忠誠のキス



――――何処までが真実で、何処までが嘘なのか。境界線が見えなくて、その瞳の奥を探ってみた。けれども。げれども…答えは見えなかった……。


多分この行為に深い意味などなくて、隙間を埋めるだけの行為ならば良かったのに。それだけならば、何も。何も考える事はなかった。ただ快楽だけを貪り溺れればいい。それだけで、いい。
「―――マルス様…もう…っ……」
欲望にはきりがなくて。何度も繋がっても、果てる事はなくて。重ね合い絡み合い、貪り合って熱を分け合う。ただそれの繰り返し。そこに未来はなく、ただこの刹那があるだけだった。
「まだだよ、マリク。まだ…離さない……」
もうどれだけこの体内に欲望が注がれただろうか?もうどれだけこの行為が続いているのだろうか?時間という感覚がなくなって、下半身の感覚すら曖昧になって、与えられる熱を追う以外には。
「…もうこれが…最期かも…しれないから……」
ぽたりと頬に零れる雫は髪から滴る汗なのか、それとももっと違うものなのか―――確認したくて瞼を開こうとしても突き上げてくる快感がそれを許してくれない。ただ。ただ唇から悲鳴のような声を上げる以外には。
「…好きだよ、マリク…君だけが好きだよ……」
繰り返される言葉に溺れ、意識と思考が溶けてゆく。何も考えられなくなって、後はもう擦れる媚肉の感触と、全身に広がる熱に壊れてゆくしか出来なかった。


きっとこんな日が来る事は、分かっていた。こんな事が許される筈がない事も、分かっていた。それでも。それでも止める事が出来なくて。それでも離れる事が出来なくて。それでも、離さなくてはいけなくて。
『―――マルス様…僕はカダインに帰ります』
子供の頃の好奇心と思い出だけで全てを終わらせられたならば良かったのに。そうすれば誰も傷つくことなく胸の奥に閉じ込めるだけで良かったのに。それなのに。
『…もう貴方のそばには…いられません……』
それなのに唇を重ねてしまった。それなのに指を絡めてしまった。それなのに、愛を確かめ合ってしまった。
『…貴方に綺麗な未来を…暖かなしあわせを……』
僕はずっと貴方のものだけど、貴方は皆のものだから。この世界のものだから。だから僕は貴方のそばにはもういられない。


――――望むものはただ一つ。ただひとつ、貴方のしあわせ。それだけだった。


足許から伝う精液がシーツを濡らしても、行為は終わる事はなかった。濡れぽそった秘孔に何度も何度も楔が捻じ込まれる。
「…ああっ…マルス…さまっ…あぁぁっ!!」
下半身は痺れ感覚がなかった。それでもこうして打ち付けられるたびに、その個所だけがまるで別の生き物のように焼けるように熱かった。
「…マリク…マリクっ……」
背後から覆いかぶさるように貫かれ、何度も何度も抜き差しを繰り返される。シーツを握りしめている手を、上から掴まれながら。
「…もうっ…僕は…もぉっ…壊れっ…あああっ!!」
「―――壊れればいい…そうしたら…ずっと僕だけのものだ…ずっと……」
また、熱い液体が体内に注がれる。それを感じながら果てる自分は、どうしようもなく淫乱な生き物だ。理性では分かっていても、それでもこうして求められれば身体が悦んでしまう自分は。こうして貴方に求められて―――悦ぶ自分は……。
「…マリク…好きだ…好きだ……」
時が止まってしまったらいいのにと、叶わない夢を願った。今この瞬間の中に閉じ込められてしまえたらと。叶わない願いを、祈った。


夢と現実と、その全てが混じり合って絡み合う。境界線が何処だか分からなくなって、貴方の熱以外のものが世界から消えた瞬間。その瞬間になって僕の身体は解放された。


お互いに分かっていた。哀しいくらいに、苦しいくらいに。
「…この夜が明けたら……」
この恋に未来はなくて。この愛に永遠はなくて。けれども。
「…僕たちは主君と家来だ……」
けれどもこの想いに終わりはなくて。何処にも、なくて。
「…僕は…アリティアの王子で…君はカダインの魔道士だ……」
永遠もなくて、未来もなくて、けれども終わりがない想いは。
「…それでもマリク…僕は君が好きだ……」
一体何処にゆくのだろう?何処に辿りつくのだろう?


――――それでも好きで。貴方が好きで。貴方だけが好きで。


痺れる指先を伸ばし貴方の指先に触れる。そのままどちらともなく絡め合って、睫毛を重ねた。窓から差し込む朝日を瞼の裏に焼き付け、唇を重ねた。それは愛とも恋とも呼べなくなった――――忠誠のキス、だった。







お題提供サイト様 確かに恋だった