悪夢



今でも夢を、見る。血と炎と悲鳴と、そして。
そして一面の腐敗した、死体の匂いが。
俺の身体に染みついた死臭が、消えない。


自分の悲鳴で目覚める夜が、どれだけ繰り返されたのかもう分からなくなっていた。



髪を掴まれそのまま地面に身体を転がされた。その瞬間砂埃が立ち顔を汚した。
「ケケ、こいつがぁ最後か」
血の、匂いがする。生臭い血の匂いが一面に漂っている。そして視界も、深紅に染まった。
「男にしちゃー随分と綺麗な顔をしているねぇ、剣士さん。それにサカ人の顔立ちをしてねー」
地面に擦り付けられた顔が大きな手で引き上げられる。後ろに跨るように身体を抑えつけた男が髪を引っ張り、真正面にしゃがみ込んでいる男が顎を捕らえた。
「お前本当にサカ人か?」
その言葉に視界でなく思考までもが真っ赤に染まった。そして気付いた時にはその男に唾を吐きかけていた。


一人だけ容姿の違う俺を分け隔てなく受け入れてくれた人達。
誰もが皆、優しかった。誰もが皆、暖かかった。
大地の恵みとそして風の音を聴く彼らだからこそ。だから、こそ。
顔や人種やそんなちっぽけなものに拘っていなかった。

『お前本当に、サカ人か?』

俺は誰よりもサカ人だと。誇り高き民族だと。
それだけは。それだけは誰にも。誰にも俺は。
俺は胸を張って、言えるから。


「ほう、これは随分といい玩具が残っていたな」


唾を吐きかけたルトガーに廻りの男たちは暴行を加えた。何度も殴り身体を蹴り上げながらも殺しはしなかった。サカ人を皆殺しにし、最後の一人になった時点で、殺戮と暴力に溺れていた輩は最後の楽しみとばかりわざと殺さずにルトガーを痛めつけていたのだ。
「隊長っこいつが最後ですぜ。後は全部やっちまったです」
「そうか…にしてはサカ人の顔ではないな…まるで我らの同朋のようだ」
「でもこいつサカ人ですぜ。俺の顔に唾を吐き掛けやがって」
「そうか…しかし殺すには流石に忍びないな、その顔では。目覚めが悪そうだ」
隊長はそう言うとルトガーに近付きしゃがみ込んだ。そして暴力を受けぐったりと俯いた顔を顎を捕らえて自分へと向けさせる。その途端、ルトガーの鋭い視線が隊長へと向けられた。
「ほう、それほどの仕打ちを受けてもそのような目をするか…随分と活きがいい」
「――――」
にやりと笑った隊長にルトガーは先ほどと同じように男の顔に唾を吐きかけた。けれどもさっきの男たちのように殴られる事はなかった。けれども。
「まあいい。その元気も直に萎えるようにしてやろう」
けれども隊長の目に違った色彩が含まれ…そして。そして廻りの男たちに何やら合図を送る。男たちはにやにやと笑いながらルトガーの手首を近くにあった縄で縛り、そのまま起き上がらせると焼けて剥き出しになった家の柱に身体を括り付けた。
「知っているか、剣士?死よりも兵士にとっての屈辱は何か…それをお前に教えてやろう」
隊長はルトガーに近付くと再びその顎を捕らえ、そのまま。そのまま唇を奪った。


