何時かその華が咲く未来を信じて。
何時かふたりの間に、その花びらの雨が。
そっと。そっと、降り注ぐ事を信じて。
笑う事すら不器用で、何時も口許が震えてしまって。意識して笑いの形を作ろうとしても、全然上手く出来なくて。けれども。けれども、不思議と。不思議と貴方の前では、微笑えたの。自然と口許に笑みが、浮かんできたの。
「…俺…少し大きくなっちまったな……」
頭を掻きながら少しだけ困ったような顔で言った貴方は、前よりもずっと。ずっと大人へと近付いていた。それは私を追い越し、先へと進んでゆく。それは誰にも止める事が出来ない事だから。出来ない事、だから。だから、素直に喜んだ。貴方が前に進んでゆく事を。貴方が大人になってゆく事を。
「…レイ……」
前よりも背が伸びて、前よりも手が大きくなって。前よりも指の形が、変わっていって。そうして少しずつ私と貴方は違うものへと変わってゆく。遠い場所へと進んでゆく。
それを止める事は、出来ないから。その時計を逆に戻す事は、出来ないから。
「…お前…笑ってくれるんだな……」
何時しか私を見下ろすようになっていた。男と女だからって違いはあるけれど。けれどもそれ以上にそれこそが、私達の流れている時間の長さの違いだった。
「…だって…レイが…大人になってゆくの私…嬉しいから……」
そう言って、私は微笑った。それは作り笑いじゃない。意識して作ったものじゃない。私の心からのもの、だから。心からのもの、だから。
「――――ソフィーヤ…俺……」
そんな私に一瞬だけ泣きそうな顔をして。そして私をそっと。そっと抱きしめてくれた。その胸の中は、前よりもずっと逞しくなっていた。
生まれて初めて、好きになった人。
子供みたいな笑顔と、綺麗な心。
何時も口では気持ちと反対の事ばかり言って。
人にワザと嫌われるような事ばかり言って。
けれども優しい人。誰よりも、優しい人。
私は知っている。貴方の本当の気持ちを、知っている。
そうやって廻りに突っぱねて、強がっているけれど。
でも私には分かるから。分かる、から。
優しい人。本当にこころの綺麗な人。
そんな貴方が、好き。そんな貴方が大好き。
ずっと変わらない子供のような笑顔と。
ずっとずっと変わる事のない、綺麗な心が。
私は何よりも、誰よりも、大好きだから。
「…俺…絶対に見つけるから……」
闇魔法を極めたいからと、旅だった貴方は。
「…レイ……」
捜すと言った。捜すんだと、言った。
「…お前と一緒に…いられる方法……」
私の身体に流れる血を貴方と同じにする方法を。
「…一緒に生きて…そんで死ねる方法を……」
ふたりで一緒に、生きてゆく未来を。
それはとても嬉しくて。けれども少し淋しい。
私の為に貴方がこうして頑張ってくれるのは嬉しい。
でも。でもその為に…離れ離れになるのが…淋しい。
本当は私。私こうしてずっと貴方が抱きしめてくれれば…それだけで生きてゆけるのに。
例え貴方が先に進んで、そして先に死んでしまっても。
それでも永遠に私の中に貴方がいるから。こうして。
こうして触れたぬくもりは、永遠に私の中に残るから。
だから本当は、ずっと。ずっとこうして。
こうして貴方に、抱きしめていてほしいの。
「…レイ…私も…連れていって……」
抱きしめていて、ほしい。指を絡めていて、ほしい。貴方のそばに、いたい。私は貴方のそばにいたいの。
「…ソフィーヤ……」
私は貴方のそばで微笑っていたい。貴方の隣で、微笑いたい。俯く事しか出来なかった私がやっと。やっと見上げられる場所を見つけられたの。
「…貴方のそばに…いたいの……」
「でもお前は身体丈夫じゃねーし…それに危険だ……」
「…貴方が危険な場所にいるのに…独りで待っているのは…私は……」
耐えきれずに私は貴方の服にしがみついた。その手が小刻みに震えているのが恥ずかしかった。けれども。けれども私は。
「…私は…嫌……」
私は怖いの。私の知らない所で貴方が消えてしまう事があったら。私の知らない場所で貴方がいなくなってしまったら。もしも貴方が……。
「…嫌なの…レイ……」
気が付いたら私は泣いていた。瞳から涙が、零れていた。それをそっと。そっと貴方の指が拭って、そして。そして私の身体をきつく、抱きしめてくれた。
俺は何時も何処か焦っていた。
少しずつけれども確実にずれてゆく時が。
その時が俺とお前を引き離してゆくのを。
だからがむしゃらになって、ひたすらに。
ひたすらにその方法を探していたけれど。
けれどもそれに夢中になって俺は。
俺は何時しかお前をこんな風に淋しく。
淋しい思いを、させてしまっていた。
本当に誰よりも護りたい、大切な存在なのに。
「…ごめんな、ソフィーヤ……」
お前を泣かせて、しまった。小さなお前を。
「…俺…自分の事ばっかりだった……」
大事で、大切な、俺の小さな女の子を。
「…お前こんなに…淋しかったのに……」
俺の。俺だけの…お前を……。
「…ううん…分かる…分かるから…レイも…淋しいって…思ってくれているの……」
見上げてそしてそっと微笑うお前に。まだ瞳が涙で濡れているお前に。
俺は一つ。ひとつ、キスをした。まだ不器用で上手く出来ないキスだけど。
でも何よりも大切な想いを込めて。大事な想いを込めて、お前に。
「―――一緒に行こう…俺が、護ってやるから…お前…護るから……」
ふたりで、捜しにゆこう。捜しに、ゆこう。
ふたりで生きてゆける未来を。一緒にいられる未来を。
――――ふたりで捜そう…未来に咲く華を……