紅い色



紅い色。深紅の色。真っ赤な色。一面に散らばる紅い、色。


嫌になるほどに一面に散らばる紅い色。全部、全部、紅い色。何時もうざいと思いながらも、それでも視界に入らなければ、何処か。何処か淋しく感じていた色だった。
血の色なのに。人から出る血液の色なのに。一番死と近くにある色なのに。それなのに、本当は焦がれていた。


「―――起きろ、ガキ」


驚くほどに真っ直ぐな瞳だった。自分と年はそれほど変わらない筈なのに。見てきたものも立場は違えど似たようなものだったのに。なのにその瞳はあまりにも自分と違いすぎた。
「らしくない、目…開けろ」
侵略された側と侵略した側。奪った者と奪われた者。それでもひどく自分の方が、穢れているような気がした。奪われ侵略された、自分の方が。
「開けろ、ガキ」
敵方の竜騎士。我が一族を侵略した騎士。なのにその瞳は驚くほどに、綺麗だった。あれだけの事をしてきた竜騎士の筈なのに…瞳は純粋だった。
「…開けろ…ツァイス……」
紅い髪と紅い瞳。それは深紅の血の色の筈なのに、お前の瞳と髪はそれとは正反対の色彩と薫りが、した。



普段は子供のような瞳をしながらも、抱いた時だけ見せるあの瞳が。
紅い瞳が夜に濡れて、そして。そして自分を見つめるあの瞬間が。
あの瞬間が、何時も。何時も俺を捕らえて離さない。まるで魔性の瞳のように。
ただひたすらに、紅い色が俺を捕らえて離さない。


「お前が俺を見ていないのは、許さない」


好きだと言った。俺を好きだと言った。好きだからそばにいたいと。
俺にとっての障害はお前にとっては障害にならなかった。
お前にとって必要なのは自分自身の素直な心だった。
お互いの持っていた立場よりも、過去よりも、もっと。もっと大事なものが。
大事なものが今ここにあるんだと。ここにあるんだと、そう。
そう教えたのはお前だった。復讐や憎しみよりも、もっと大事なものがここに。
ここに今、存在するんだと。今ここに、あるんだと。


その通りだった。その、通りだ。あれほど捕らえていた想いすら、どうでもよくなる程に大事なものが、確かに今ここにあった。ここに、あったんだ。


ここに、あった。ついさっきまで、この手のひらに。
「…ずっと俺だけを…見ているのだろう?」
ぬくもりがここにあった。このてのひらにあった。
「俺以外、お前は見えないんだろう?」
この手のひらにぬくもりが。お前のぬくもりが、さっきまで。
「見えないんだろう?」
さっきまでここに。このてのひらに、あったんだ。



「―――だったら…だったら今目を開けて、俺を見ろ」



一面の紅い色が。一面の深紅が。真っ赤な色が。生臭い匂いが。
紅い色は嫌いじゃなかった。嫌いじゃ、なかった。
お前の髪が太陽の光に透けてきらきらと反射する瞬間も。
俺だけを真っ直ぐに見つめるその瞳も。俺は。俺は嫌いじゃなかった。


でも今。今お前の身体から溢れた紅い色は。一面に散らばったこの深紅の色は。


『一度でいいから、見たいな』
『何が?』
『お前の泣いた顔。何時も仏頂面で変化ないから、さ』
『…お前な…そんなもの見てどうするんだ?……』
『だって見たいんだもん。シンの表情は全て。全て俺見たいんだ』



「馬鹿か、お前は。目を開けなければ、見れないだろう?」



見たいんだろう?見たいんだろう?
情けなく俺の顔を。そんな俺すらも見たいんだろう?
だったら今見せてやる。見せてやるから。だから。
だから目を開けろ。その目でちゃんと見ろ。
ガキみたいに泣きじゃくる情けない俺の姿を、今ここで。
今ここで見せてやるから。だから目を、開けてくれ…。


「開けろ、目を…目を…開けてくれ…そして何時ものように…何時ものように俺を…俺を……」


しあわせなのか?気付いた事が、しあわせなのか?
『シン、好きだ。お前だけが好きだ』
何よりもかけがえのないものだと。何よりも大切なものだと。
『理由なんて分からない。でも好きなんだ』
復讐よりも憎悪よりも、そんなちっぽけなものよりも。
『お前だけが、どうしようもない程に好き』
お前が大事だと。お前という存在が俺にとって何よりも変え難いものだと。


こうして失いつつある命の中で、気付けた事はしあわせなのか?



理由も意味ももうそんなものはどうでもいい。どうでもいい、好きなんだ。
「…俺を見ろ…ずっと見ているんだろう?…俺をずっと……」
お前が好きでどうしていいのか分からない。分からないから、そばにいる。
「…ずっと俺だけを…見ているんだろうっ?!」
そばにいて、そしてお前を感じたい。お前のぬくもりとか、いっぱい感じたい。
「開けろっ!ツァイスっ!!開けろって俺が言っているんだからっ!!」
いっぱい、いっぱい、感じたい。俺の全部で、お前という存在を感じたい。



しあわせだな、俺。お前俺の事好きじゃなくてもいい。俺がお前好きだから。
だから、しあわせ。お前という存在に出逢えた事が。すげー、しあわせ。



「…ううっ…ううう…ああああああっ!!!」



―――俺にさわって。全部、さわって。俺に、触れて。
冷たい指。冷たい頬。冷たい唇。冷たい身体。
―――暖めて。俺を、あたためて。お前のぬくもり以外いらないから。
冷たい、冷たい冷たい。ぬくもりが何処にもない。
―――おれのせんぶに、ふれて。なあ、いいだろう?
何処にも何処にも、見つからない。見つからないんだ。



お前がいない。お前がいない。何処にもいない。何処にもいない。いない、いない、いない。



大切なものに気付かせたのはお前。
そして大切なものを失わせたのもお前。
全てお前が、俺に与え、俺から奪う。


――――お前がただひとつのものを俺に与え、ただひとつのものを俺から奪ってゆく。




それはなんて、しあわせだろうか?それはなんて、ふこうだろうか?
もうおれにはわからない。なにも、わからない。ただ。ただひとつだけ。
ひとつだけだ、わかっていることは。ただひとつだけ、そう。



そうお前はもう二度と。二度と俺を見ないという事だけ。それだけ、だった。