―――――ふたりで、生きてゆく。これからずっと、生きてゆく。
消えない悪夢も、消せない穢れも、全て。
全てお前という光が打ち払ってくれた。お前だけが。
お前だけが俺を、こうして地上へと引き上げてくれた。
未来を夢見る事を、綺麗な未来を願う事を…お前がいれば俺は見る事が出来る。
明日にはエトルリアの王都アクレイアへと踏み入れる事になる。エトルリア…ルトガーにとって然程理解のある土地ではなかった。けれどもディークは昔、エトルリアにいたと告げた。
『クレイン坊ちゃんは昔の馴染みで、な。パント様の傭兵として雇われていた事があったんだ』
あの時彼に見せた優しさは、昔からの知り合いだからだと。子供の頃から知っている相手だからだと、ディークは言っていた。
『まあ俺が思ってたよりもずっとあいつは成長してたし…それにほら』
ディークが指差した先にはクレインともう一人…最近加入したエトルリアの将軍がいた。金色の髪の、ひどく綺麗な男が。
『坊ちゃんは、もう俺は必要ねーよ。ちゃんと自分の相手を見つけている』
そう言われて二人を見てルトガーは納得した。確かに自分が見た時の顔と、クレインは違った。ディークとともにいた時に見せた顔よりも、ずっと。ずっと満たされた顔をしている。
『俺の役目は終わったから、今度からはずっとお前だけ見てくかんな』
冗談交じりに言われた言葉が、ルトガーには嬉しかった。言葉に出来なかったけれど、表情にも出なかったけれど、でも。でも何よりも嬉しかった。
明日からまた戦場に出ることとなる。けれども今はそれを何処かで望んでいる自分がいた。戦場では、一番近くに彼を感じられるからだ。
「…ディーク……」
気持ちは通じ合った。自分を必要だと言ってくれた。けれどもまだ身体を繋いではいない。自分の過去を知ったディークが気を使ってくれているのは分かる。けれどもその反面何処かでルトガーは思っていた。
嬲りものにされた身体など、抱きたくないのでは…と、そう思って。
そんな事はないんだと必死に否定しながらも、何処か不安は拭い去れなかった。頭では分かっていても、心がどうしても理解してくれない。それが苦しくて。
「…俺は…ディーク……」
抱いてくれなどと口にする事は出来なかった。自分からは言えなかった。まして今は戦いの最中だ。そんな事を思うのは…許されるはずがない。けれども。けれども。
「…好きだ…ディーク……」
名前を呟いたら思いが溢れて、そして止まらなくなった。ルトガーは耐えきれずにそっと自らの胸元に手を入れる。そしてそのまま胸の突起に指を触れた。
「…んっ…はぁっ……」
指で何度か転がしてやればそれはたちまち痛いほどに張り詰める。身体が、求めているのが嫌と言う程に感じられた。
「…ぁ…ディーク…ふぅ……」
今まで彼を思いながら自慰に耽る事はなかった。自分にあの事があった以上、自らの欲望で彼を汚したくなかったのだ。けれども今は。今は、違うから。
「…はぁっ…あぁ……」
胸をぎゅっと指で摘めば、自らの身体が小刻みに揺れた。びくびくと震え、自身が反応し始めるのが分かる。そのまま空いた方の手を下腹部へと降ろせば、予想通り震えながらも立ち上がっている分身があった。それをそのまま手のひらで包み込む。
「…あぁ…んっ…ディーク……」
自らの指で扱きながら、けれども瞼の裏で彼の手を思った。大きくて包み込むような、その手を。その手がココを包み込んでくれたならば。
「…あぁっ…はぁっ……」
肌蹴た胸元を惜しげもなく晒しながら、尖った乳首を自らの指で嬲る。それと同時に自身を包み込み、先端の割れ目を指の腹でなぞった。そのたびに髪が揺れ、額からぽたりと汗が落ちた。
「…ディーク…ディーク…あぁんっ……」
