――――ずっと、永遠に。永遠にともにいよう…ずっと……
たとえそれがどんなに願っても叶わない事だと知っていても、それでも確かめるように小指を絡めて告げるのは愚かなことなのだろうか?子供染みた憐れな優しい行為でしかないのだろうか?それでも。それ、でも―――。
「…好きな気持ちだけで生きていけたら…それだけで私は…しあわせで……」
誰よりも一番それが叶わない願いだと知っていながら、それでもこうして指を絡めることを止められなかった。止めたくはない。叶わない願いだからと言って、それを願う前に諦めてしまう事は、何よりも自分にとって失礼なことだと分かったから。
「…だから、しあわせです…レイ……」
貴方と出逢った事。貴方と言葉を交わした事。貴方と見つめあった事。貴方を好きになった事。貴方を誰よりも愛した事。その全てが私の内側から始まった物語で、そしてその主人公は他でもない自分自身だ。だからこそ自分から生まれた全ての想いを肯定する。それこそが今こうして『生きて』いる何よりもの証拠なのだから。
「―――ソフィーヤ……」
「そんな顔…しないで…笑って…私貴方の子供のような笑顔が…大好きだから……」
少しだけ俯く事で、自分を護ってきた。私より先に死んで逝く大切な人たちを真っ直ぐに見つめる事が出来なかったら。その全てを受け入れ続ける事が、私にとっては何よりも怖い事だったから。けれども。けれども今は真っ直ぐに前を見たい。俯かずに目の前の貴方と向き合いたい。向き合って、見つめあって、そして全てを。全てを見てゆきたい。
「…俺…お前の前で笑っているか?廻りには散々無愛想だとか言われてきたし…その…」
「…うん…笑っている…レイの笑顔は…私が一番知っている……」
少しだけ困ったような表情の後、私の言葉にほっとしたような笑顔を見せる。そうこんな風に、貴方は私にたくさんの笑顔を見せてくれている。例え貴方が何一つ気付いていなくても。こうやって私に、見せてくれるから。
「…その笑顔が…大好き……」
こんな風に迷うことなく好きだと告げられる相手がいる事。その言葉を未だに少しだけ困ったような顔で、けれども次の瞬間何よりも優しい笑顔で頷いてくれる貴方がここにいる事。これ以上のしあわせを私は知らない。これ以上の喜びを私は知らない。
子供染みた約束でいい。馬鹿みたいな願いでもいい。だからどうか。どうか俺にこの手を離さないだけの力をください。この手を永遠に繋いでゆける指先をください。
儚い程綺麗にお前が微笑う。それは触れたら壊れそうなほど脆く見えるのに、なのにその笑顔の奥にある芯は俺なんか比べ物にならないほどにずっと強いもので。
「ソフィーヤ、その俺が―――」
「…はい、レイ……」
すっぽりと包みこめるほどの手のひらなのに。なのにどうしてこの手は、こんなにも暖かく強いのだろうか?こうして手のひらを結びあっても、俺の方がきっと。きっとこの手に護られている。この暖かく小さな手のひらに。
「俺がお前を好きだと言ったのは…その…嘘じゃないからな」
「…はい…分かっています…レイの気持ちは…誰よりも…」
ずっと永遠になんて、それがただの夢物語でも。ともにいようという約束が何よりも無力なものだとしても。それでも。それでも今こうして俺がお前に誓う言葉は―――俺にとってのただひとつの『本当の事』だから。
「だから俺は諦めないから。絶対にお前を諦めたりしないから」
愚かで無力な子供の約束は、けれども何よりも純粋で真剣だから。だから俺はお前にだけはどんな事があっても嘘はつかない。諦めない。絶対に、諦めないから。
「一緒にいる未来を諦めないから」
「…はい…私も…諦めたりしません…貴方を…真っすぐに…見つめるから……」
見つめて、見つめあって。同じものを見て、同じ時間を過ごして、指を重ね合って、未来を見つめあって。そして。そして全てが終わる瞬間まで、ともに生きる事。
「…レイの全部を…見ていきたいから……」
抱きしめればすっぽりと腕の中に収まってしまう細くて小さな身体。けれどもその小さな身体には俺には想像もつかないほどの重たくて深い時の流れが在る。その溢れるほどの時の中で、瞬きするほどの瞬間の中で俺を見つめてくれた。俺を見てくれた。立ち止まって向き合ってくれた。呆れるほどちっぽけな俺を。
「お前が俺を見つけてくれたんだよな。お前だけが俺に気付いてくれたんだよな」
強がる事で自分を護る以外の方法を知らなかった。俺たちを護ってくれる大人は何処にもいなくて、俺は兄貴のように素直に生きる事が出来なくて。ただ単に不器用なだけの要領の悪いガキでしかなかった俺にお前だけが気付いてくれた。
『あなたは…ずっと強がってるけど…本当は…とても優しい人です』
嬉しかったんだ。俺を優しいなんて言ってくれる奴なんて兄貴しかいなかったから。本当は泣きたいくらいに嬉しかったんだ。きっと俺はあの時初めて。初めて『他人』に興味を持ったんだ。肉親とは違う他の人間と向き合ったんだ。
多分きっと。きっと、誰よりも淋しくて。けれどもその淋しさを認めたくなくて。認めてしまったら、もっと。もっと淋しくなってしまうから。
「…レイ…それは私も同じです…貴方だけが…見つけてくれた…気付いてくれた…そして向き合ってくれたから……」
けれども、それは貴方も同じで。ふたりが向き合って見つけ出したものは、同じもので。そして。そして何時しかそれが別のものへと変わってゆくのを、ふたりで。
「…貴方だけが…逃げないでくれた…私の全てを知っても…こうしてふたりで…ふたりで乗り越えようと…言ってくれたから……」
ふたりで、見てきた。他人への関心が、好意になって、そして恋する気持ちになってゆく瞬間を。その瞬間をふたりで、見たから。
「――――貴方だけが…私にくれたから…この約束を……」
恋する瞬間を、ふたりで見たから。こうして向き合って、見つめあって、その瞬間を。
「約束なんて幾らでもお前にやる。そんでお前が喜んでくれるなら俺はいくらだってやるから。だから、お前も諦めないでくれ。絶対にふたりで生きる事を」
子供染みた行為でも愚かな願いでも、それが決して叶わないものでも。それでも諦めてしまったらそこで終わりだ。ふたりで見つけ出したものも、ふたりで育ててきたものも、ふたりで築き上げてきたものも、全てが。
「…諦めない…だって私は…誰よりもレイが…好きだから……」
だから約束しよう。指を絡めて約束しよう。子供染みた行為でもいい。愚かな願いでもいい。何であろうとも構わない。だってこれが。これが俺たちの生きている証拠で、何よりも大事な想いなのだから。
――――ずっと、永遠に。ずっと、一緒に。ずっとともに、生きてゆこう……