その舌を噛み切る前に唇が離され、ビリリと言う音と共にルトガーの服が破られる。そこから覗く肌の思いがけない白さに後ろに立っていた男たちが息を飲む。先ほどまで散々自分らが殺したサカ族の女達を犯して来たいうのに、彼らの性欲はまだ収まってはいなかったのだ。
それにサカ人にはないその色の白さと肌の木目細かさに、男達の目が奪われずにはいられなかった。その肌に紅い痕を付けたいと。その肌に欲望をぶちまけたいと。
「…殺せ…俺を……」
服を破かれ男達の欲望の視線に塗れて初めてルトガーは言葉を発した。けれどもそんな言葉はもう男たちの耳には届かない。後はどうやってその身体を貪るかしか…もう思考にはなかった。
「死よりも深い陵辱をと…言っただろう?」
「―――っ!」
隊長の手がルトガーの胸に伸びるとその飾りを指でぎゅっと摘んだ。その痛みにびくんっとルトガーの身体が跳ねる。けれどもそれはこの悪夢の序章でしかなかった。
「ほう、中々敏感な身体をしている」
「…っ…止めっ……」
人差し指と中指で胸の果実を摘みながら、首筋を強く吸われた。その刺激にルトガーの口からは甘い息が零れそうになる。けれども今それを。それを出す事は死よりも恥ずかしい屈辱だった。
「…止めろっ…止め……」
「いやなのか?こんなにも乳首を尖らせておいて」
「…くっ…止め…ぁ……」
「こんなに張り詰めている。真っ赤になってね」
ぐりぐりと指の腹で胸の突起を転がされ痛いほどに張り詰めた頃に、それを口で吸われた。わざとぴちゃぴちゃと音を立てながら嬲られて、ルトガーは唇を噛み締めて堪えた。そうでもしなければ声が零れるのを…抑え切れないから。
「…くふっ…く…止め……」
「強情だな、お前は。仕方ない…皆にたっぷりと見せてやろう」
「――――っ!!」
再び布の引き裂かれる音がして、ルトガーの下半身が剥き出しになる。身体を吊るされているせいで動く事も出来ず、脚を閉じるのが精一杯だった。けれども隊長は廻りで欲望に目をぎらぎらさせている男たちを呼び寄せると、閉じられているルトガーの脚を無理矢理開かせた。
「お前らじっくり見るがいい。後でココにたっぷりお前らのモノをぶちこむんだからな」
「へへ、隊長…たまんねーですよ。早くやっちまいましょうよ」
「そうだな、声もろくさま出さんしなあ」
「!!」
脚をMの字男たちの手によって曲げられて、ルトガーの一番恥ずかしい場所が眼下に晒される。それを見る男達の視線が益々欲望を滾らせてゆく。
「まあいい。声を上げ自分から腰を振るように…してやろう」
そう言うと隊長はポケットから小瓶を取り出すと中の液体を指に垂らした。そしてその指をルトガーの秘所へと忍ばせる。
「…なっ……」
どろりとした液体をルトガーの内部に何度か擦り付けると、指はずぷりと引き抜かれた。そして。
「即効性の淫欲剤だ。もう効いてきただろう?」
「…あ……」
最奥の部分からじわりと熱が這い上がってくるのをルトガーは抑えきれなかった。堪えようと意識を違う場所へと集中させても、犯される熱がそれを許してはくれない。媚肉がひくひくと蠢いているのが自分でも分かった。そして。そして触れてもいないのに自身が微かに形を変化させているのも。
「さあイイ声を聞かせてくれ」
「―――あっ!」
指が撫でるようにルトガーの胸に触れた。それだけなのにそこに熱が集中する。そして乳首が痛いほどに張り詰め、もっとと刺激を求めているのが分かる。無意識に胸を擦り付けそうになって我に返っても、どうにもならなかった。口からは甘い息が零れるのを…止められない。
「…はぁっ…あ…止め……」
それでも否定の言葉を告げるルトガーに諦めろと言わんばかりに隊長の指が再び秘所へと忍びこむ。異物を受け入れ痛いはずなのに媚薬を刷り込まされた媚肉は与えられた刺激に悦ぶように、ぎゅっと指を締め付けた。
「…止め…ろ…はぁ…あ……」
くちゅくちゅと濡れた音とともに指が中を掻き乱してゆく。動くたびに指の感触が直に身体に伝わって、ルトガーの前立腺を激しく刺激した。首を左右に振ってその刺激から逃れようとしても、熱が集中してじわりと身体を駆け巡ってゆく。
「…あぁ…止めろ…やぁ……」
唇を噛む事すら…出来なかった。どんなに意識を集中させようとしても与えられた刺激には無力だった。口からは甘い息が零れ、触れてもいない自身は立ち上がり先走りの雫を零している。そして淫らな媚肉はきつく指を締め付け、その刺激を逃さないようにと蠢いた。
「…あぁ…止め…はぁっ……」
「止めて欲しいのか?こんなにも指を締め付けているくせに、ん?」
「…駄目…やぁっ…あ……」
指の本数が増やされ、それぞれ勝手気侭に中を掻き乱す。その刺激にルトガーの細い腰が淫らに蠢いた。いくら嫌だと口で否定しても、身体の熱はもう止められなかった。刺激を求めて腰が蠢き、開放を求めて自身を押しつけるのを。
「…あぁ…もう…もっ……」
ずぷりと音と共に指が引き抜かれ、違うものが入り口に当てられても…ルトガーはもうそれが何なのかを考える事すら出来なくなっていた。


