流星群



涙の跡にそっと触れる。微かに濡れたその頬に触れて、そして。そして唇を重ねて抱きしめた。きつく、抱きしめた。


――――他には何もいらない。だから、ください。あなただけを、ください。ただそれがけが望み。ただそれだけが願い。ただそれだけが…祈り。


ずっと見ていた夢から目覚めた瞬間にそばにいたのは貴方だった。この指先に指を絡めてくれたのは、貴方だった。だから微笑った。そっとひとつ、微笑った。
「―――やっと見られた……」
「…ロイ様……」
「…やっと君の笑顔を…見る事が出来た……」
そう告げると貴方はくしゃくしゃの笑顔を私に向けて、次の瞬間必死で何かに堪えるような表情になって、そして。
「…君を…微笑わせて…あげられた…」
そして、泣いた。優しく微笑みながら瞳いっぱいの涙を零して、私をきつく抱きしめて声を堪えながら泣いた。その瞬間、私は生まれた。この人の腕の中で、貴方のぬくもりの中で私は『生』の意味を知った。

――――生きているという意味を知った。生きるという事を知った。貴方のてのひらのぬくもりがそれを教えてくれた。

背中に手を、廻した。その瞬間に溢れてきた。想いが、溢れてきた。内側から溢れて来て、そして零れた。この地上に零れ落ちた。
「ずっと僕が見たかったものが、今ここに在る。僕はそれだけで…」
顔を上げて真っ直ぐに見つめてくる瞳は、まだ微かに濡れていたけれども。それでもそれ以上の感情が私に向けられて、伝わってくるから。
「…ロイ様…私も……」
声として言葉は世界に零れなくても、唇の動きと溢れる想いが伝えてくれたから。貴方の言葉を私に伝えてくれたから―――――嬉しい、と。
「イドゥン、好きだよ。君だけが好きだ。本当に好きなんだ」
「…はい…ロイ様…私も……」
私の内側から生まれて、そして溢れてきた想いの名前。それはひどく優しくて、ひどく苦しくて。けれどもそれ以上にしあわせだと思える想いだから。
「…私も…好きです…ロイ様……」
だから微笑った。だから微笑んだ。貴方の為に、微笑った。貴方の笑顔が見たいと思ったから、貴方に微笑って欲しいから。私と貴方が同じ想いだと、そう伝えたかったから。


――――初めて『自分自身』が願ったものは、ただひとつ。ただひとつ、君の笑顔だった。


笑われるだろうか?僕にとって君は初恋の相手だと言ったら。でも本当なんだ。僕は君を見て生まれて初めて恋をしたんだ。君に、恋をしたんだ。
「あのね、イドゥン。僕の亡くなった母上も…竜だったんだ」
「…私と…同じ…?……」
「うん、だから君と僕も…父上と母上のように……」
笑われてもいい。ううん笑って欲しい。どんな些細な事でもいい、どんな小さなことでもいい。君の笑顔に繋がるものならば、僕はどんな事でもしたいんだ。どんな事でも伝えたいんだ。
「―――それは素敵な夢ですね……」
儚い君の空っぽの瞳はもう。もう見たくはないから。足りない空間は僕の全部で埋めるから、だから。
「…素敵な夢…ですね……」
だからもうそんな。そんな哀しそうに微笑わないで。そんな顔を僕は、させたい訳じゃないんだ。


―――――初めて『私自身』が祈ったものは、ただひとつ。ただひとつ、貴方の笑顔だった。


貴方の告げた夢は優しい。泣きたくなるほどに優しい。私が見ていた暗くて重たい夢とは違う、優しい、優しい夢。だからこそ私は知っている。それは本当に『夢』だという事を。それでも、願うのならば。それでも、描くのならば。それでも夢見るのならば。しあわせはこのてのひらに在って。やさしさはこの指先から零れてきて。そっと、溢れてきて。
「夢は叶えるために在るんだ、だから僕は諦めないよ」
ふたりを包み込んでゆく。ゆっくりとふたりを包み込んでくれる。
「君を諦めない。君との未来を諦めたりはしない」
どうしてこんなにも。こんなにも心は暖かいのに、苦しいの?どうしてこんなにも切ないの?

「…だから泣かないで…泣かないで…イドゥン……」

優しくて、暖かいのに。溢れるくらいの想いを注いでくれるのに、それなのに。それなのにどうして涙が溢れてくるの?どうしてこんなにも苦しいの?どうしてこんなにも…切ないの?
「…ごめんなさい…ロイ様…私…ごめんなさい……」
生まれて初めて知った想いは、生まれて初めて誰かを愛するという想いは、それは溢れるほどのしあわせと、どうしようもないほどの切なさを同時に与えてくれるもので。どうする事も出来ない感情が溢れてくるもので。
「…どうしていいのか分からなくて…ごめんなさい…嬉しいのに…苦しいのです…嬉しい筈なのに…切ないのです…」
ただ好きなだけなのにどうして。どうしてたくさんの感情が生まれてくるのだろう?ただひとつ『好き』という想いがここに在るだけなのに、どうして無数の感情が溢れてくるのだろう?ただ貴方を好きなだけなのに。
「―――イドゥン…好きだよ……」
「…ロイ様……」
「君の笑顔も君の涙も、全部。全部好きだよ」
指先がそっと。そっと零れ落ちる涙を拭ってくれた。そしてそのまま唇が重なる。触れて離れる唇が伝えてくれたものは、私と同じ想いだった。一緒の気持ちだった。



―――なにも、いらないよ。君以外に僕は何も欲しくない。それだけは本当の事なんだ。


湧き上がる無数の感情は全てただ一点へと向かっている。ただひとつの想いに結びついている。好きだという想いに、君を好きだという気持ちに。君を好きだという事に。だから怖くない。僕はもう何も怖くはないんだ。



「…イドゥン…僕は諦めないよ。君という存在を。君への想いを…そして君と生きる未来を。それだけが僕の願い。僕自身が唯一望んだ事…君が欲しい…ただそれだけだ。僕の望みは、君だけだ」