衝動



時々、無性に。無性にお前を、滅茶苦茶にしてやりたくなる。


反らされる事のない瞳。真っ直ぐな、瞳。
どんな時でも正しい事だけを探し出そうとして。
自分にとっての真実を見つけ出そうとして。
何時も子供のように、輝いている瞳。
その瞳を護りたいと祈りながら、壊したいと願う。

『ゲイルさんは俺にとって…ずっと憧れだったから』

ぽつりと呟いたその言葉が、きっかけだった。
その瞬間俺の中の衝動が心の奥から突き上げて、そして。
そして気付いた時には、戻れない場所まで来ていた。


「…何で…こんなっ……」
どんな時でも真っ直ぐにツァイスは他人の目を見る。視線を反らす事無く。こんな時ですら、反らされる事のない視線に、シンは苦笑をした。どんな事をしても、彼のこの純粋さは失われる事はないのだろうと。
「―――お前が悪い」
口にしてみてひどくシンには可笑しく思えた。本当に悪いのはこんな衝動を止められない自分なのに、それなのに彼のせいにしている。何一つ気付かず無意識な残酷さを見せる彼に。
「悪いって何だよっ!俺お前に何かしたかっ?!」
全く分からないと言う顔で自分を見つめる彼にもう一度シンは微笑った。そして自分のバンダナで縛った彼の手首をそっと指でなぞる。思ったよりも細い、手首だった。
「何もしないから、タチが悪い」
「何だよ、それっ?!分かんねーよっ全然。お前の言ってる事分かんねーよ」
「分からないのなら、その身体に教えてやる」
「―――え?」
ツァイスの疑問符に答える事無くシンは、その若者特有の艶やかな唇を己のそれで塞いだ。


何の警戒心もなく、無邪気に俺に近づいてきたお前。我がサカ族の敵である筈のベルンの竜騎士。それなのに。
それなのにお前はひどく無邪気だった。ひどく子供のようだった。戦場であれだけ残酷に我々部族を滅ぼしたベルンの竜騎士でありながら。信じられないほどに真っ直ぐだった。
『…俺、お前の事知りたいんだ…その…仲良くなりたいんだ』
少しだけ頬を赤らめながら言って来た言葉に、俺は無意識に口許から笑みを浮かべていた。こんな風に自分が笑うことなど久々だった。部族を滅ぼされてから、こんな風に笑うことなど。
『だってせっかく同じ軍同士だし…その俺はベルンの騎士だったけど…でも今は仲間だよな』
子供のようだ。本当に驚くほどに子供だった。けれどもその純粋さが逆に羨ましくもあり、ひどく惹かれた。
『―――ああ…そうだな』
そう答えるとお前の顔はぱっと明るくなって今にも俺に抱き付かんばかりの勢いだった。けれどもそんな。そんなお前の顔を見るのが俺は不快ではなかった。そして、何時しか。
『シン、お前が後ろにいるから俺安心して戦えるんだぜ。本当だ』
何時しかことある事に俺のそばに来て楽しそうに話し掛けてくるお前が。そんなお前が俺にとっては…。