―――ずずず…と音ともにルトガーの秘所に隊長の欲望が埋められてゆく。先っぽの傘の部分を埋めこんだだけなのに、狭すぎる入り口は悲鳴を上げて血が零れた。
「…ひっ…あああっ!!」
いくら媚薬で中をとろとろにされたとはいえ、初めての挿入にルトガーの肉壁は耐えきれなかった。溶かされた意識が痛みで呼び戻され、身体を捩って侵入を拒もうとする。けれども吊るされた身体は身動きすら取れずに、男たちに脚を掲げられて隊長の欲望を受け入れる以外に術はなかった。
「…あああっ…ああああっ!!」
先端を埋めるとそのまま隊長は身体を進めた。ずぶずぶと音と共にルトガーの入り口に肉棒が埋められてゆく。それが広げられた脚のせいで、埋めこれてゆく様が丸見えだった。それを見ていた男たちの股間が膨れ上がり、はちきれんばかりになっている。けれども彼らはまだお預け状態を抜けられなかったが。
「堪らないな、この締め付けは…下手な女よりずっとイイ」
「…あああ…止め…あああっ!!」
ぐちゃんっと音と同時に隊長の欲望が根元までルトガーに突き刺さる。繋がった個所からはどろりと血が垂れ、地面にぽたぽたと落ちていった。けれどもそんな血など構わずに隊長はルトガーの腰を掴むと、がくがくと揺さぶり始める。
「…ひぁっ…あぁ…あぁぁ……」
擦れ合う肉と摩擦が何時しかルトガーに痛み以外のものを与え始めた。元々媚薬で溶かされていた中は、その刺激に答えようと蠢いている。抜かれないようにときつく締め付け、逃さないようにと蠢く。その抵抗感に隊長のペースも速くなった。
「…あああ…あぁぁ………」
ルトガーの長い髪が振り乱され、そこからぽたぽたと汗が伝った。苦痛と快楽の狭間で喘ぐ顔はひどく艶かしく、廻りの男たちを悦ばせた。何時しか痛みより快楽が勝ってきた身体は淫らに蠢き、痛いほどに乳首が張り詰めている。それを耐えきれなくなった男が赤ん坊のようにその胸を吸った。ちゅうちゅうと音を立てながら。そして。
「…やぁっ…あぁ…もう…俺は…あぁ…ぁ……」
「―――クッ…出すぞ……」
「ああああっ!!!」
限界を迎えた隊長はその身体に自らの欲望を吐き出した。


楔が引き抜かれる。その途端とろりとルトガーの足元に精液と血が溢れて伝った。引き裂かれた割れ目はひくひくと蠢き、男たちを誘っているようにも見えた。
「後はお前らで楽しみな」
ルトガーの中に三回ほど欲望を吐き出して満足した隊長は、廻りで今か今かと待ちわびている男たちにそう言った。その途端ルトガーの身体が地面に落とされ、男たちが圧し掛かってきた。
隊長の出した精液で溢れている秘所に男の欲望が捻じ込まれ、別の男には髪を引っ張られ顔を引き寄せられるとそのまま楔を口に突っ込まれる。それ以外の男も嬲られるルトガーを見ながら自慰をし、その身体に精液をぶっ掛けた。
「た、たまんねー…すげーきついし…最高だ」
「コッチもすげーいいぜ。ほらっもっと舌を使えよ」
「ああイッちまうよ…たっぷりと呑みこめよ」
「早く変われよ、後つっかえてんだからよ」
男たちの言葉はもうルトガーには届かなかった。ただ貫かれるたびに腰を振り、口の中のモノをしゃぶる以外には。熱は収まる事無くルトガーの思考を奪い、与えられる刺激に答える事以外何も。何も分からなくなっていた。


