one more kiss・1



――――もう一度キスして、欲しかった。もう一度、抱きしめて欲しかった。


不意に瞼の裏に蘇る場面を必死になって振り切った。もう全ては終わった事で、非常時故の戯れだったんだと自分自身の心にケリをつける。そうしなければ前に進む事が出来ないから。心の時計を進める事は出来ないから。


それでも、どうしても。どうしても消せないものがある。消えないものがある。この身体奥深くに貫かれた楔が、どうやっても…消えない。


誰もいない訓練場は昼間の賑わいとは打って変って静寂に包まれていた。こんな夜中にこの場所に来る物好きな人間は自分くらいしかいない…自嘲気味に口許だけでカインは微笑うと、そのまま手にした剣で素振りを始める。こうする事で次第に頭は空っぽになって、訓練をするという事だけに神経が集中出来た。余計なことなど何も考えず、ただ。ただ、己を鍛える―――それだけに、なる。
「―――はあっ!!」
戦いに明け暮れた日々。理想と主君の為に戦い続けた日々。毎日が血と死体と戦いの日々だった。非日常的な毎日。それでも充実した日々だった。騎士として生きてゆくと決めたその時から、自分が進むべき道は決まっていた。この戦場こそが自分の生きるための場所だった。
「…まだまだだな、俺も…」
身体中から汗が滲み出るようになって、息が乱れるようになって、やっとカインはその場に剣を置いた。噴き出した汗を無造作に袖口で拭って、改めて訓練場内を見渡した。そこにあるのはただの静寂と、汗まみれになった自分自身だけだった。
「…ベル……」
無意識にぽつりと唇から零れた言葉にはっとする。けれども声として零れてしまった言葉はこの世界から消える事はない。どんなに否定しようとも、消える事はなくて。

――――消したくても、消えない。心の奥底に貫かれたただひとつの痛みが…ずっと。ずっと、消えない。

ただの戯れだったんだ。ただの好奇心だったんだ。何度そう思っても、どうしても違う感情が心の底から込み上げてくる。それを必死になって否定しようとすれば、身体の奥底に貫かれた楔が軋むように痛む。実際に自分を貫くものはもう何処にもないのに、それなのに。
「…俺は……」
きっかけは何だったのか、今でも何処か記憶は曖昧で。それでも身体を重ねた事実だけは消えなくて。非日常的な空間がそうさせたのか、戦いの日々の中で高ぶった身体を持て余したせいなのか、今となってはもう分からなかったけれど。それでも自分はあの戦いの日々の中でアベルに抱かれていた―――それだけは確かな事実だった。
「…畜生…何でっ……」
貫かれ意識が飛ばされる瞬間に、何時も囁かれていた言葉がある。それを思いだそうとしたら、胸の奥から湧き上がってくるものがあった。その正体に気付きたくなくて必死に首を振った。無駄な行為だと分かっていても。
「…何で…こんな時に…俺は……」
ただ身体を重ねただけならば、それだけで終わるはずだった。ただの現実逃避だと。それだけで終われる筈だったのに。

―――なのにどうして。どうして、その腕は優しいの?苦しくなるほどに…切ないの?

さよならという言葉を告げる事はなかった。だってふたりの間にあったのものはただの『肉欲』でしかない筈だから。そこに別の感情が生まれるはずはなかった。だって二人は相棒で、そしてライバルだったから。それ以上でもそれ以下でもない筈だった。それなのに。
「…何で…こんな……俺は……」
下半身に熱が灯るのが自分でも分かる。逃れるために首を横に振っても無駄だった。戦いの後のように高ぶった意識と噴き出る汗が、湧きは始めた劣情を止められなかった。
「…俺は…あっ……」
手が、伸びる。汗で張り付いた服へと。触れる前からぷくりと立ち上がった胸の果実へと。それと同時に熱を持ち始めた自分自身へと。一瞬ためらって、それでも止められなくなって指で触れれば、こめかみが痺れるような快楽が広がった。
「…あっ…はぁっ…あぁんっ……」
胸を弄る。あの頃にされたように、指の腹で転がした。それだけで零れる喘ぎを止められない。自身を擦るのを止められない。
「…あぁっ…ア…ベ……」
見かけよりもずっと繊細で巧みな指先が身体を滑ってゆく。その動きに乱された。何も考えられなくなるほどに。重ねられた唇は意識を溶かす程に甘く、髪を撫でる手のひらは瞼が震えるほどに優しい。初めて貫かれた時の痛みですら、すぐに快楽へとすり替わるほどに、与えられた愛撫は巧みで。その指先の動きに自分じゃないほどに乱れて、そして溺れた。何もかもが分からなくなるほどに。
「…アベ…っ…あぁっんっ……」
前だけの刺激では物足りなくて自然と双丘へと指が伸びてゆく。獣のような姿勢になって無意識に尻を突きあげそのまま。そのまま指を秘所へと伸ばした―――その時、だった。


