a LOVERY TONE



――――― 僕は知ってしまった。君が『いる』ということを。君が僕のとなりにいるということを。


何でだろう?どうしてだろう?どうしてこんな簡単なことが、僕は思い出せないのだろう。ほんの少し前の事だ。少し後ろを振り返ればいいだけのことだ。なのにどうして。どうして僕は、思い出せないの?

君の笑顔が、君のぬくもりが、君の匂いが、君の優しさが。

その全てが忘れさせるんだ。君のいなかった世界を。君が僕のそばにいなかった時間を。今まで作り上げてきた僕自身を――――その、全てを。


どうしたら君がずっと僕のそばにいてくれるのか、それだけを考えていた。ずっと、ずっと、考えていた。
「――――逃げないの?僕が、怖くないの?」
僕は今どんな顔をしているのだろう?いつものように人形のような平坦な笑みを浮かべているのだろうか?いつもの無機質な笑みを。それともひどく醜い顔をしているのだろうか?醜く歪んだみっともない塊のような。
「逃げません。ここで逃げたら、きっと……っ」
その言葉を最後まで聴くことが怖かったから、僕はそのまま噛みつくように唇を塞いだ。どうしていいのか分からなかったから、ただ夢中になって唇を奪った。奪ってそして。そして、願った――――僕から、逃げないで…と……。


もっと言葉が知りたかった。気持ちを伝える言葉を。けれども僕は十分な言葉を持っていなかった。だって誰も教えてはくれなかったんだ、気持ちを伝える言葉を。この気持ちの意味を。僕が知っているのは罵りの言葉と痛みだけで。だからそれ以外の言葉なんて知らなかった。それ以外の感情なんて知らなかった。
「…ヘンリー…さんっ…!んっ…んんっ……」
優しくしたいのに、大切にしていのに、どうして傷つけてしまうの?笑っていてほしいだけなのに、どうして僕は君を泣かせてしまうの?
強引に唇をこじ開け逃げ惑う舌を絡めとった。全ての息を奪おうとでもいうように、激しく口内を弄った。細い手首を握りしめ、逃げられないように動きを閉じ込めて。
「…ふぅ…んっ…はっ…やぁっ……」
角度を変えて口づけを繰り返す。そのたびにその濡れた唇から弱々しい抵抗の声が零れてくる。それが嫌だったから声を、言葉を、奪った。唇で、その全てを。
「僕が怖いよね、オリヴィエ。いつもへらへらと笑っているだけの男にこんな風にされて」
「―――あっ!やっ…あぁっ…ヘンリーさんっ……」
布の上から胸のふくらみを鷲掴みにした。柔らかい乳房は指に馴染み、その感触に身体の芯が熱くなる。その熱に溺れたくて、何度も何度も胸を揉んだ。その刺激に布越しからでも乳首がぷくりと立ち上がっているのが分かる。その突起をぎゅっと指で摘まんでやれば、細い悲鳴とともにぴくりと身体が跳ねた。
「…あぁっ…やぁ…んっ…だめぇっ…ヘンリー…さんっ…こんな…ああっ!」
直に触れたくて、その柔らかさに触れたくて、僕は衣服を引き裂いた。何も考えられない。もう何も、考えられない。ただ触れたい。君に、触れたい。君が欲しい。
「…ダメですっ…こんなっ…あぁっ…やぁっ…ぁぁぁ…っ…」
組み敷いた身体は微かに汗の匂いがした。その匂いに溺れた。溺れて、そして貪った。白い胸を揉み、胸の突起に貪りついた。唾液でべっとりと濡れるまで、何度も何度も。そのたびにびくびくと跳ねる君を逃がさないようにと、強く抱きしめた。


この想いを知らなければよかった。そうすれば僕はただの壊れた人形でいられた。そうすれば君を傷つけることも、苦しめることもなかったのに。僕がただの人形だったなら。
けれども内側に生まれてしまった想いは、僕の全てを飲み込んでいった。飲み込んで、そして。そしてただの狂った雄を作り出した。もっと醜い本能だけのバケモノを作り出し、こうして君を壊してゆく。大事な君を、大切な君を、僕が。僕が、壊してゆく。ぼくが。
「――――怖いよね、僕が…逃げたいよね、オリヴィエ」
逃げないで、そばにいて。ぼくのそばにいて。好きなんだ、好きなんだ、オリヴィエ。君がとなりにいない自分をもう僕は思い出せない。どうやって生きてきたのか、思い出せない。思い出せないんだ、どうしても。あんなに必死になって覚えた自分を守る術を。その全てを、僕は。僕は君と出逢って、君を知って、君を好きになって、全てを忘れてしまったんだ。
「…怖く…ないです……」
忘れてしまったんだ、全てを。だって知ってしまったんだ。君がとなりにいることを。君が僕に笑ってくれる時間を。君がそっと微笑ってくれる瞬間を。
「嘘だ…だって僕は君にこんな酷いことをしている…」
逃げないで、怖がらないで、僕を拒絶しないで。どんなことをしても、どんなになっても僕を嫌いにならないで。嫌いにならないで。
「…それでも私は……」
お願いだから、僕を。僕を受け入れて。醜くて歪んで、ぼろぼろの僕を。壊れて剥がれてばらばらになった僕を。
「嘘だ、嘘だ、嘘だっ!」
――――ぼくを、ゆるして。ぼくを、すてないで……ぼくを…あいして………



