空から降り注ぐ柔らかい日差しに身を任せ、そのまま瞼を閉じた。背中にある木に身体を預け、押し寄せてくる柔らかい眠りに意識を手離そうとしたらのんびりとした声が降ってきた。その聞き覚えのある声に瞼を開けば、予想と一寸も違わない顔がそこにあった。
「残念、先約がいるなあ」
「すみません、トレック殿」
「いやあんたが謝る事はないよ。しょうがないよ、先にいたのはあんただしなあ」
のんびりとした口調で返されると、無意識に口許に笑みが浮かんでしまう。こんな風に自然と笑みを零れさせる目の前の相手に、何時も。何時も救われている自分がいた。
――――そう気付けば、何時も。何時もこの穏やかな空間に……
風が吹いて木の枝が揺れた。それと同時に葉の重なり音がする。その音に耳を傾け、柔らかい風を感じ、零れる日差しの暖かさに身を任せる。その瞬間がどんなに心地よいものかを知ったのは、きっと目の前にいる相手のお陰だったから。
「トレック殿もどうぞ」
「あー悪いね。何か俺が頼んだみたいで」
身体を少しずらして人一人が座れるスペースを作ると、『よっこいしょ』という声とともにトレックが隣に座った。座った途端に寝てしまいそうな相手の顔を見つめていたら、予想外に相手も見返してきた。
「どうした?俺の顔に何かついているのかなあ?」
「ふふ、目が二つと鼻がひとつと口がひとつ、付いていますよ」
「ああ、あんたも同じものがついているね。俺たちはおんなじだなあ」
「同じ、ですね」
にこにこと屈託のない笑みを見せる相手を、ずっと見ていたいと思うようになった。こうしてそばに見ていられれば、きっと。きっと毎日がひどくしあわせになるものだと思えるようになったから。
「私たち、同じですね」
失ったものは多すぎて、それでも振り返る事が出来なくて、ここまで来た。自分の生きる道を定めた時から、失うものが何か分かっていた。それでも自分の信じるものの為に、自分の誇りの為に、最愛の相手を失ってまでもこうして進んできた。
進んで、進んで、そして。そしてふと立ち止まった時。立ち止まった時に気がついた。ぽっかりと空いた大きな穴に。失ったものはあまりにも大きかったから。大きすぎたから。けれども。
「でもあんたは凄く綺麗だから。やっぱちょっと俺と違うかもなあ」
けれどもそんな空洞すらも、こうして貴方のそばにいる事で。こうして何気ない会話を交わしてゆくことで、そっと。そっと埋められてゆくのを感じるから。
「そんな事、トレック殿に言われると…恥ずかしいです」
「いや本当の事だしなあ。それなのにこんな綺麗な人がなんで俺のそばにいてくれるのか不思議でしょうがないんだが」
「不思議ですか?私が貴方のそばにいたいと思うのは」
「うん、不思議だ。でも俺は嬉しいからあんたの言葉も嬉しい」
「ならばずっとそばにいますよ。トレック殿」
嬉しいと思う。幸せだと思う。それは胸をえぐる程の激しい恋とは違う、けれども確かに恋だった。激しくなくても苦しくなくても、確かに私は貴方に恋をしている。それは泣きたくなるくらい優しくて、嬉しい恋だから。
「ずっとそばにいます」
くすくすと微笑って、私は貴方の肩に寄りかかった。大木よりももっと安心出来る場所へと。そうして瞼をそっと閉じる。
「おやすみなさい、トレック」
「ああ、おやすみ。俺も寝るから一緒だなあ」
「…ふふ、一緒ですね……」
頬に感じるぬくもりと、優しい日差しと、爽やかな風を感じながら訪れるまどろみに身を任せる。それは貴方に出逢うまで知らなかった穏やかな眠り。優しい、まどろみ。
――――夢すら見ないほど無防備に眠れるただひとつの場所だから……
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