深紅



重ね合わせた額から伝わるぬくもりがひどく暖かくて、心地よかったからもう何もいらないと思った。


こうして間近で見ると思っていたよりも睫毛が長い事に気付く。そんな些細な発見ですら嬉しくなって、ラディは呆れるほどにその顔を見つめていた。
「―――そんなに見つめられると…困るのだが……」
「いいじゃん、俺は困らない。むしろずっと見ていたい」
にこにこと嬉しそうにしながら自分を見つめてくる相手に、正直どんな顔をすればいいのか分からなかった。真っ直ぐに偽りない好意を向けてくる相手に。
「あのな…お前が困らなくても俺が困る」
相手と同じように微笑えばいいのか?それとも甘い囁きでも告げてやればいいのか?考えてみたけれど、どちらも自分には出来そうもなかった。仕方ないので半ば呆れたように告げれば、息が掛かるほどに顔を近づけてきて。
「むぅ、あんたが困るのは…俺としては不本意だ。じゃあ少しだけ我慢する」
「我慢?」
「うん、少しだけ我慢するから…キスして」
それは全然我慢になっていないだろう…と口にしようとしたが、まるでお菓子をねだる子供のようなきらきらした顔で自分を見上げてくる相手に、それを告げるのも何だか気が引けたから。
「しょうがないな、お前は」
溜め息交じりに呟き、そのままひとつキスをしてやった。目を閉じて待ちわびる犬のような恋人に。


我が儘で自分勝手な癖に、何よりも俺の事を優先する。自分自身の事よりも。それが嬉しくもあり、不安でもあった。あまりにも自分自身よりも俺の事を、大事にするから。
「本当にあんたは綺麗だな。俺見ているだけで幸せだ」
屈託のない笑顔。嘘偽りない言葉。すぐに表情に出るから隠し事なんて一つも出来ない。だから嫌になるほどに分かる。嫌という程に、伝わってくる。
「本当にお前は…俺の事好きなんだな」
「うん、大好き。あんたが、一番大好き」
子供みたいな行為でねだる行為は大人で。そのアンバランスさが時々、俺を戸惑わせる。けれどもそれ以上に、普段から想像もつかないほど淫靡な瞳で俺を見つめてくるから。
「―――大好き、シーザ」
ほら今も。今もこうして紅い瞳は子供の無邪気さを消して、まるで別の生き物のように卑猥な瞳で俺を誘ってくるから。
「…大好き……」
薄く開いた唇に誘われるように自らのそれを重ね合わせた。そのまま口内に舌を忍ばせ、積極的に伸びてくる舌を絡め取る。根元をきつく吸い上げてやれば背中に廻した腕がきつく締め付けてくる。
「…んっ…ふっ…ふぅんっ……」
ぴちゃりぴちゃりと、濡れた音が響き渡る。その音に誘われるように深く深く唇を重ねた。互いの舌を呆れるほどに絡め合わせ、時を忘れるほどに口づけを交わす。思考というもの全てを、拭い去るまで。



――――何処でもいいから繋がっていたい。何処でもいいから触れていて欲しい。何処でもいいからぬくもりを分け合いたい。それは俺の、我が儘なの?


何時も嘘ばかり付いている。本当は全然足りない。見ているだけでいいなんて、そんなの嘘。見つめ返してほしい、名前を呼んで欲しい、俺に触って欲しい。あんたの綺麗な指先手で俺の全部に触れて欲しい。
「…あっ…やぁっんっ……」
尖った乳首に舌を這わせられて、俺は甘い声を止める事が出来なかった。止められない。だってあんたが触れている。あんたの舌が、あんたの指先が、俺に触れているから。
「…あぁっ…あんっ…シーザっ……」
綺麗な金色の髪に指を絡め、そのまま胸元に引き寄せた。もっと舐めて欲しいから。もっと刺激が欲しいから。もっと、愛して欲しいから。
「気持ちイイか?」
「…イイっ…気持ち…イイよぉっ…だからもっと…もっと…舐めて……」
口に咥えられながら喋られれば、尖った胸に歯が当たる。その刺激だけで、俺は身体が疼いた。耐え切れずに身体を捩らせ、もっと、もっととねだった。
「しょうがないな。本当にお前は」
「ああんっ!!イイっ…イイよぉっ!」
指先で乳首を摘ままれ、ざらついた舌がソレをぺろぺろと嬲った。時々歯で甘噛みされれば、声を堪える事なんて出来なくて。
「…もっと…っ舐め…っあっ!」
「こっちも刺激が欲しいんだろう?」
偶然に辿り着いたとでも言うように、その手のひらが俺自身に触れる。やっと直接的な刺激が与えられたソレは正直に反応を寄こした。どくどくと脈を打ち、触れただけなのに鈴口からは先走りの雫を溢れさせている。
「…あぁっ…ああんっ…あんあんっ!」
止められない。声が、喘ぎが、止められない。気持ちよくて。気持ち、イイ。あんたが触れているから。あんたが俺に触っているから。他の誰でもない、あんたの手が俺に。
「触っただけで、出すつもりか?」
「…違っ…でも…でも…」
「―――でも?」
耳元で囁かれる声が、息を吹きかけられながら囁かれる声が。何時もの冷静な声とは違う何処か快楽の色を含んだその声が。
「…あんたの手が…気持ちイイから…あんたが…俺に触っているからっ……」
その声を知っているのは俺だけ。その声を聴けるのは俺だけ。俺だけのもの。俺だけのあんた。俺だけの。
「しょうがない奴だ。ほら、イけ」
「――――ああああああっ!!!!」
強く先端を扱かれる。それだけで俺は耐え切れずに、先端から白い液体を大量に吐き出した。



――――快楽に潤んだ濡れた深紅の瞳が、俺から理性を奪ってゆく。思考を奪って、何もかもを奪って、そして溺れさせる。溺れて、ゆく。


きつく背中に爪を立てられて少し顔を歪めたけれど、組み敷いた相手は気付かないだろう。その瞳には理性のかけらすらなくし、ただひたすらに夜に濡れた瞳では。
「…あああっ…あああっ…イイっ…イイよぉっ…!!」
深く貫き、奥を抉る。そのたびに絡みつく脚がきつく俺の身体を締め付ける。少しでも逃さないようにと、きつく。
「…もっと…俺の中に…もっと…ぐちゃぐちゃに…っ……」
「もっと俺が欲しいか?」
「…欲しいっ…欲しいよぉっ!…もっと…もっと…奥まで…っ…」
絡みつく内壁は俺自身を逃さないようにときつく締め付ける。その圧力を引き裂くように楔を奥へ奥へと進めた。望み通りに一番奥深くを抉れるように。一番、深い場所を。
「――――っ!!あああっ!!あああああっ!!!」
指を絡め、舌を絡め、身体を繋ぎ合せ、そして。そして一番深い場所を抉った。一番奥を貫いて、その中に精液を注ぎ込んだ。溢れるほど、その中に。


汗ばむ額を重ね合わせ、瞼を触れ合せて。
「…好き…シーザ…大好き……」
熱の消えない肌を、芯が疼く身体を。
「…大好き…シーザ……」
離れないようにと、きつく結んで。


―――――この瞬間が何よりも、いとしいものになる。何よりもかけがえのないものに。


他の誰でも駄目で。他に代わりなんていなくて。この手だから、この指先だから、この額だから。だから、重ね合いたい。だから伝え合いたい。熱を、体温を、想いを。ふたりで、分け合いたい。


「…ああ俺もだ…俺もだ…ラディ……」