Tow−Nine



剥き出しになった喉元に咬みついて、そのまま喰らい尽くしたい衝動に襲われる。そのまま全てを、食らい尽してしまいたいと。


見上げた先にある深い藍色の瞳を見つめれば、そこにあるのは獲物を狙う肉食獣のような双眸で。その瞳に一瞬だけ怯みそうになりながらも、もう一度見上げれば次の瞬間には口の端を上げてひとつ微笑っていた。
「…僕はお腹が空いたって言っただけなのに…どうしてこんな事になっているの?……」
その笑みに安堵したのか次の瞬間にはソールの口からは大きなため息と共に、自らに伸しかかる相手に対してやっと苦情めいた言葉が出てきた。
「どうしてって、俺が肉を食いたいと思ったからだ」
「だからってどうしてこうなるのっ?!」
「そしてお前が、腹が減ったと言ったからだ。だからたっぷりと食わせてやろうと思っただけだ」
「意味が違うっ!」
何の悪びれもせず言ってのける相手に呆れながらも、その意味に気付いてソールは耳まで真っ赤になってしまう。そんな様子をパリスは自分の都合のよいように解釈をしてそのままその唇を奪った。
「―――っなっ!」
貪るような口づけに、ソールは一瞬意識を飲まれる。それを必死でこらえて唇を離せば、そこにあるのは一匹の綺麗で淫らな生き物だった。恐ろしく怖く魅惑的な。
「どうだ、巧いだろう?試してみたくないか?」
ぺろりと濡れた唇を舌でひとつ舐め取ると、淫らとすら思える笑みを浮かべる。その笑みに無意識にソールは唾を飲み込んだ。その様子に気付いて、パリスはまたひとつ、微笑う。
「た、試してって…」
「細かい事はいいんだ。言葉通りだ、ほら」
もう一度覆い被さるように唇を奪われれば、重なった顎から無精ひげがあたった。そのチクリとした感触にどうしようもなくソールの背筋はぞくぞくとした。ぞくりと、する。
「―――巧いぞ、俺は。たっぷりと味あわせてやる」
唇が解放されたと思ったら今度は耳たぶを柔らかく噛まれる。そこから忍び込む低い声が、ソールの体内に忍び込んでじわりと内部を満たしてゆく。
「…パリス……」
囁かれる声に瞼を震わせれば、それが合図とでも言うように大きなパリスの手のひらがソールの股間に滑ってゆく。それは微かに形を変化させていた。その様子にまたひとつ口の端を上げて微笑うと、触れるか触れないかのもどかしい刺激をソコに与える。
「…もう…こんなになったのは…君のせいだからね、責任とってよね……」
その刺激に耐え切れずにソールは身体を捩らせながら、恨めしげに相手を見上げた。その先に予想通りの笑みを見つけて少しだけ悔しいと思いながら。
「任せろ、後悔はさせない」
「―――っあっ!」
けれどもそのほんの少しの悔しさも、与えられた刺激のせいで何処かへと吹き飛んでしまう。恨み事を言おうとした唇も一瞬で甘い喘ぎにすり替えられてしまう。
「…やっ…あっ…ぁんっ……」
「イイ声だ。気持ちいいのか?」
疑問形で尋ねながらも否定する事を許さない口ぶりだった。いや、言葉すら紡げない程の快楽をその指先は与えてくる。思考も言葉も奪う刺激を。
「…違っ…あぁっ…んっ……」
それでも口先だけの否定の言葉を告げようとしても、それ以上の刺激がソールを襲う。布越しに触れていた指先がズボンの中に忍び込み、そのまま直に硬くなり始めたソレを弄ぶ。
「違わないな。コッチは正直だ」
「…だめっ…あぁん…っやぁ…ぁんっ……」
柔らかい深緑色の髪が揺れる。そこから細かい雫が散らばって、ひとつパリスの頬に跳んだ。それを指の腹で掬いあげるとそのままぺろりとひとつ、舐め取った。
「―――悪くないな、いやむしろ」
一端手の動きが止まって焦れたソールが瞼を開けば、そこにはけぶるように匂い立つ雄の笑みがあった。思わず呑み込まれてしまう程の、雄の薫りのする笑みが。
「…パリ…ス……」
「俺好みの反応だ」
囁かれる、声。身体を滑る、指先。匂い立つ、笑み。その全てに呑み込まれてもいいと思った。――――今この瞬間、そう思った。


