唇から零れる言葉の先に、一体何を見出すのだろうか?
好きだからそばにいたかった筈なのに。
好きだから一緒にいたかった筈なのに。
微妙に少しづつ、何かがずれてゆく。
―――少しづつ、ずれてゆくのはどうして?
「こうして俺達が抱き合うのは、惰性なのか?」
何時から愛していると言葉にしなくなったのか。何時から言葉を告げなくなったのか?
「お前は俺に何も言わない。もう身体だけしか用がないのか?」
今にも泣きそうな顔で俺を見つめてくる瞳。その顔を見る事が俺にとっての自虐的な悦び。内面を抉るほどの悦び。傷を抉られながらも、満たされるこの…悦び。
「…カイン……」
愛しているよ、言葉にしなくても。言葉にしなくても、ずっと俺は君を。でも君は言葉にしないから。俺ばかりが告げているから。だから。だから、言わない。
―――愛していると、言わない……
君の口から、聴きたいから。
君から、伝えて欲しいから。
その声から、その言葉から。
俺は聴きたいんだ。君だけから。
他の誰の言葉も必要しない。君だけでいい。
君だけが俺を見てくれて、君だけが俺を思ってくれるなら。
他の何も俺には必要のないモノだから。
「…アベル…俺は…」
「何?」
「…俺は……」
言葉にしてくれ。好きだと告げてくれ。
そうでないと俺はこのどうしようもない独占欲に全てを奪われて壊れてしまう。
―――内側から浸透する狂気に、全てを破壊されてしまう…
…その前に好きだと…言ってくれ……
「…俺は…アベル…」
泣きそうな、けれども強がっている瞳。その気の強さが好きだ。真っ直ぐ前だけを見ている瞳が好きだ。何時もどす黒い欲望に満たされている俺とは違う。どんなに俺がこの身体を抱いても、君は決して穢れはしない。何時も何時も光の中にいる。
「泣きそうな目、している」
手を伸ばしてその頬に触れた。柔らかい頬。艶やかな頬。それをゆっくりと撫でながら、見つめた。君の視線は何時も真っ直ぐで決して反らされる事はない。こんな時ですら、俺だけをちゃんと見つめている。その瞳が何よりも嬉しくて、何よりも苦しい。
君の瞳は何時も真っ直ぐに人を捕らえる。――――俺にも。そして俺以外にも。
「な、泣きそうなんかじゃないよっ!」
「そうか?ならいい。こいよ、抱いてやるから」
「………」
俺の言葉にお前は何時ものように身体を預けなかった。固まったまま俺の前に突っ立っている。好きだと言わない俺に抱かれたくはないんだろう。
「拗ねるなよ、何が不満なんだ?」
「…お前が…何も…言わないから……」
「言って欲しいのか?だったら」
「―――だったら君も言えよ……」
言ってくれ。好きだと一言言ってくれ。
それだけで俺は。俺はこの内側から染み出す欲望に耐えられるから。
この身を焦がすほどの欲望に、俺は。
俺は全てを投げ出したなら…君を殺してしまうかもしれないから。
「…アベル……」
「言ってくれ…君から…そうしたら…」
「…アベ…ル……」
「…そうしたら俺は……」
ああ、手をかけたい。
このままその細い首に手をかけたい。
そしてきつく握り締め。
握り締めて、息を止めて。
俺だけのものにしたい。
―――俺だけの…ものに………
手を、伸ばした。
君の細い首に手をかけようと。
そっと手を伸ばした。
今俺はどんな顔をしている?
今俺はどんな顔をしているのか?
狂った男の顔か?残虐な暗殺者の顔か?
それとも。それとも…憐れな男の顔か?
「…アベル…好き…だ……」
伸ばした手に君の手が触れる。
そしてそのままその手を包み込むと、そっとほほにあてた。
暖かい、手。優しい、手。君の、手。
「…カイン……」
「…好きだ…好きだよ…」
「……俺…も……」
「…うん……」
「…好きだ…カイン……」
「…愛している……」
指を絡めたまま、キスをした。触れるだけのキスなのに。それなのにどうして?どうしてこんなにも瞼を震えさせるのか?
「…言葉…足りないのか?…俺のほうが…」
真っ直ぐな視線が俺を貫く。お前のその真っ直ぐさが何よりも俺を傷つけ、そして何よりも俺を捕らえるんだ。
「いやカイン…違う…俺は一言でよかった……」
繋がった手をそのまま引き寄せ、抱きしめた。暖かい身体。ひだまりの匂いのする身体。大切なひと。
「…君の口からその一言が…聴けたらそれで…」
「……うん…ごめんな……」
「………」
「…ごめんな…それすらも気付かなくて…でも……」
「好きだ、アベル」
もう一度見つめあって、そしてキスをした。
それが全ての言葉の零れた先だから。
唇から零れた先の、ただひとつの答えだから。
―――この気持ちが答え、だから。
俺を壊すのも君ならば、俺を救うのも君なんだ。
腕の中の君がひとつ、微笑う。
その顔を瞼の裏に焼き付けて。
そして君の全てを手に入れる。
―――内側から浸透する暖かいものに身を委ねながら……