水の箱



透明な水の中に、全てを包まれたらいいのに。


誰にも渡したくないから。誰にも渡せないから。
こうして無数の糸を絡めて、そして閉じ込める。
この腕の中に、この唇で塞いで、全てを。

―――君の全てを、閉じ込める。



「カイン」
名前を、呼ぶ。ただ独り愛しい君の名を。ただ独り、永遠に閉じ込めたい君の名を。
「…アベル……」
俺を見つめる瞳がそっと壊れてゆく。壊れて、隙間から零れて、そして。そして何時しかこの世界を埋めるのだろうか?壊れた君の、綺麗なこころだけで。

―――そうしたら、それはうっとりするほど、しあわせだね。


抱きしめて。君を、抱きしめて。
そして閉じ込めて。何処にもゆかないようにと。
何処へもゆけないようにと、君を。君を閉じ込める。
誰にももう君を。君を、見せたくないんだ。
君に誰も、見て欲しくはないんだ。


狂っている世界。歪んだ世界。そこから零れるものは。
零れてゆくものは、一体なんだろう?
君から零れるものは、そして俺から零れるものは。

――――何処まで…俺達は、堕ちてゆくのだろうか?



綺麗な君の瞳。綺麗な君の顔。綺麗な君の睫毛。綺麗な君の…こころ。全部全部抱きしめて、俺だけのものにしたいから。俺だけのものに、したいから。永遠に君だけを。
「…愛しているよ、カイン……」
そっと手で頬を包み込む。指先から伝わるものは暖かいぬくもり。そっと暖かい、ぬくもり。君は何時も暖かいね。どんなになっても、君のぬくもりは心地いいね。
「―――愛しているよ、君だけを……」
俺が閉じ込めた。君をこうして閉じ込めた。誰にも見せないように。誰にも見られないように。鎖に繋いで、首輪をかけて、手足を縛って、君を閉じ込めた。壊れた君を、閉じ込めた。
「…アベル……」
そうだね、俺が。俺が君を壊したんだ。何よりも無垢な魂を、俺が。俺がこうして自分の欲望の為に。自分の想いの為に、壊したんだ。
「…愛している、カイン……」
こうして君を。君を俺だけのものにする為。


すらりと伸びた脚が、地上を駆け巡る。
どんなに俺が追いかけても、君は。君はその脚で。
その脚で駆け回り、そのまま俺の腕からすり抜けてゆく。
どんなに君を抱きしめても。どんなに君を、閉じ込めても。


―――自由と云う名の翼が、君を飛び立たせるから。


だから繋いだ。脚を手を、繋いだ。
何処にも行かないように。何処へも行けないように。
ずっと君が俺のそばにいてくれるように。
ただ独りの君。ただ独りの、君。俺だけのもの。
俺だけの。俺だけの、君でいて。


そうしないと俺は、君に何を仕出かすか分からないから。



痩せた身体をきつく抱きしめた。壊れた君は食事もろくに取らないから、痩せてゆくばかりで。でも、綺麗だった。綺麗、だった。肉が削げ落ちても、頬がこけても、君は永遠に綺麗。
「―――カイン……」
そのまま無防備な唇を塞いで、激しく口内を貪った。角度を変えて何度も口付け、そして。そして口許から零れる吐息に。その甘い息を狂おしいほどに耳に焼き付けて。
拒まない身体を貪った。指を舌を余すところなく、その身体に這わして。君の全てをこの指にこの舌に刻む。君の、全てを。
「…あぁっ…はぁっ……」
口許から零れる甘い吐息に。その甘い喘ぎに、全てを溶かして。全て、溶かされて。君の声に神経までも抉られて。そして。
そして激しく君を貫いた。欲望のままに、貫いた。ただひとつの想いだけを込めて。何度も何度も君の肉を抉り、その中に熱い欲望を注ぐ。
君の身体が、俺の精液で埋められるまで。その匂いが君の身体から消えなくなるまで。

―――君が俺だけに…埋められるまで……


繋がった器官が痺れて感覚がなくなるまで。
精液と血液でどろどろになるまで。
何もかもが、ぐちゃぐちゃになって。
ぐちゃぐちゃになって、そして。


…そして、境界線が…なくなるまで……


「…あああっ…あぁ…アベ…ルっ……」
渇望。永遠の渇望。そして永遠の欲望。
「愛している、カイン。君だけを、愛しているんだ」
それは俺から決して消えることなく。決して逃れられることなく。
「…ひぁっ…ああんっ…もぉっ…もおっ……」
何度も何度も俺を抉り蝕み、そして。そして堕ちてゆく。
「…もぉっ…ああああっ!!」
―――堕落、してゆく。



水の箱が、欲しい。永遠に注がれる水。
綺麗な水の中に、君を沈めて。沈めて、そして。
そして永遠に飾っておけたならば。

誰にも触れられないように。誰にも触れられ、ないように。

俺だけが見つめ。俺だけが愛し。
俺だけが慈しみ。俺だけが触れる。


そんな水の箱が、欲しい。透明な水の箱が。




「…カイン…愛しているよ……」




俺の囁きに君の透明な瞳はただ。ただ俺を見つめるだけ。
透明で何よりも綺麗で、そして。そして壊れた瞳が。ただ俺を見つめるだけ。



それでもしあわせだった。しあわせだと、想った。
君がこうして。こうしてやっと。やっと俺の腕の中に。



―――永遠に、閉じ込められたのだから……