思えば何処かにそんな予感があったのかもしれない。思えば心の何処かに、そんな思いがあったのかもしれない。今となっては確かめる事すら無意味なのかもしれないけれど。
『お前とはここでよく逢うな』
絶対的な強さというものを目の当たりにして、自分の平凡さが浮き彫りになった。だからこそ少しでも近付きたくて、その動きを見つめていた。一挙手一投足、目を離すことなく。宇すればその強さの秘密を知る事が出来るのかもしれないと思って。少しでも近づけるのかと思って。少しでも、近付きたいと思って。
『ごめん、邪魔なら…僕は…』
気付けば何時もその動作を追い駆けていた。無駄のない動きとしなやかな獣のような動作に目を奪われていた。瞳を、盗まれた。
『いや、構わない。ただ真剣に稽古しているから危険だ。見ているなら少し、離れていろ』
『…分かった、そうするね……』
そう言いながらも、もっとと思った。もっと近くで見ていたいと。もっと近くに行きたいと。もっと、そばにいたいと。


―――――もっと、君のそばにいきたいと…もっとそばにいたいと……


潤んだ瞳で見上げてくるその姿に満足してパリスはその喉元に噛みついた。ちくりとした痛みが一瞬ソールを襲ったが、それはすぐに眩暈がするほどの快楽へと摩り替ってゆく。
「…あぁっ…ソコはっ……」
股間を弄っていた指先がいつの間にか背後に廻り、そのまま双丘の狭間に忍び込んでゆく。埋め込まれる指先の違和感に首を振って否定するが、それすらも何時しか快感へと摩り替ってゆく。蕩けるような快感に。
「…ソコは…ぁっ…はっ…くぅんっ……」
「指だけじゃ物足りないか?」
抜き差しを繰り返す指先に何時しか無意識にソールは腰を振っていた。そんな様子にパリスは薄く目を開いてひとつ、微笑う。
「…違っ…そんなっ……」
「お前は貪欲だな。まあいい。欲しいんだろ?たっぷりと味わいな、ほら」
「―――っ!」
ずぷり、と指が引き抜かれる。それと入れ違いに指とは比べ物にならない巨きくて硬いモノがソールの入り口に当たる。その巨きさに怯えながらも、ぞくぞくとした。ぞくりと、する。――――コレが自分の中に挿いる瞬間を、思い描いて。そして。
「腹いっぱい、味わいな」
「――――っ!!!ひぁっ!!ああああああっ!!!」
そして、埋め込まれてゆく。貪欲にひくひくと蠢き求めるソールの入り口を貫き、奥へ、奥へ、と。



気付けば、何時も視界にその姿があった。穏やかな笑みを浮かべながら、俺を見ているその姿が。何時しかその姿がない瞬間が物足りないと思うようになっていた。その視線が自分に向けられない瞬間が、気に入らないと思うようになっていた。そして何時しか。何時しか、その視線を自分だけのものにしたいと思っていた。


―――――その喉に噛みついて消えない痕を残したいと思った。俺だけのものだという証を刻みたいと思った。


背中に廻る指先の力が強くなる。爪先が白くなるまで、きつく。きつく、抱きしめられる。
「…あああっ…ああああっ!」
繋がった個所から濡れた音と、生臭い匂いがする。それが紅い血だと気付いても、貫く事を止められなかった。止められ、ない。
「…パリスっ…パリスっ…あああっ……」
深く貫けば貫くほどに呼ばれる名前に。背中を掻き毟る爪先に。きっとそこからは貫いた個所と同じような鮮血が流れているだろう。それども止められない。止められ、ない。
「―――出すぞ、ソール」
「!!!!ああああああああっ!!!!!」
混じり合う紅と白と。生臭い血の匂いとすえた精液の匂いが。ぐちゃぐちゃに混じり合って、そして。そして何もかも呑み込まれていった……。


「お前は美味いな、どんな肉よりも―――お前は極上だ」


途切れる意識の狭間で囁かれる言葉に重たい瞼を開ければ、そこにあるのはひどく優しい笑みだった。その笑みに満たされるようにソールは瞼を閉じる。無意識に呟いた一言とともに。


―――――そばにいけた…と、…その一言、ともに………