糸と鎖



細く見えない糸を首筋に絡めて、手首に消えない鎖の痕を刻む。


首筋に唇が触れるだけで火傷しそうなほどに熱い。そこから焼けるような熱がじわりと広がり、そのまま思考まで巡り、何もかもを溶かしてゆく。溶けてぐちゃぐちゃになってゆく。
「…シンっ……」
髪に指を絡め、もっととねだった。もっと焼けて蕩けてしまいたいと。もっと、もっとと。
「本当お前は…盛のついたガキには…手におえないな」
呆れたように自分を見下ろす冷たい視線にぞくぞくした。この視線に見下されて貫かれるなら、死んでもいいと思った。本当に今、そう思った。
「…シン…俺を…無茶苦茶にしてくれよ…俺の全部、お前で埋めてくれよ…っ……」
どうなってもいい。本当にどうなっても構わない。お前がここに居て、俺の中に挿ってきてくれて。そしてお前の全部で俺を満たしてくれたなら。


だってそうしたら…お前が俺のものだって錯覚出来るから……


見えない糸が身体に絡みついて離れない。離そうとも思わない。それがお前が仕掛けたものならば、俺は罠だと分かっていても自ら捕われてゆく。
「無茶苦茶にしていいのか?キスは欲しくないか?」
頬を撫でる手はひんやりと冷たかった。火照った身体には心地良い程に。けれども反面、その冷たさこそが俺にとっての執着だった。この手を何時か。何時か俺と同じ温度にしたいと。
「キスも、欲しい…全部、欲しいよ……」
唇を開き舌を覗かせれば、溜め息ひとつと引き換えに貪るような口付けを俺にくれた。
「…んっ…んんんっ…ふっ……」
舌を夢中になって絡め、激しく口内の味を求めた。お前の何もかもが欲しかった。本当に欲しかった。例え手に入らないと分かっていても。全部、全部、欲しかった。


髪が肌に触れる。さわさわと、触れる。そのくすぐったさに首を竦める前に唇が降りてきた。火照った身体に艶めく舌が滑ってゆく。そのたびに唇から零れる甘い息は、ただ。ただお前の名前を呼ぶだけで。
「…シ…ンっ…あっ…あぁぁっ……」
脳みそから蕩けてゆく。身体の芯からじわりと溶けてゆく。そう何時も。何時もこの熱に飲まれていって、そして。そして真っ白になる。
「…あぁっ…はぁぁっ…あ……」
中心部に触れる舌が、わざと音を立てながら先端を舐める舌が、思考の全てを奪ってゆく。


鎖で手首を繋いで、永遠に消えない痕を刻んで、そのまま。そのまま永遠に閉じ込められたならば。


紅い瞳は熱に浮かされたように潤み口から零れる切ない声は、俺の名前だけを呼ぶ。その瞬間になって初めて。初めて俺は安堵の溜め息を零す事が出来る。
「…ツァイス……」
もう俺が名前を呼んでもお前には届かないだろう。でもそれでいい。そうでなければならない。
腰を引き寄せそのまま一気に貫き、意識を取り戻させる間もなく揺さぶった。激しく腰を打ちつけ、中を掻き乱す。
「―――俺だけのものだ…俺だけの……」
消えなければいい。ずっと消えなければいい。俺が注ぎ込んだ匂いが。俺の匂いが。俺が付けた痕が、俺が付けた傷が。
お前に刻んだ俺のシルシがずっと。ずっと消えなければいい。
「誰にも渡さない」
「―――あああっ!!」
一番深い場所を抉り、そのきつい締め付けを感じながら俺はお前の中で果てた。


俺がお前を罠にかける。俺から逃れられないようにと。俺だけを見ているようにと。俺だけのものになるようにと。けれども。


「…シ…ン…好き…大好き……」


半ば意識を無くしながらも、それでもお前の唇は俺の名を刻む。それ以外の言葉を知らないとでもいうように。ただ俺の名前だけを刻む。


その顔を見ながら、その声を聴きながら、思う。


―――もしかしたら罠に掛かっているのは、俺のほうかもしれないと……