたものを、与えてくれる。貴方だけが、与えてくれる。
「…あぁぁっ…あぁっ…もぉっ…私…私……」
「イドゥン…僕も…もう……」
貴方だけが、与えてくれる。貴方だけが、教えてくれる。貴方だけが…私に……。
「――――ああああっ!!!」
好き、です。貴方が好き。これが好きだという事。
「…イドゥン…痛くはなかった?……」
この想いが。この暖かさが。この優しさが、全部。
「…平気です…ロイ様…私……」
全部、好きだと。好きだと。これが好きだと言う気持ちだと。
「…私…貴方が…好き…だから……」
空っぽだった私。何もなかった私。入れ物でしかなかった私。
でも。でも貴方が注いでくれた。貴方が私にくれた。
優しさ、暖かさ。そして。そしてひとを愛するという事。
貴方だけが、私に教えてくれた。貴方だけが私に与えてくれた。
「…イドゥン…やっと…微笑って…くれた……」
「…ロイ…様?……」
「…よかった…君が…微笑ってくれた…君が……」
「…ロイ様…私……」
「…君が微笑える…場所を…作れて…よかった……」
僕の願いは一つだけだった。僕自身の願いはただ一つだけ。
君が微笑っくれる事。君が微笑える世界を作る事。君が。
…君がこころから…微笑んで…くれる事……。
その為ならばどんな事でもする。どんな事でも、僕手は出来るから。
「…それはロイ様…貴方が…貴方が私に…教えてくれたから………」