肌が火照り、理性が奪われた。今考えられるのは彼の事だけだった。彼の事、だけ。大きな手と、厚い胸板と。そして自分を呼ぶ声。
――――ルトガー…と、呼ぶ声が……
「…はぁっ…ぁぁ……」
好きだぜ、ルトガー…お前が……
「…ディーク…俺も…あぁ……」
俺がずっと、いてやんから。俺がずっと。
「…あぁっ…もうっ……」
ずっとお前の、そばにいてやんからな。
「―――っ!」
どくんっと弾ける音ともにルトガーは自らの手のひらに熱い液体をぶちまけた。そのねとねとした液体を口に含もうとして、そしてその指が止まった。
ずっと俺が、そばにいてやんからな。お前のそばに。だから一緒にいよう。
お前が本当はどんなに独りが嫌か、俺には分かった。
孤高だと廻りはお前をそう言うけど。言うけれど、本当は。
本当はこうして。こうして、そばにいねーと。
お前は不安になるって事を。お前は怯える事を。
だからそばにいてやる。飽きるまでずっと。ずっと俺がお前のそばに。
背後から抱きしめられた腕に、ルトガーの身体が一瞬強張る。けれどもその腕の感触に気付いて。気付いたから、強張っていた身体の緊張を解した。
「…何で…お前……」
解してそして次の瞬間に身体を襲ったのはどうしようもない羞恥だった。自分が彼の名を呼びながら果てたのを見られた事への羞恥。抱いている腕の中の身体が熱くなっているのは、そのせいだった。
「―――お前に逢いに来た。それだけじゃ理由になんねーか?」
「…あ……」
背後から抱きしめられたまま、覆い被さるように唇を奪われた。その思いがけず激しい口付けに、ルトガーの瞼が震える。震えたけれど、拒む事は出来なかった。拒めるはずは、なかった。
「…お前…何時から俺の名を呼んでこんな事していた?」
口付けを繰り返し与えられながら、囁かれた言葉にルトガーの頬がさあっと朱に染まる。見下ろされる視線に耐えきれずに視線を外せば、大きな手が頬を包み込みそれを許してくれない。そのまま目を合わせられて、唇を塞がれる。
「…俺は…ディーク……」
「俺にも言えねーか?それなら身体に聴くぜ?」
「………」
ディークの言葉にルトガーの身体が反応したのが分かった。こうして抱きしめている腕から、それがまざまざと伝わった。そう彼は望んでいる、自分に抱かれる事を。
「…嘘だよ、ルトガー。ひでー事はしねえよ。でも」
「…ディーク?……」
「でも…俺は…お前抱きてー…いいか?……」
抱きしめていた手を離して、そのままディークはルトガーの正面に向き合った。きちんと視線を合わせて、そう言った。ひどく真剣な瞳で、そう。
「いやずっと、そうしたいて思ってた。でも俺はお前のトラウマを聴いちまったから……」
視線を合わせて、真っ直ぐにルトガーを見つめ。揺るぎ無い瞳が、告げる。それを自分がどれだけ。どれだけ…望んでいた事か。どれだけ願っていた事か。
「…お前が自分から望むまではって…そう思ってたけど……」
ディークがその先を告げる前にルトガーはそのまま。そのまま彼の唇を自らのそれで塞いだ。そしてそのまま恐る恐る背中に手を、廻して。
「…馬鹿…俺はずっと……」
小さな声で、告げた。ディークだけに聴こえる声で。俺もずっと、望んでいたんだ、と。
あの時はただ本能のままに腰を振るだけだった。そこに想いはなにもない。ただ薬に溺れさせ、雄を求めるだけだった。でも。でも、今は。
「嫌なら言えよ…お前の嫌がることだけは…俺はしたくねーから」
ディークの手がそっとルトガーの髪を撫でる。優しい手だった。優しすぎる手だった。それだけで。それだけで、泣きたくなるほどに。
「…俺がお前を怖がる事なんてない……」
泣きたくなるほどに優しい手。大きな、手。自分を包み込んでくれる手。この手さえあれば怖いものなんて何もない。何一つ、ない。この手さえあれば。
