雨で濡れた前髪を指先で掻き上げ、微かに熱の灯る額にひとつ唇を落とした。そこから広がる熱が、静かに足許から這い上がり全身を駆け巡っていった。
「―――濡れたままじゃ風邪引くぞ、ウルフ」
唇が離れ、そのままひとつ溜め息交じり告げられる言葉。その言葉に気付かれないように睫毛を震わせ、ウルフは口許だけで微笑った。そして。
「ああ、このままじゃ風邪ひいちまうな。だから」
濡れたままの両腕をザガロの前に差し出す。そしてそのまま。そのまま背中に腕を廻して、掠め取るように唇を重ねて。
「…だからお前が、暖めてくれよ…俺を……」
否定の言葉を閉じ込めるようにもう一度。もう一度、ウルフはその唇を奪った。言葉の全てを、奪うように激しく。
――――雨に流され、かき消されたらと、想った。そうしたら、もう何も。何も考えなくてもいいから。後悔も懺悔も、罪も願いも。その全てが流されて消えてゆくと思ったから。
喉の奥から激しい衝動が込み上げてくる。それを鎮める術が自分には分からない。ただ。ただ、無性に。無性に無茶苦茶にされたいと、それだけを思って。何もかもを投げ出して、ばらばらにされたいと。ただそれだけを、願う。
「お前のそういう所が俺には目が離せなくて、不安になる」
至近距離にあるこの碧色の瞳だけが、自分にとっての唯一の精神安定剤だった。何もかもが投げやりに衝動的になってゆく自分を『ここ』に繋ぎ止める唯一の色彩だった。そして。
「俺は不安定か?ザガロ」
そして唯一の求めるもの、だった。そのぬくもりをその腕を、その熱を…。どうしようもなく欲しいと願う唯一の相手だった。
「ああ、だからこうして」
背中に廻される腕の強さが、唯一の現実で唯一の逃げ場だった。ここだけが、心を静めそして高揚させる場所だった。
「こうして抱きしめないと、安心出来ない」
手が頬を包み込む。雨に打たれた頬はひんやりと冷たい。けれども包み込む手のひらが暖かかったから、とても暖かいから。
「―――好きだ、ザガロ。だからずっと」
凍えた身体も心も、そっと。そっと溶かしてくれると思った。この手のひらだけが、全てを暖めてくれるのだと。
「ずっと、俺を見ていろ。俺だけを、見ているんだ」
「我が儘な隊長だな。でもそれがお前の望みならば」
重なり合う睫毛の先に、どうしようもない切なさと愛しさが込み上げてくるのは、もう自分ではどうにも出来ないから。だから。だから耐え切れずに唇を重ねた。込み上げてくる想いに耐え切れずに、繋がり合う熱を望んだ。
「…ザガ…ロ…んっ…ふっ…んんっ……」
触れて離れて、貪り合って。その合間に呼ぶ名前はただひとつ。この名前が他の何よりも大切なものになったのは、きっと。きっと、この込み上げてくるどうしようもない感情のせいで。ハーディン様よりも忠誠心よりも国よりも、もっと先に在る説明の出来ない感情のせいで。
「…ウルフ……」
「…寒いんだよ…もっと…もっと俺を……」
「―――分かった……」
髪を撫でられながら、そのベッドの上に押し倒される。太陽の匂いのするシーツの波が、これから夜の薫りに埋もれるのかと思ったら、ひどく可笑しくなった。
「何が可笑しい?ウルフ」
「お前があまりにもイイ男だから、笑っただけだ」
「何だ?それは」
「言葉通りだよ。それよりも、早く」
布越しに伝わってくる熱だけで、身体が焦れた。耐え切れずに熱くなった下半身を押し付ければ、同じような硬くなったモノが布越しに伝わってくる。それだけで、どくんどくんと、芯が疼いた。
「早く、か。仕方ないな」
見かけよりも細い指先がシャツのボタンに掛かると、そのまま器用にボタンを外す。そして剥き出しになった胸元にそつと唇を落とす。
「―――あっ……」
尖った舌が胸の果実を突いた。その刺激にびくんっとウルフの身体が跳ねる。その反応を確認してザガロは突起を口に含んで舌で嬲った。ぴちゃりぴちゃりと音を立てながら、紅くなかった果実を堪能する。それと同時にもう一方の胸の突起を指先で摘まんでやった。
「…あぁっ…はっ…ぁぁ…んっ……」
同時に攻められる刺激にウルフの口からは甘い喘ぎが零れてくる。濡れて冷たかった肌はあっという間に熱に侵され、汗ばむほどだった。
