甘くて苦しくて、そして切ない。そんな俺の日常。
背中から滴る水滴が太陽の光に照らされてきらきらと光る。それがひどく綺麗に見えたから、俺はバカみたいにそんな背中に見惚れていた。
少し黄味がかった肌が、ここ数日の強い日差しのせいで褐色に焼けている。無駄な肉の一切ない背中は、まるで野性の獣を思わせた。触れれば弾き返すほど弾力のある肉だという事はよく分かっている。この指がその感触を知っている。その肌の、感触を。
「―――シン」
触れたいと、思った。今すぐにその肌に触れたいと。触れて噛み付いて、背中に爪を立てたいんだと。
「いたのか」
ぽちゃんっとひとつ大きく水が跳ねて、お前が俺に振り返る。下半身を水面に浸しながら、濡れた髪をわずらわしげに掻き上げる。そんな何気ない仕草ですら、俺はぞくぞくとした。ぞくぞくと、する。濡れて張りついた髪も、溜め息混じりの冷たい声も。首筋から胸元に落ちてゆく透明な雫すら。
「いた、さっきからずっとお前見ていたのに」
拗ねたように言っても、そうかと一言返されただけだった。相変わらずの態度。相変わらずの言葉。でもそれでも、止められない。こいつを好きでいる事を、止められない。
「…シン……」
自分でも情けないほどに切ない声だった。きっとお前に向けている顔ももっと。もっと情けない顔をしているのだろう。それでもお前の前ではどうしても出来なかった。何でもないって表情も、平気だって顔も。ただ自分の思いを剥き出しに曝け出す表情しか、出来なかった。
「俺を見て欲情したか?ガキ」
だからそんな言葉にも、俺は。俺はこくりと素直に頷く事しか出来なかった。それ以外、出来なかった。
甘い言葉も囁きも、何もない。
優しい言葉なんて何一つくれない。
でも好き。でも好きなんだ。お前が。
――――泣きたいくらいに、お前が好き……
「来い、抱いてやる」
濡れた手を広げられて迷わず俺はお前のいる川へと飛び込んだ。服は来たままだったから濡れたけれど、もう。もうそんな事はどうでもよくて。
「…シン…俺……」
背中に腕を廻した。触れたかった背中。触れたくて堪らなかった背中。感触も、弾力も、すぐに思い出せるほどに触れているのに。触れているのにそれでも足りないのはどうして?
「何時ものように言え、俺を好きだって」
自分を見下ろす漆黒の瞳。氷のように冷たいけれど、俺は知っている。それがどんなに熱いのかを。
「…好き…シン……」
本当は火傷するほどに熱くて、そして。そして溺れずにはいられないのだと。俺は、溺れている怖いほどに、堕ちている。
「―――ああ……」
「…お前が、好き……」
堕ちている。でもしあわせだ。しあわせなんだ。この腕に堕ちた事が。お前に捕らわれた事が。がんじがらめにお前に心も身体も縛りつけられている事が。
「ずっと言っていろ…俺以外の存在なんて、お前の口から聴きたくない」
優しい言葉も甘い囁きもない。でもお前は俺の心臓を鷲掴みにする言葉をくれるから。
濡れて張り付いた布の上から、お前の指が俺の胸に触れる。触れただけでそれがぷくりと立ち上がり、布越しからでも紅く色付いているのが分かる。それがひどく恥ずかしくて、顔を横に背けた。
「…あっ…はぁっ…あ……」
「背けるな、俺を見ろ」
胸を指で弄られたまま、開いた方の手で顔を自らへと向けさせられる。漆黒の瞳が俺の全てを見透かすように見下ろしてきて、背筋がぞくりと震えた。まだ服は脱がされていないのに、裸にされているような気がした。
「俺だけ見ていろと、言っただろ?」
「…シ…ン……」
その言葉が俺の脳味噌を芯から溶かしてゆく。愛しているも好きもいらない。そんな優しい言葉よりも、俺はお前のその言葉が欲しい。
「…んっ…んんっ……」
背中にしがみ付いて、自ら舌を伸ばしてお前のソレに絡める。くちゅくちゅと絡みあう濡れた音が耳の奥まで響いてきて身体を火照らせた。水は冷たいのに、俺は熱くて堪らなかった。
「…んんんっ…ふぅっ…ん……」
