―――貴方の心の声、私聴こえるから。
それはとても優しくて、暖かいから。そっと、暖かいから。
誰もそれに気付かなくても。誰もそれを分からなくても。でも。
でも私には…伝わったから。そっと、伝わったから。
貴方の優しさが、私にはちゃんと見えたから。
本当は誰よりも心の綺麗な人。本当は誰よりも心の優しい人。口では逆のことばかり言っているけれど。けれども本当はもっと違うことを、言葉とは違うことを思っている。それが、貴方の優しさ。口には出さないけれど、決して言葉にはしないけれど、それが貴方の本当の姿だから。
だから私近づきたいと思った。少しだけ、貴方から零れる優しさに…触れたいと思った。触れたらきっと。きっとこころが暖かくなれるって思ったから。
「おい、お前…じゃなかったソフィーヤっ!」
ぶっきらぼうに私の名前を呼ぶけれど、でも気付いたの。本当は私の名前を分かっていて、ちゃんと呼ぼうと思っているのに…照れているからこんな言い方をしてしまう事を。
「…レイ……」
振り返って、私は貴方を見上げた。そうすれば少しだけ…視線が反れるのが貴方らしいなって思った。そんな風に照れるのが、貴方らしいって。
「あ、あのさ。この間さ」
思えば私はずっと俯いていた気がする。ナバタの里の中で、ずっと。ずっと俯いていた気がする。私の廻りの人達は優しかったけれど、それでも違っていた。ファもイグレーヌさんも…優しかったけれど、少しでも私の廻りから遠い里の人達は冷たかった。
未来の見える私を何処か怖がっているのが分かったから。何処か気味悪がっているのかを。
だからずっと俯いていた。外が怖くて、視線が怖かったから。だから下を向いていた。綺麗な空の色も、萌える緑の木も全部。全部私は見逃していた気がする。いっぱいの綺麗なものをずっと俯いていたから。でも。でも、今は。そしてこれからは。
「この間お前のこと気味悪いって言っちまっただろう?その…えっと…悪かったな」
これからは上を向きたい。ちゃんと見上げて景色を、綺麗なものを見たい。怖くて怯えて目を閉じてきたものから反らしたくない。ちゃんと私は、見たい。
「…って何で黙ってんだよっ!何か言えよっ!!」
こうして綺麗な貴方の瞳を、私は反らさずに見ていたいから。
「…ありがとう…レイ……」
貴方は気付いていないでしょう。その瞳がどんなに綺麗なのかを。
どんなに真っ直ぐで、どんなに強くて…そしてどんなに優しいか。
口では酷いことばかり言っても、瞳が全部語っていることを。
―――貴方は全然、気付いていないのでしょうね。
零れて来るその優しさを。溢れてくる暖かいものを。
私は見逃したくない。私は受けとめたい。この手で、貴方を。
零れ落ちてくるものを、私は受けとめたい。
「…ってびっくりした……」
「…どうして…ですか?……」
「…いや、だってよ…だって……」
「…お前が…いきなり…笑うからよ……」
綺麗って言ったら、怒るかな?
ってそんな事、言えやしねーけど。
でも綺麗だって、思った。凄く綺麗だって。
お前の笑った顔が本当に、綺麗だって。
――――何時もそうやって笑っていればいいのに…って思った……。
何処か淋しげで。何時もぽつりと独りでいる事が多くて。
全然笑わなくて、ただ。ただそこにいるだけだった。
正直言って気になっていた。本当はずっと、気になっていた。
わざと俺達に必要以上に関わらないようにしているように見えたから。
わざと輪の中に入らないようにしているように、見えたから。
でも淋しそうに見えた。でも哀しそうに見えた。
言葉、交わしたかったんだ。話、したかったんだ。
でもきっかけも、何話していいのかも分かんねーし。
それに俺はルゥみたく優しくもねーし。だから。
だからどうしていいのか、分からなかった。
魔道書にかこつけて話しかけるなんて、本当に俺はガキだと思う。
それでも話せるようになったから。お前ちゃんと俺見たから。
何時も俯いていたお前がちゃんと。ちゃんと前を見たから。
だからすげー…本当はすげー嬉しかったんだ、俺。だってさ。
本当は闇の魔道書よりも、ずっと。ずっと違うものが…欲しかったんだ。
「…貴方を見ていたら…自然に…笑えました…レイ……」
欲しかったもの。本当は魔道書よりも、俺は。俺はお前が。
「…貴方を…見ていたら……」
お前がそうやって微笑ってくれる瞬間が、欲しかったんだ。
声が、聴こえるから。
貴方の声が、聴こえるから。
そっと、聴こえる。
優しい貴方の、声が。
――――だから私は微笑えるのです。貴方の前で微笑う事が出来るのです。
「…ずっと…微笑っていたいと…思ったんです……」