「…私はあなたが好きです…ヘンリーさん……」



震えながら私に触れる手が。怯えながら私の唇を塞ぐ感触が。嘘だと叫びながら泣くあなたが。どんなに酷く振る舞っても、どんなに醜い言葉を投げかけられても。あなたの瞳の奥にある哀しみを私は見つけたから。見つけることが、出来たから。
「…嘘だ…嘘だ…だって僕は…君に…こんなことを……」
掴んだ手を離してほしかった。だってあなたの背中に手を廻せないから。強引に塞いだ唇を離してほしかった。だってあなたに好きだと伝えられないから。伝えたいから、この想いを。
「…好きです、ヘンリーさん…だから私はあなたから逃げません……」
手を伸ばして、あなたに触れる。頬から零れ落ちる涙を拭い、そのままそのぬくもりを確かめた。手のひらで確かめた。
「…逃げません…だからヘンリーさんも…逃げないで…ください……」
「……オリヴィエ?……」
「私から…逃げないでください…まっすぐに見て…あなたに恋をしている私を…ちゃんと……」
見てください。あなたが好きで、大好きでどうしようもない私を。私を見てください。ただの恋する女でしかない私を。
「…オリヴィエ……」
「…ちゃんと見て、くれましたか?……」
「―――うん、見た。君を、見た」
見つめあって、瞳を重ねあって。そして。そして、あなたが微笑った。作り物じゃない本当の笑顔を。本物の、笑顔を。




願いはただひとつ。ただ、ひとつ。君が僕のそばにいてくれること。君がとなりで微笑ってくれること。僕がずっと君の笑顔を見つめてゆけること。
それなのに僕は伝える言葉を知らずに想いがあふれ出し、どうしていいのか分からなくなった。分からなくなって、君が欲しいという本能だけがむき出しになって、止められなくなった。そして内側から生まれた想いは醜くゆがみ僕を飲み込み食らい尽くした。
「…触れて、ください…ヘンリーさん…私に……」
けれどもそんな僕を救うのも君なんだ。君だけが僕を壊して、そして僕を救う。君だけが、僕をこうして『ヒト』にしてくれる。
「…オリヴィエ……」
君の優しさが、君の愛が、僕を作る。僕という人間を作ってくれる。人形じゃない僕を。
「…好きです…ヘンリーさん……」
「…僕も…僕も君が…好きだ…大好きなんだ……」
君に、触れる。そっと、触れる。ほんのり汗ばむ肌は僕の指先にしっとりと馴染み、再び体の芯に熱を灯らせる。
「…んっ…んんっ…ふっ……」
身体を弄りながら唇を重ねた。重ねて舌を貪ればおずおずと君のソレが絡んでくる。答えるようにざらついた舌裏側を舐め、きつく根元を吸い上げた。
「…はぁっ…ぁぁっ…あっ…!」
唇を開放すれば二人を銀色の糸が結ぶ。それを指先で救い上げ、そのまま下半身へと滑らせた。茂みをかき分け、濡れぼそった指先が秘所に辿りつく。外陰を何度かなぞり、そのままずぷりと指を埋めた。
「…あぁっ…あっ…ん…っ…ぁぁっ……」
くちゅくちゅと濡れた音を立たせながら中を掻き回す。そのたびに濡れた唇からは甘い喘ぎが零れ、僕を滾らせた。君の甘い声が。
「…ヘンリー…さんっ…あっ!そこはっ…あぁぁっ…だめぇっ!!」
剝き出しになったクリトリスをぎゅっと摘まんでやれば、その刺激に耐え切れずにびくんびくんっ!と身体が跳ねる。その姿に欲情しながら、何度も何度もソコを弄ってやった。
「…やぁんっ…だめっ…だめぇっ…イッちゃうっ!……」
「―――イッちゃう?僕もイキたい…君の中で……」
耳元に息を吹きかけるように囁けば、君はこくりと頷いた。その姿を瞼の裏に焼き付けて、僕はゆっくりと君の中へと入っていった。


「――――ひぁっ…あああああっ!!!!」


引き裂かれるような音ととともに僕の凶器が君の中へと挿ってゆく。初めて異物を受け入れたソコは耐え切れずに悲鳴を上げ、血の涙を流した。
「大丈夫?オリヴィエ…大丈夫?」
苦痛にゆがむ表情に耐え切れずに君の髪を撫で、一旦動きを止める。けれどもそんな僕にきつくしがみつき、君は行為を促した。
「…へいき…ですっ…だから…だからやめない…でっ……」
「――――分かった、やめないよ。僕も止められない」
僕の言葉にうっすらと瞳を開いて、君は微笑った。その顔が綺麗で、とても綺麗で僕は。僕は―――どうしようもなく、泣きたくなった……
「…やめない…好きだよ…好きだよ…オリヴィエ……」
「…私もです…私も…ヘンリーさん…っ…あああああっ!!!」
動かした。君の細い腰を掴んで、本能のまま。本能のまま君を貫いた。好きだと、大好きだと、愛していると、何度も心で告げながら。何度も声に出しながら。ああ、そうか。そうか、こうやって。こうやって君に告げればよかったんだ。想いを伝えればよかったんだ。

――――難しい言葉なんていらない。たくさんの言葉なんていらない。ただ好きだと告げればよかったんだ……

繋がって、ひとつになって、鼓動と吐息を重ねあって。指を、舌を、絡めあって。そして。そし、て。
「――――オリヴィエ…出すよ…いい?」
「…だして…ください…わたしのなかに…だし…あああああっ!!!!」
注がれる熱さに、その激しさに、その想いに、溺れた……


君がとなりにいるということ。君がここにいるということ。そして君がそばにいるという未来。それは僕が初めて描いた夢だった。初めて願った未来だった。
「…ずっと…一緒に…君と一緒にいたい……」
「…はい…ずっと…ずっと一緒に……」
きみといる時間。きみとともにいる世界。君がいるということ。それは僕が知ったただひとつの未来だった。ただひとつの希望だった。