舌が絡み合うたびに口許を唾液が伝ってゆく。ぽたりぽたりと俺の頬を伝い、水の中へと落ちてゆく。濡れた服の上を辿りながら。
俺が夢中になってお前の唇を貪っている間に、お前の手は俺の身体を滑ってゆく。服の上から感じる個所を的確に攻めてゆく。けれども、もどかしかった。肌と指を遮る布の存在が邪魔だった。お前の手で直接触れて欲しくて。その指で直接俺の肌に触れて欲しくて。
「…シンっ…服……」
我慢できなくて唇を離した。そして自らの手で服を破いた。バカみたいな行為。でもどうしても我慢が出来なくて。出来ない、から。
「自分から破かなくても、俺が破いてやったのに。まあいい」
「…あっ!……」
直接、指が触れる。胸の突起に、触れる。痛いほど張り詰めているそれを、ぎゅっと指が摘む。それだけで。それだけで、俺は。
「…あっ…あぁ…シンっ…シンっ……」
「こうして欲しかったか?」
耳元に囁かれる言葉に俺はこくこくと頷く事しか出来なかった。気持ちよさと嬉しさで、言葉にならなくて。指が直接触れている個所から全身に熱が広がり、頭がぼーっとする。けれども与えられる刺激の強さに意識が一瞬引き戻され、そしてまた狂うほどの気持ちよさが俺を襲うのだ。
「…あぁっ…あぁんっ…シンっ…はぁぁっ……」
がくがくと膝が揺れているのが分かる。それでも俺は必死に耐えた。そんな俺に追い討ちをかけるようにお前の手が俺自身に触れる。長い指が、触れる。包み込むように優しく握った後、先端の割れ目に強い刺激を与えられ、俺はビクンと震えた。立っていられなかった。もう立っている事が出来なかった。必死に背中に爪を立て、必死にお前にしがみ付いた。そんな俺にお前はくすりとひとつ、微笑って。
「もう駄目か?まだ突っ込んでもいないのに」
「…ダメ…シン…俺…もう……」
「しょうがないな―――お前は……」
呆れたような溜め息とともに、俺の身体をお前の腕が引き寄せる。しっかり掴まっていろと言われたと同時に、水の中で脚がふわりと浮いた。そしてそのまま冷たい水と一緒に、俺の中にお前が入ってくる。
「――――っ!あああっ!!」
水は冷たいのに、貫かれた楔は焼けるほどに熱かった。このまま内側から溶かされてしまうのではないかと思えるほどに。熱くて、熱くて、気が狂いそうだ。
「…あぁぁっ…あああっ!……」
狂ってしまいたい。このまま繋がったまま。繋がったままお前の腕の中で。そう思ってしまうほど、そう願ってしまうほど。俺はお前に溺れている。お前だけに、溺れている。
「…シン…シンっ…あぁぁっ…あああっ……」
繋がっている、ひとつになっている。お前が俺の中にいる。お前が俺を無茶苦茶にしている。痛いほど俺を貫いて、そして引き裂くほどに揺さぶって。このままどうにかなってしまいそうだ。このままどうにかなってしまいたい。もう俺、壊れてもいい。
「そうだ、もっと。もっと俺の名前を呼べ」
「…あぁっ…シンっ…シン…シンっ!………」
好き。大好き、死ぬほど好き。死ねないほど好き。死にたいほど好き。何で俺こんなにもお前好きなんだろう?どうしてこんなにも好きなんだろう?
それはとても嬉しい。それはとても苦しい。それはとても、切ない。
でも止められないから。止められないから。
「…シンっ…シンっ…もっと…もっ…あああっ!」
自分ではもうどうにも出来ないから。だから。
「…ああ…あぁぁ…壊れっ……」
だから好きでいる。ずっと、好きでいる。ずっと、ずっと。
優しくなくていい。甘えさせてくれなくてもいい。そんなものいらない。
だから捕まえていて。ずっと俺の全部、捕まえていて。
「――――お前は俺のものだ…俺だけの…ものだ……」
内側に注がれた熱い液体に俺は満足したように身体を痙攣させた。優しく抱いてくれなくてい。労わってくれなくてもいい。だからこんな風に。こんな風に、お前の思いのままに抱いて。お前の欲望のままに俺を犯して。そうする事が何よりも。何よりも俺にとって、嬉しい事だから。
甘くて苦しくて、そして切ない。そんな恋に溺れた。そんなお前に、溺れている。