「――――驚きましたよ…貴方のそんな姿を見られるなんて」
「―――っ!!」
背後から掛けられた声に飛びかけた意識が一気に戻される。咄嗟に姿勢を戻して上着を羽織ろうとしたら…その手を掴まれた。
「何も止める事はありませんよ…何なら私が手伝いましょうか?」
「…ロディ…っ!」
「だって貴方のココ、こんなになっていますよ」
背後から手を掴まれ、立ち上がる前に抱きかかえられてしまう。普段なら振り解ける筈の腕も、快楽のせいで痺れた意識と身体では叶わなかった。そのまま指先が自身に伸びてくると、そのまま大きな手のひらに包まれた。
「…止めっ…ロディっ……」
「この状態で止めたら、貴方が辛いでしょう?」
耳元に息を吹きかけられるように囁かれ、カインは睫毛を震わせるのを止められない。それでも逃れようと身体を捩ったら、自身を強く扱かれた。
「…あっ…ああっ!」
突然与えられた強い刺激にカインの背中が弓なりにのけ反る。その反応を確かめるようにロディの手の動きが激しくなる。どくどくと脈打つそれを激しく扱き、先端の割れ目の部分に指を這わせばそこからは先走りの雫が零れてきた。
「…駄目…だっ…こんなっ…あっ…あぁっ……」
「口では否定しても身体は正直ですよ。ほら、私の指先がこんなにも濡れている」
「…あっ……」
雫を絡め取った指先がカインの口許に伸びてくる。そのまま指先が口内へと忍び込んできた。舌の弾力を楽しむかのように蠢く指先に、カインの目尻からは生理的な涙が零れてきた。
「舐めないと貴方が辛いですよ…それとも既に貴方の身体はこんな事必要ないですか?」
「――――っ!!」
「図星ですか―――見かけによらずに…男好きなんですね」
「違っ…俺は…っ!」
「違わないでしょう?だって…」

「…だって…自慰の最中に男の名前を呼ぶなんて……」

その言葉の意味を理解する前に、意識が飛ばされる。自身を強く握られ、先端を擦られそのままイカされる。ドピュッと弾ける音ともに白い液体が鈴口から飛ばされロディの手のひらを汚した。


意識がぼやけてくる。白くぼやけてくる。欲望を吐き出した筈なのに、また直に自身が勃ち上がってくる。熱を吐き出した筈なのに、また。
「今出したばかりなのに、またですか?」
「あぁっ!」
震えながらも勃ち上がり始めたソレをロディの指がピンっと弾いた。その刺激すら敏感になった身体にはた堪らなかった。
「それとも指だけじゃ足りないのですか?」
「…あっ……」
抱えられていた腕が離れ、そのまま四つん這いの格好にさせられた。もう抵抗は出来なかった。放たれた熱が暴走し、抑える事が出来なくなっていた。
「指よりも…コレがいいんでしょう?」
髪を掴まれ、そのまま目の前にロディの剥き出しになったソレが突き出される。それは既に充分に硬く巨きくなっていた。まるで尖った凶器のように。無意識にごくり、と唾を飲み込んでしまう程に。
「貴方にはコレがイイんでしょう?」
「…あ…んっ…んぐっ!!」
髪を掴まれたまま剥き出しになったロディ自身が、口の中に突っ込まれる。それはみっしりと口の中に広がり、息が出来ないほどだった。
「舐めてください。貴方があの人にしたように…私のも舐めてください」
囁かれる声が違う。言葉が違う。匂いが違う。違う、この腕は、この手は、別のものだ。それでも。それでも…。
「…んっ…ふっ…んんっ…」
「そう…ですよ…そう…巧いですね…よっぽど仕込まれたのでしょうね…」
違う、あいつはこんな事を俺に強要しなかった…そう告げたかったけど塞がれた口では叶わなかった。叶わないから、言われた通りに舐めるしか…なくて……。
「…もう限界だ…出しますよ…」
「――――っ!!!」
どくんっ!と弾けた音とともに口中に生臭い液体が放たれる。どくどくと、白い液体が注がれる。それを吐き出す事は許されなかった。髪を掴まれ固定されたままで、何も出来なかった…。


その腕は驚くほどに暖かかった。巧みな愛撫はひどく優しかった。だから。だから、離れたくないと思った。離したくないと思った。身体を重ねて、伝わるものがあったから。伝わったものが…あったから。だから、離れたくなかった。


――――キスをして。もう一度、キスをして……


貫かれる痛みはなかった。淫らに蠢く媚肉は、いとも簡単にその肉棒を受け入れていた。抵抗すらもう無意味なものになって気付けば自分から腰を振っていた。
「…あああっ…ああああっ……」
「――――キツいですね、貴方の中は…挿れただけでイッてしまいそうですよ」
腰を掴まれ乱暴に揺すられる。それは自分が知っている動きとは違っていた。そう、違う。中にある楔の形も、囁かれる声も、汗の匂いも、全部全部、違う。
「…ああんっ…あぁぁっ…ああああっ!!」
違うんだ。この腕はあいつじゃないんだ。それでも。それでも、止められない。止められ、ない。暴走する熱を…止める術が分からない。
「出しますよ、貴方の中に―――『私』が……」
「―――っ!!あああああっ!!!!」
注がれる、精液が体内に。どくどくと、注がれる。あいつ以外のモノが俺の中に侵入してくる。あいつ以外のモノが俺の中に……。


――――…いしている…カイン……


腕の強さが違う、指先のカタチが違う、汗の匂いが違う。それでも。それでも…同じ事を言うんだな…同じ言葉を…俺に言うんだな……


意識のないその唇にそっとロディは口づけた。気付かれないように、そっとひとつ、キスをした。