口付けた瞬間ぴくっと一度だけ身体が反応して、そのまま呆然としたように動かなくなった。そんなツァイスの唇をシンは舐め、口を開かせた。そのまま舌を忍ばせる。
「んっ!」
生き物のように自分の口内を蠢く舌の感触に、はっしたようにツァイスは我に返る。けれどもその時にはシンの手によって顎を捕らえられ、深く唇を奪われていた。
「…んんんっ…んっ!」
抵抗しようにも手はシンのバンダナによって拘束されている。今のツァイスに出来る事は首を振ってその唇から逃れる事だけだった。けれども思いがけず強いシンの手の力が、それすらも許してくれなかった。
「…んっ…やぁっ…ぁ……」
たっぷりと口中を蹂躙されて、やっとツァイスは口付けから解放された。飲み切れなかった唾液を口許に滴らせながら。
「…な…んで…こんなっ……」
息をはあはあさせながらも、挑むように自分を見つめてくるツァイスがシンにはひどく愛しかった。彼らしいと思ったから…愛しかった。
「お前が何も分からないからだ。何も、気付かないからだ」
「わっ、シン何をっ?!」
シンはツァイスの身体を引き寄せ腕の中に抱きしめる。そして抱きしめたまま、ひょいと身体を持ち上げ近くにあった椅子の上に座る。膝の上にツァイスの身体を乗せながら。
これはツァイスにとって屈辱だった。仮にも男である自分の身体が軽々と持ち上げられ、そしてこうやって膝の上に子供のように乗せられる。あまりの恥ずかしさに耳までかぁぁっと紅く染まった。
「餓鬼のお前には…これでいい」
「が、ガキってなんだよっ!大体お前なっ!」
噛み付くように言ってくるツァイスの唇をもう一度シンは塞いだ。それは触れるだけの口付けだったのに、先ほど受けたキスのせいで眩暈がするほどに甘くツァイスには感じた。
「でもこれから餓鬼には出来ない事を…するからな」
「…え?……」
その言葉を確認する前にツァイスの首筋に口付けると、そのまま服のボタンを外した。その時になってツアイスはシンの言葉の意味に、気が付いた。
「…ちょっ…やめ…冗談だろっ?!」
キスされたことですら頭が真っ白になるほど驚いたのに、更にそれ以上の事をされようとしている。その事が信じられなくて、ツァイスは身体を捩って抵抗した。けれどもそんなツァイスの胸元にシンの冷たい手が忍び込んで来る。
「…あっ!…」
びくんっと、肩が跳ねた。シンの指がツァイスの胸の突起を挟みこむように摘んだからだ。それを擦りながら、廻りの皮膚を指の腹でなぞる。その刺激にツァイスは声を出すのを堪えきれなかった。
「…止め…止めろって…あっ…」
刺激から逃れようと身体を動かすのが今のツァイスには精一杯だった。そんなツァイスの反応を確かめるようにシンは胸の飾りを口に含んだ。生暖かい舌がぴちゃりと、胸を舐めた。
「…はぁっ…んっ!……」
舌先で突つかれながら、歯を立てられる。その刺激にぞくぞくとしたものが背筋から沸き上がってきた。その感覚に耐えきれずにツァイスは首を左右に振る。そのたびに紅い髪が揺れて、そこからぽたりと汗が零れた。
「敏感だな」
「―――っ!」
胸が口から解放されて耳元に囁かれた言葉に、ツァイスの頬は真っ赤に染まる。こんな事をされて嫌なはずなのに、若い身体は順応に刺激に反応していた。それは唇が離れた途端、無意識に胸を押し付けたりして。ツァイスは気付かなかったが、シンはそれに気付いてひとつ微笑った。そんな彼の、反応に。
「―――ああっ!!」
何かしら抵抗の言葉を述べようとして、けれどもそれは叶わなかった。シンの手がツァイスのズボンのベルトを解くと、そのまま膝まで下着ごと脱がしたからだ。そして剥き出しになった中心部にシンは指を絡める。既に微妙に形を変化させていたソレに。
「…ああっ…止め…シン…そんな…ぁ……」
口では否定しながらも、下半身から沸きあがってくる快感にツァイスは耐えきれない。若い身体は嫌になるくらい欲望に忠実だった。シンの指が自身の感じる所を愛撫するたびにツァイスの胸の果実は痛いほどに張り詰め、目尻からは快楽の涙を零していた。
「…あぁ…駄目だ…俺…あぁぁ……」
がくがくと震える身体を空いている方の手で抱き止めながらも、自身への愛撫は止まる事はなかった。とろりと先端から先走りの雫が零れて来る。それを指先が感じ取った瞬間に、シンの手がツァイスのソレから離れた。
「…あっ……」
突然失われた刺激に、ツァイスは戸惑いの声を上げる。そして耐えきれずにシンにソレを押しつけた。

耐えられなかった。両手は拘束されて自分ではイク事が出来ない以上、解放してくれるのは目の前の彼以外にいないのだから。

「イキたいか?ツァイス?」
耳元に息を吹きかけるように囁かれてツァイスはこくりと頷いた。あっさりと陥落するところが彼らしいといえば、らしいのかもしれない。もしこれが自分以外の、例えば敵相手ならばツァイスは絶対に『うん』とは言わないだろう。けれども彼は自分が『仲間』だと思っている相手には、どんな理不尽な事をされても最終的にはそれを許してしまうところがある。いや、最期まで彼は信頼をするのだ。自分が本当に裏切られたと気付くその日まで。
「…イカ…せてくれ…シン…俺……」
そんな彼の心を裏切りたくはないとずっと思っていた。けれどもそれとは別の思いで、裏切ってまでも欲しいと願っていた。どちらもシンにとっての真実で、想いだったから。
「―――あああっ!!」
先端を強く扱いてやればいとも簡単にツァイスはシンの手のひらに精液を吐き出した。


