君を手に入れる為ならば、俺はどんな罪でも犯そう。
どんな事でもしよう。君を、この腕に抱く為ならば。
「俺と結婚するか?」
共犯者だと分かっている君は、子供のような無邪気な顔でそして大人の瞳を俺に見せる。
「ええ、アベル。いいわよ」
君は俺を愛していると言った。俺の心が誰にあろうとも構わないと言った。ただ傍にいてくれればいいと。抱いてくれればいいと。
それならば君の望みを叶えよう。俺の共犯者として、共に堕ちてくれるというのならば。
「私と一緒になれば貴方は幸せになれるわ」
そうだね、エスト。君は賢い。君は頭がいい。俺の醜い欲望を知っていながら、いや知っているからこそ近づいた。
俺が真実欲しがっているモノが何か分かっていて。俺が手にいれたい唯一のモノを分かっていて。
――――エスト、そんな君が俺は大好きだよ。
「ふふ、アベル。私のアベル」
くすくすと無邪気に笑って、俺に口付けをねだる君。可愛くて、可愛くて仕方ないよ。君は俺の全てを受け入れてくれる。俺の全てを、ね。
だから俺も君を受けいれてるんだ。共犯者として……。
「アベルはね、私を愛してはいないの」
「…エスト……」
「でも姉さんではなく、私を選んだ。何故だか、分かる?」
「どうして私にそんな事を言うの?」
「だってパオラ姉さんはアベルの事好きなんでしょう?だったら彼の真実を教えてあげる」
「…真実って……」
「あの人はね、誰でもいいのよ。誰が相手でもよかったの。たったひとりの相手を振り向かせる為には、どんな女が隣にいても構わなかったの。だけど姉さんは選ばれないわ。どうしてだか、分かる」
「…エスト…何を……」
「だって姉さんの心は綺麗過ぎるもの。純粋に彼を愛しているもの。だから選ばないのよ。あの人が欲しいのは『共犯者』だけ。自分にとって都合のイイ女が欲しかっただけ」
「…そ、そんなのって…そんなので貴方はいいのっ?!」
「構わないわ。だって私はアベルを愛しているもの。彼の全てを愛しているもの。だからあの人を愛しているアベルですら…私は愛しているの…」
「そんなのって間違っているわっ!エストっ!!」
「姉さんには一生理解出来ないでしょうね。それでもいいの。それで構わないの。だって幸せだもの。私は今何よりも幸せなんだもの」
「あの人の妻になれて、幸せなんだもの」
欲しいのは、ただひとり。
手に入れたいのは、ただひとり。
君を手に入れる為ならば、俺はこの手を血に染めても構わない。
「カイン」
綺麗な、瞳。真っ直ぐ前だけを見ている瞳。その瞳に噛み付いて、そして。そして食らい尽くしてみたいという欲望。
「アベル、お前結婚するんだってな」
少しだけその瞳が翳るのを、俺はどうしようもない暗い喜びで満たされた。君の瞳が曇る事。それは俺がもたらしたものだから。
「ああ、祝福してくれるかい?」
「勿論だよ」
そう言いながらも、口許に浮かぶのはぎこちない笑み。その全てが俺を満たしてゆくのを君は気付いているのかい?
「…おめでとう…アベル……」
君のこころを揺さぶるのが俺だけならば。俺以外君の心を揺さぶらないのならば。それは。それはどうしようもない程の幸せ。
君の全ての感情を俺に向ける事が出来るのならば。
「―――カイン……」
手を伸ばして、君の髪に触れる。その途端、びくりと君の身体が震えた。それすらも、それすらも俺には愛しいんだ。
「その言葉は、こころから?」
一度だけ、君を抱いた。一度だけ、俺は。君が初めて人を殺した日。その恐怖で怯え切っている君に付けこんで、この腕の中に収めた。
でも君は忘れてくれと言った。あの時の事は忘れてくれと。
俺の腕には、君の熱が刻まれているのに。俺の指には、君の肌の感触が刻まれているのに。
それなのに、忘れろと言った君。
だから俺は許さない。そんな君を、許しはしない。
「勿論だよ、アベル」
だから俺はわざと触れなかった。何事もなかったように接した。そう接すれば接する程に君は、俺を意識するから。そうもっと俺だけのことを考えて。俺以外の事を考えないで。
「君がそう言うならば幸せになるよ」
「……アベル……」
「幸せに、なるよ」
その瞳が綺麗だ。哀しげな瞳が、何よりも綺麗だ。
一度だけ、抱いた夜。君をこの腕に抱いた夜。
震えながら、喘ぐ君の吐息を奪って。
俺の思い全てをその身体に注ぎ込んだ。
―――愛している、と。愛している、と。
言葉では一度も告げずに、その身体に刻み込んで。
その全てに思い知らせるかのように。
何度も、何度も、君の身体を貫いた。
愛している、君だけを。
君以外俺は愛せない。
だからどうしても。どうしても君を手に入れたくて。
君の全てを手に入れたいから。
その為ならば俺は。俺は悪魔にでもなろう。
何にでもなれるさ。君を手に入れる為ならば。
君の身体を。君の心を。君の魂を。
その君の全てを、奪う為ならば。
―――愛しているんだ、カイン……
お前の罪を、俺は気付いている。
気付いていながら俺は、逃げている。
怖い、怖いんだ。
お前はその全てで俺を支配しようとする。
その全てで俺を呪縛しようとする。
逃げられない。逃げられはしない。
お前の愛は俺の心臓を貫き、そして傷つける。
逃れられないほどの愛。逃れられない愛。
そして。そして、逃れたくない愛。
お前が自らを穢し堕ちると言うのならば。
俺はもっと堕ちている。
―――だって。
だって俺は逃げる振りをしながらお前をこころの何処かで待っているのだから。
分かっている。どうすればいいのかなんて。
どうすればお前は救われるのかなんて。
俺がその腕に堕ちればいいんだ。
お前の腕の中に堕ちてしまえたなら。
けれども俺はお前から逃げる。逃げ続ける。
お前の腕に堕ちてしまったならば。
もう二度とお前は俺を追い掛けてくれなくなってしまうだろう?
堕ちてしまったら、それまでだろう。
そこで、終わりだろう?
だから俺は逃げ続ける。永遠に、お前から。
そうやってお前を俺は縛り付けているんだ…。
そして俺達は堕ちてゆく。
許されない共犯者として。
でも、それは。
―――それはどんなに幸福な事なのだろう……