「―――上等だ、それでこそ俺の相棒だ」
ルトガーの言葉にディークは微笑った。それは自分が何よりも好きな、彼の太陽のような笑顔だった。
夢をもう二度と見たくないから。だからその手で。
その手で、この身体を清めて。綺麗にしてくれ。
悪夢よりももっと。もっと大切な想いで、俺を。
俺を埋めてくれ。お前のその手で、その腕で。全てを。
――――おれのぜんぶを、おまえだけのものにしてくれ……
触れ合う肌は、ひどく熱かった。互いの身体は火照り、求め合っている事が肌からこうして感じられるのが嬉しかった。
「…あっ……」
あれほど切望していた大きな手が、ルトガーの胸に触れる。それは予想以上に彼の性感帯を刺激した。触れられるだけで胸が痛い程に張り詰める。
「…あぁっ…ん…ディーク……」
あの時はただ乱暴に胸を嬲られるだけだった。ただイカされる為だけに。そこに優しさも想いも何もない。けれども今は。今はこうして。
「―――ルトガー……」
こうして伝わる想いが、行為よりもその想いが。この身体を熱くした。この身体を溺れさせる。注がれた、この想いが。
何度も指が胸を弄り、空いた方の突起を口に含まれる。そのざらついた舌の感触に、ルトガーの睫毛が切なげに震えた。
「…あっ…はぁっ…ん…あ……」
そのまま背中に廻した手に力を込めて、刺激を求めて無意識に胸を突き出す。そんな仕草をひどく愛しいもののようにディークは見つめ、答えるために指と舌の動きを激しくした。
「…あぁっ…ディーク…ディーク……」
刺激を与えるたびに腰が揺れる。重なり合った下腹部が、擦れ合う。それは互いに既に立ち上がり、どくどくと脈を打っていた。ソレを擦り合わせながら、ディークは何度も何度も胸への愛撫を重ねた。
「…はぁっ……あっ!」
唾液が滴るほど胸を弄り、ディークはそこから指と唇を離した。そしてそのまま熱く脈を打つルトガー自身に指を這わした。
「あぁっ…あぁんっ……」
大きな、手だった。すっぽりと自分を包み込む大きな手。その手に嬲られて、直にルトガーは限界を迎えた。さっきまで自分で弄っていたせいでソレもひどく敏感になってる。その上にあれだけ望んでいた手が与えられれば、もうルトガーには…。
「―――ああんっ!!」
耐える事は出来なかった。先端を強く扱かれ、ルトガーは今日二度目の射精をした。
「…くふっ……」
自らの精液で濡れた指が、ルトガーの中には入ってくる。その生々しい感触に、ルトガーの身体がぴくんっと跳ねた。
「キツイか?」
狭い入り口に埋め込まれる指にディークは心配げに聴いてきた。その言葉にルトガーは首を横に振る。例えキツくても痛くても、今は。今はこの指が欲しかった。男達の精液が流しこまれ穢れているソコを、その指で清めてほしかったから。
「…くぅんっ…はっ……」
媚肉に精液を擦り付けながら、ディークは中を掻き乱した。くちゅくちゅと濡れた音が室内に響き渡る。それが互いの性欲を煽った。
「…はぁっ…あ……」
痛みはなかった。痛みよりも違うものがルトガーを支配している。そう埋めこまれた指が彼だという事。その事実のみがルトガーを満たした。満たして、そして溺れさせた。
あの時の男達の指じゃない。自分を犯した奴らの指じゃない。自分が何よりも望んでいた指だから。
「…あっ…ぁぁ…ディーク……」
無意識に腰を振り、指の動きを追った。広げられる媚肉の感触に睫毛を震わせながら。感じたかったから。どんな感触も、全て。全て彼が与えてくれるものならば。
「――――ルトガー……」
指の引き抜かれる感触がリアルに身体に伝わる。それすらも感じた。離れた指の淋しさを埋めるようにルトガーはきつくディークに抱き付く。
