All I Do



――――手を伸ばして、触れる。お前に、触れる。ただそれだけの事なのに……


漆黒の髪に指を絡めれば、見た目よりもずっと柔らかくて。その感触に始めは戸惑い、けれども気づけばそれが何よりも自分の指先に馴染むになっていた。不思議なほどに、その感触が自分にとっての当たり前になっていた。
「――――お前の髪、もっとゴアゴアしていると思ったんだけどなー」
「何だ、それは」
予想通りの声のトーンに何故かひどく安堵感を覚えた。無関心なようで呆れているようで、けれども少しだけ隠し切れない不機嫌さを交えたその声に。
「手入れとか、そんなこと全然してなさそうな無造作な髪―――そう思っていた」
「お前にだけは言われたくない」
今度は誰が聞いても分かるくらいに憮然とした声になった。それが可笑しくて口許に笑みを浮かべれば、そのまま。そのまま、唇を塞がれた。
「……って…お前随分と俺の扱いが…巧くなったな……」
触れるだけの掠め取るようなキス。それが物足りなくて唇で追いかければ、仕返しとでもいうように唇が離される。それが悔しくて恨めし気に睨みつければ、お前はひとつ微笑って。
「お前がそうやって俺を仕込んだのだろう?」
微笑って告げる言葉は、被害者ぶった加害者だった。何処までも俺好みの台詞だった。俺がどうしようもなく好きな笑みとともに告げる言葉は。
「仕込んだって酷い言い方だぜ、俺はただ」
「ただ?」
俺を見下ろすその瞳も、眩暈すら覚える雄の笑みも、背中を撫でる節くれだった指の感触も。その全てが。
「俺好みの男に育てただけだ」
その全て俺が欲しがったもの。欲しくて、どうしようもなく欲しくて、ねだったもの。お前からねだった、もの。
「余計悪い」
「そうか?そんな違いはないだろ?」
「大いに違う。それではまるで俺が子供みたいだ」
「バーカ、子供だったら」
子供のようにお前を欲しがったのは俺。駄々をこねる子供のようにお前の全部を願ったのは俺。だから。
「子供だったらこんなキスは、しないだろう?」
だから本当は、ずっと。ずっと俺のほうが加害者だ。俺に惚れられたお前が被害者だ。


触れて離れるだけのキスではもう追いつかない。だから舌を絡めあう。深く、深く、絡めあう。互いの全てを貪るように吐息すら奪うように激しく唇を重ねる。それは決して『子供』では出来ないキスだから。
「…ああ、なんで俺こんなに……」
吐息交じりに告げる言葉は全てが真実で。そこに落とされる言葉は剥き出しのまま、本能のまま声として零れてくるものだから。零れ落ちてくるものだから。
「…こんなにお前…好きなんだろう……」
離したくないから髪に指を絡める。その感触が俺にとっての日常になるように何度も何度も。この感触があることが当たり前になるように。
「―――そんな事俺は知らん」
「…冷たいなーでも、それでも……」
それでも俺は知っている。お前の指先が俺の印に触れる瞬間の優しさを。ふとした時に見せるお前の瞳の奥の炎を。無表情で言葉少なで、けれども本当は誰よりも不器用で照れ屋なお前を。
「それでもいいや。俺が惚れたんだから」
胸に顔を埋めればそっと髪を撫でてくれる指先が。背中を抱きしめてくれる腕が。髪先にひとつキスを落としてくれる唇が。その全てが、俺は好きだから。
「あーもう好きだぜ、ロンクー」
堪らなくなって見上げれば微かに頬を赤らめて俺を見下ろすお前が。そんなお前が俺はどうしようもなく好きだ。馬鹿みたいに大好きだ。



――――あまりにも屈託なくお前が好きだと告げるから俺は何を言えば分からなかった。


分からなかったから、抱きしめた。抱きしめて髪を撫でた。そうすればお前は猫のように俺の胸に顔を埋めながらすり寄ってくる。それはひどく。ひどく嬉しいもので。
「…全く…お前はどうしてそう……」
けれどもどう反応すればいいのか分からなくて、気付けば自分でも情けなくなるほどに頬に熱が灯っていた。
「どうしてそんなに可愛いのか?とか、言ってくれると嬉しいんだけどなー」
「…言ってほしいのか?俺に……」
「いえ、嘘です。冗談です。そんな事言われなくても俺には」
無表情を装ってもお前には見透かされているだろう。耳まで熱が灯っている俺を。お前には全部、見透かされているのだろう。
「俺にはちゃんと分かるから、お前の気持ちなんて」
ああ、やっぱり。やっぱりお前には全部見透かされている。俺の気持ちも、俺の想いも。何もかもがお前の手のひらの中で踊らされている俺を。
「なら今俺が何を望んでいるか分かるか?」
でもそれでいい。それがいい。お前がそうやって俺を望むのならば、その全てに答えてやりたい。お前が望むもの全てを。
「――――分かるさ、お前が欲しいものは……」


「……砂糖菓子よりも甘い、俺…なーんて、な……」


お前に触れるだけで、そっと触れるだけで本当は。本当はずっとこころが震えていた。ずと、震えていた。本当はきっと。きっと俺のほうがお前の事をもっとずっと――――好き、だ。
「…ああ…その通りだ…ガイア……」
「えっ?!お前がそんなこと言うなんて…俺超嬉しいかも」
俺よりもきっとお前はもっと色々な醜いものを見てきたのだろう。俺よりもずっと深い闇にいたのだろう。それでもお前といると暖かい。誰よりもお前とともにいる時間が。
「嬉しいから、もっと言ってくれよ」
それは傷のなめ合いじゃない、隙間を埋める行為でもない。それはふたりで作り上げたもの。築き上げたもの。積み上げてきたもの。
「―――ああ、分かった…言ってやる…俺は……」
ふたりで確かに積み上げてきたものだ。ひとつ、ひとつ、ふたりの手のひらで。だから、告げよう。だから、伝えよう――――


「…俺はお前を…愛している……」


ただひとつの想いを。ただひとつの言葉を。お前にだけに、伝えよう……