「…あぁっ…ザガ…ロっ…もっと……」
胸を押し付け、もっと強い刺激をねだった。一度灯された快楽の炎は収まる事を知らず、自分の意図しない場所で暴走するだけだった。
「こうなったら本当にお前は…止められないな。まるで戦場にいる時みたいだ」
口に胸の突起を含みながら言葉を紡がれて、ウルフの睫毛は切なげに揺れた。もどかしい刺激では足りなくて、もっと、もっと、と。睫毛が、吐息が、その先をねだった。
「…ザガロっ…もっと…もっと…っ!」
「―――ああ、望み通りに…隊長……」
その望みを叶えるためにザガロはウルフの睫毛にひとつ唇を落とした。そして、そのまま指先を下腹部へと滑らせた。
「…っ…ゃぁ…ソコは違っ…ぁっ……」
わざと中心部分を外しながら、ザガロの指がウルフの内股を撫でる。鍛え抜かれて引き締まった筋肉の感触を指先で楽しみながら、脚の付け根の柔らかい部分を撫でた。けれどもそんな柔らかい刺激では暴走し始めたウルフの身体は満足しなかった。違うと首を左右に振りながら、ザガロに訴える。熱く脈打つ中心を押しつけながら。
「―――っ!!くふっ…っ!……」
けれどもウルフの望みは叶えられることなく、その代わりに長い指が何の前触れもなく最奥に埋められる。いきなりの刺激にウルフの身体が一瞬竦む。
「…くっ…ふっ…はっ…はぁっ……」
けれども強張った身体も与えられる刺激によって直に解かれる。知り尽くした指先が、巧みに中を解してゆく。
「…はぁっ…ぁっ…あぁっ…んっ……」
何時しか声が艶めき、まだ触れてもいないのにウルフ自身の先端からは先走りの雫が零れてくる。それを確認しながらザガロは指を奥へ奥へと進めてゆく。
「後ろだけでイクか?」
何時しか二本に増やされた指が中を勝手気ままに動き回る。その予想付かない刺激に、ウルフは無意識に腰を振った。白いシーツが波を打ち、その姿を一層淫らに見せていた。
「…イクから…だから…挿れて…お前の…」
「俺の?」
耳元で息を吹きかけられながら囁かれる言葉に、ウルフの睫毛がきつく閉じられる。それだけで、感じてしまう敏感な身体が恨めしかった。けれどもそれ以上に。それ以上に、その熱が、塊が、硬さが…欲しいから……。
「…お前の…コレ…を…俺の中にっ…!……」
快楽で震える指先でそれでも懸命にザガロのソレを掴んだ。それはウルフの望み通りに熱く巨きく、そして硬くなっている。それだけで、身体の芯が濡れた。
「―――良く言えたな。ほら充分に味わえよ」
「―――っ!!あああっ!!!」
ぐいっと腰を引き寄せられ、そのまま熱い楔が中に挿ってきた。媚肉を引き裂き、奥へ奥へと。その圧倒的な存在感にウルフは満足気に喘いだ。そして自ら腰を振った。刺激を求めて、熱を求めて、快楽を求めて。
「…あああっ…あああっ!ザガロっ…ザガロっ…イイっ!…ああっ…!もっと…っ」
「…ああ…俺も…イイ…気持ちいい…ウルフ……」
腰を打ちつけ合い、楔を何度も抜き差しさせる。そのたびに肉の擦れる音だけが響き渡る。ぐちゃぐちゃと濡れた淫らな音が。
「―――イケ、ウルフ…コレだけで」
「あっ!ああああっ!!!」
前には一度も触れず、そのまま。そのまま一番深い場所を貫かれる。その激しさと熱さにウルフは耐え切れずに、どくどくと欲望を吐き出した。その瞬間きつくザガロ自身を締め付け、同時に中に熱い精液を注がれながら…。
何もかも流され、消えてゆきたい衝動に駆られながら、それでも。それでも何処かで求めてしまうものがある。どうやっても消せないものがある。それに気付いた瞬間、俺は。
――――俺はお前のそばにいたいと、ただそれだけを願っていた。
流されるならばお前の腕がいい。消されるならばお前の中がいい。この閉じ込められた腕の中で、全てがかき消されてしまいたいと何時しかそんな風に思うようになっていた。
触れる、唇。絡める、指先。繋がったままの、熱。それがどんなに心地よく、どんなに幸福で、どんなに切ないか。
「――――俺をずっと…ずっと見ていろザガロ」
返事はなかった。けれども触れてくる唇がその命令の答えだった。苦しい程に優しい口づけが、全ての答えだった。