何も分からない。何も考えられない。
打ちつける楔を締め付ける感触しか。
身体に注がれる精液の熱さしか、もう。

もう何も。何も分からない。



「コイツ、イッちまってるぜ…もう男なしじゃいられねー身体になっちまったかもな、ケケ」



憶えているのはその言葉だけだった。後はもう何も。何も分からない。気付いた時には大量の精液を身体に浴びせられ、俺は。俺は何もかもがなくなったこの地面に倒れていた。


あの日以来、全てをなくした。全てを失った。
身体に残るのは腐敗した死体の匂いと、そして。
そして男たちのすえた欲望の匂いだけだった。



自分の悲鳴で目が醒めるのは…何時もの事だった。消えない悪夢が俺の身体を蝕み続ける限り。


目覚めた瞬間に自らの身体を掻き抱いた。それでどうにかなる訳じゃなかったけれど。それでもこの重みに耐えるには今の自分には…出来なかった、から。
「―――ディーク……」
そして無意識に呟いた名前に。その名前にルトガーは唇を噛み締めた。その名前を自分が告げた所でどうにもならない事を。そして。そして…今日自分が見た映像が脳裏に浮かんで。浮かんで、ルトガーは首を振った。あんな風に彼の名前を自分が呼ぶ事は…出来ないから。



『ディーク!』
綺麗な金髪を風に揺らしながら少女のような綺麗な顔の男が、ディークを呼び止めていた。
『どうした?クレイン坊ちゃん』
そんな彼にディークは優しく微笑む。それは自分の知らない顔だった。彼はおおらかにまるで太陽のような笑みを浮かべるけれど、あんな。あんな慈しむような微笑みは…見た事がなかったから。
『もう、坊ちゃんは止めてくれって言っただろう?』
無邪気とも思える表情。警戒心も何もない素直な顔。穢れを知らない純粋な、笑顔。真っ直ぐにそれは向けられている。真っ直ぐに。
『はいはい、クレイン坊ちゃん』
『もう、ディークっ!』
自分には…出来なかった。あんな風に真っ直ぐに見つめる事も、あんな風に笑いかける事も、俺には出来ない。穢れてしまった俺には、お前は眩しすぎるから。でも。


でも、好きだった。お前が、好きだった。

以前は夜中に目覚めたら復讐という思いに摩り替えて、やりきれない思いを閉じ込めるだけだったのに、今は。今はただひたすらにお前を思っている。お前のことを考えている時だけ、自分が綺麗にいられるような気がした。お前の事を想っている時だけ、自分が暖かくなれるような気がした。けれども。

けれどもお前に俺は、相応しくないから。

血と復讐と、そして男たちに穢された俺には。こんな俺はお前には相応しくないから。そばにいたらお前まで…穢れてしまうから。でも。でも好きだった。でも、好きだ。


――――お前が…好き…なんだ……


「…ディーク……」
戦ってくれると言った。ともに戦ってくれると。
「…ディー…ク……」
ベルンを滅ぼすために…戦ってくれると。


相棒だと俺を言ってくれた。俺の存在を認めてくれた。


それ以上自分は何を望むのだろうか。これ以上自分は何を願うのだろうか。
それ以上望んで、そして。そして嫌われてしまったなら?


それならば今のままでいい。剣を交えている間は…そばにいられるから。




もう一度だけルトガーは自分の身体を抱きしめて、そのまま目を閉じた。瞼の裏に太陽のような笑顔を焼きつけて。


――――その夜ルトガーは悪夢を見ることは…なかった。