「…シン…あっ……」
自分の吐き出したもので濡れた指が、ツァイスの一番深い部分に忍び込んで来る。まさかそんな所に指を入れられるとは思わなかったので、ツァイスはうろたえたようにシンを見つめた。けれどもそんなツァイスを無視するようにシンの指は奥へ奥へと入ってくる。
「…止め…そんな所…止め……」
くちゅくちゅと中で音がする。異物を入れられた痛みはあったけれど、それ以上に何か違う感覚が自分の身体を駆け巡る。濡れた音が身体中に響いて、そして擦れ合う肉の感触に。その、感触に。
「ひゃっ!」
突然、身体に電流が走ったようにツァイスの身体が痙攣をする。それを見届けたシンが、その個所を集中的に攻めたてた。先ほどから指で探っていた彼の前立腺の場所だった。
「…あっ…あぁぁ…駄目…ソコは…俺…あぁ……」
指が擦れるたびにツァイスの意識がおかしくなる。何も考えられなくなって、何かに呑まれてゆくようで。何も、何も、分からなくなって。
「…変に…なる…俺…あぁ……」
腰が、蠢いた。刺激を求めて、指の感触を求めて。けれどもその途端指が、引き抜かれる。そして。
「―――ツァイス」
そしてシンはツァイスの身体を抱き寄せ彼を見つめた。真剣な瞳で、見つめた。その痛いほどの視線に飛びかけていたツァイスの意識が取り戻されて、潤んだ瞳をシンに向けた。その時、ふと。ふと、ツァイスは気が付いた。本当に突然に、気が付いた。もしかしたら彼は。彼は…。
「…シ…ン…もしかして…お前……」
そう思ったら、ひどく。ひどく喜んでいる自分がいた。バカみたいに喜んでいる自分が。ひどく嬉しいと思っている自分が。
「…嫉妬…してる?……」
無意識にツァイスは微笑っていた。自分でも気付かないほどのものだったけれど。れりどもシンの瞳には鮮やかに焼きついた。子供のような無邪気でありながら、雄を誘うような淫らな笑みに。
「…やっと気付いたか……」
その言葉に溜め息とともに答えれば、今度は本当にツァイスは微笑った。自分で自覚して、笑った。気付いたから。気が、付いたから。
「…何だ…そっか…よかった…俺またなんかしてお前怒らせたのかと…思ったから…」
「よかったのか?」
「…え?……」
「こんな事されても、よかったのか?…これから自分がどうなるか…分かるだろう?」
シンの言葉にツァイスはやっぱり微笑っていた。自分の貞操の危機にの筈なのに、喜びの方が勝っていた。純粋に、嬉しかったから。
「…いいぜ、お前なら…いいよ…俺…俺…シンの事…好き…だからさ……」
そこまで言って羞恥心が涌き出たのかツァイスは俯いてしまった。言葉よりももっと恥ずかしい所をされているのにと思ったが、シンは口には出さなかった。それ以上に、激しいまでの愛しさが…込み上げて来たから。
「…ああ、ツァイス…俺も好きだ…お前だけが……」
「…シン……」
「…お前が、欲しい……」
囁かれた言葉に、ツァイスはこくりと頷いた。そして自ら腰を上げて、彼を受け入れた。


激しいまでの衝動に突き動かされ。
それでも最期にはお前に救われる。
何時もそうだ。何時も、そうだった。


―――最期に辿り着くのは、そのお前の笑顔だった……



「ひっ!あああっ!!」
初めての挿入に悲鳴を上げながらも、ツァイスは懸命にシンを呑みこんでゆく。そんな彼の髪をシンは掻き上げた。汗でべとつくその髪を。そして形よい額に口付けながら、萎えてしまった彼自身に指を添える。そうする事で少しでも痛みを和らげようとした。
「…あぁぁっ…くっ…あぁ……」
引き裂かれた肉から血が零れて来た。けれどもツァイスはシンの全てを飲み込む。痛みよりも心が満たされて。こころが、満たされたから。
「―――ツァイス」
「…あぁ…シ…ン…っ……」
唇を、塞がれた。そしてその手がツァイスの腰に添えられる。そしてそのまま腰を揺さぶられた。
「…んんんっ…んんんんんっ!……」
肉が擦れ合う。内壁を突き破る楔が、ツァイスの一番感じる個所を激しく貫いた。その刺激に再びツァイス自身が回復し、シンの腹にソレを擦り付けながら形を変化させてゆく。そして。
「――――っ!!!」
そして限界を感じた二人は、同時に重なり合うように欲望を吐き出した……。



「…シ…ン……」
時々無性に。無性に無茶苦茶にしたい衝動に駆られる。
「…好き…だ……」
けれどもそれ以上に。それ以上に。
「…お前の事…好き……」
それ以上にお前を何処までも護りたいと思う気持ちが溢れてくるから。


「…ツァイス……」




――――俺もだ、と。言う変わりにその唇をそっと。そっと、塞いだ。