「…ディーク…もう……」
「ああ、俺も。俺も我慢出来ねー…お前が欲しい……」
真剣な瞳が自分を見下ろし、自分だけを見つめている。この瞬間をルトガーは一生忘れないとそう思った。
俺の中にある闇。ずっと俺に埋め込まれていた闇。
けれどもこうして、今お前が。お前が俺の闇を浄化してくれる。
お前が持っていてる強い光が、俺の闇を。俺の、傷を。
お前の優しさだけが、お前の強さだけが、俺を癒し救う。
――――死ぬ為に俺は戦っていた。戦場ではただ死ぬ為に。でも今は生きる為に戦いたい。
お前と生きたい。お前とともにいたい。
お前の背中を護りたい。ともに、戦いたい。
俺は生きてゆきたい。俺は、生きたい。
お前と生きて、そしてお前を見てゆきたい。
…だからずっと。ずっと一緒に。一緒に俺といてくれ……
脚を曲げられそのまま腰を引き寄せられる。ルトガーの中にディークの楔が埋められてゆく。ずぶずぶと濡れた音を立てながら。
「くっ―――あああっ!!」
挿入した途端に引き裂かれる痛みが身体を襲ったが、それはすぐに別のものへと摩り替わっていった。すぐに、快楽へと。
「…あっ…あぁぁっ…はぁっ!」
硬い楔が媚肉を引き裂き、奥へと侵入してゆく。擦れあう肉の感触が、蕩けるほどに熱かった。熱くて、そして内側から溶けそうで。
「ルトガー…お前の中…熱い、な……」
耳元に囁かれた言葉にルトガーの中がきつく締まる。肌も朱に染まり、感じているのを…伝えていた。
「…そんな事…言う…なっ…あああっ……」
ぐいっと腰を掴まれ上下に揺さぶられる。抜き差しを繰り返すたびに楔は硬く熱くなり、ルトガーを悩ませた。そして激しく、感じさせた。
「本当の事だ…熱くてキツくて…このまま溺れそーだ……」
「…馬鹿…何言って……」
「―――お前に、溺れそうだ……」
「ああああっ!!」
限界まで貫かれ、中にどくどくと精液が注がれる。それを受け止めながら、ルトガーも自身の腹の上に欲望を吐き出した。
お前の長い髪を、撫でて。柔らかい漆黒の髪を。
その髪を飽きる事無く、撫でて。そして口付けた。
触れるだけのキスを繰り返して、想いを。
この溢れてくる想いを、伝えるために。お前だけに。
―――――お前だけを…俺は…愛しているのだと………
「…ディーク……」
俺を見上げる瞳。漆黒の瞳。
「―――どーした?」
それが闇に埋もれないように。
「…ディーク…俺の……」
光ある場所へと辿り着けるように。
「…俺だけの……」
ともに行けたならば。一緒に、行けたならば。
「…俺だけの…ものだ……」
ぎゅっと抱き付くルトガーにディークは苦笑した。こんな子供のような彼を見たのは、自分は初めてだったから。だからひどく。ひどく可笑しくて、そして愛しくて。
「ああ、俺はおめーだけのモンだ。安心しろ」
だからきつく。きつくその身体を抱き返して、答えた。想いに、言葉に…答えた。
未来が今、ここに。ここにある。
ふたりで生きてゆく、未来が。ふたりで。
ふたりで生きてゆける未来が。
何もない俺に、全てを失った俺に。
闇だけしか見れずに、復讐しかなかった俺に。
そんな俺に与えてくれた、未来。暖かい未来。
お前が、お前だけが俺に。俺に、くれたから。
だから俺は前を見つめる事が出来る。だから俺は、生きたいと心から思える。
これから先どんな事があっても、お前がいれば。
お前がいてくれれば、俺は乗り越えられる。
失ったものは返ってこないけど。なくしたものは戻らないけど。
けれどもこうしてお前と新たに作る事は出来るから。
もう一度最初から、ふたりではじめる事は…出来るから。
だから一緒に。一緒に生きて行こう。ふたりで未来を、掴もう。
「…だからずっと…俺はお前と…ともにいる………」