硝子玉



向き合って見つめあった先に在る瞳は、まるで硝子玉のように自分の一番深い場所まで映しだしていた。


伸ばした手の先にあるその指先は何処か冷たくて。そのひんやりとした感触が哀しかったから、きつく指を絡めた。
「―――俺に構うな、マリク。俺はずっと独りだ。今までも、これからも」
絡めて重ね合わせた指先とは裏腹に告げられる言葉は拒絶だけを含む。けれども決してこの手を離そうとはしなかったから。この手を、離さないから。
「でも今は独りじゃないよ。だってほら、僕らの手は繋がっている」
「…何で貴様は…そんなにも……」
見つめて、微笑ってみた。他にどんな顔をすればいいのか分からなかったから、だから精一杯笑ってみた。そうしたら何処か困ったような顔をして。そして。
「そんなにも俺の中に…入ってくるんだ…どうして……」
そして繋がった指先は離さないまま…抱きしめられた。きつく抱きしめられて初めて気が付いた。君がずっと。ずっと、淋しかった事に。


きっとこれは恋じゃない。それでも拒む事は出来なくて。君の中にぽっかりと空いている空洞をどうやって埋められるのかを考えたら、他に方法が浮かんでこなかったから。だから腕を伸ばした。だから背中に手を廻した。これが正しい事なのか、それとも間違っているのかは僕には分からない。それでも、伝わるものがあるのならば。こうして、伝わるものがあるのならば。

―――――肌を重ねる事で、伝えられるものがあるのならば……

噛みつくように口づければ、硝子細工のような瞳がきつく閉じられる。まるで自分の全てを見透かすように映し出す碧色の瞳は苦手だった。心の奥底まで剥き出しにされてしまうあの硝子玉の瞳は、だからこうして我武者羅に唇を塞いで心の本音を見られないようにした。
「…んっ…んんっ…ふぅ…ん……」
角度を変えて何度も唇を奪い、きつく瞼を閉じさせた。その目尻から生理的な涙が零れ落ちるまで、何度も何度も。
「…エル…レーンっ……」
唇を開放してやれば、吐息交じりに俺の名前を呼ぶ。きっと本当は別の名前を呼びたいのだろうけれど、それでも今は。今は、俺の名前だけを呼んでいて欲しいと願う。この瞬間だけでいいからと。
「――――貴様のこの行為は同情か?それとも憐れみか?」
冷たい床にその身体を押し倒しながら心とは裏腹の言葉を告げる。―――違う、と。違う事はきっと誰よりも自分自身が知っている。けれどもそれを口にしなければ何かが壊れてしまうような気がして、どうしても告げずにはいられなかった。それはきっと今まで自分を保ってきたちっぽけな自尊心や、どうしようもないプライドなのだろう。本当にどうでもいい些細な事なのだろう。それでもそんなものに執着してしまう自分はきっと。きっと本当はとてもちっぽけな人間で。
「…分からない…分からないけど…僕は…君を放ってはおけないんだ…君を独りには…したくないんだ……」
「ふん、偽善者め。まあいい、俺は自分が楽しめさえすればいいんだからな」
「―――あっ!」
布越しに自身に触れてやれば、口からは甘い吐息を洩らす。こうして肌を重ねるのは初めてじゃない。最初は無理やりだった。幾ら拒絶しても付き纏ってくるのが煩わしくて無理やり抱いた。けれども抵抗しなかった。それどころかその腕を背中に廻し、俺を受け入れた。泣きながら、俺を受け入れる。
「…あっ…あぁっ…ん……」
形を辿るように指先を滑らせてやれば直接触れていないにもかかわらず、ソレは形を変化させ始めた。熱が灯りどくどくと脈を打ち始める。布越しから与えられる愛撫がもどかしいのか、無意識に自身を指先に押し付けてくる。そんな様子を見下ろしながら唇を塞いだ。

見られたくなかったから。何処か愛しげにお前を見つめる俺を、見られたくなかったから。

甘い喘ぎを口中に閉じ込めながら、下半身を覆う布を取り払い、下界に自身を曝け出させた。それは確認するまでもなく熱く滾り、鈴口からは先走りの雫を滴らせていた。
「…んっ…んんっ…はぁっ…やぁっ…んっ……」
その先端を指で塞ぎ唇を解放した。出口を塞がれて甘い拒絶を口から零したが構わずにそのままにして、胸元を肌蹴させた。そしてそのままぷくりと立ち上がっている乳首に舌を這わす。
「…あぁっ…やっ…あんっ……」
敏感な個所を舌で嬲れば、首をイヤイヤと左右に降って抗議した。けれども構わずに行為を続けた。焦れて塞がれた入口を押し付けてきても胸への攻撃を止めなかった。
「…だめ…もぉっ…エル…レーンっ…もぉ…ぼくっ……」
目尻から零れてくる涙が苦しみの為なのか快楽の為なのか分からなかったけれど。それでもこうして自分のせいで涙を零す相手に、何処か暗い悦びを感じた。そう、自分のせいで瞳が濡れる事に。
「―――お前は本当に淫乱だな。そう言えば俺が抱いた時も初めてじゃなかったな。一体誰に仕込まれたんだか」
「…そんな…そんな事…言わない…でっ……」
「それとも自分から股を開いて男咥えていたのか?」
「…違っ…僕はっ……」
真っ直ぐに見つめてくる瞳は一点の曇りもなかった。本当に硝子玉のように全てを見透かす透明な瞳だった。けれども、穢れている。この身体は自分以外の誰かの精液を飲み込み、誰かの肉棒を受け入れヨガっている。男を咥えて、その瞳は夜に濡れている。
「―――違わないだろ?今も、ほら」
「くふっ!あっ…あっ…あっ……」
何の準備もしていない乾いた器官に、一気に指を二本突き入れた。そのまま勝手気ままに中を掻き乱せば、痛みとも快楽ともつかない悲鳴を口から零す。
「指をこんなに締め付けて、何が違うっていうんだ?」
「…違っ…ぁぁっ…っ…ぼく…はっ…くぅ……」
そうだ、違う。俺は、そんな事はどうでもいいんだ。どうでも、いい。分かっている、お前はそんな奴じゃない。お前が身体を開く相手は、お前にとって大事な相手だ。だから俺は。俺はそれに嫉妬しているだけだ。お前を抱いた知らない誰かに嫉妬しているだけだ。


僕は卑怯なのかもしれない。それでも僕は君のそばにいきたい。君の近くにいきたい。君の一番深い場所に触れてみたい。その剥き出しになった傷に、触れたい。


こうして重ねる事で伝わるものがきっと。きっと、あるから。
「…あああっ!…ああああっ!!」
こうして粘膜を伝って、媚肉を擦れ合わせて、そして。
「…もおっ…僕っ…ぼくっ…あああっ……」
そして、ぼっかりとあいた空洞を埋める事が出来るならば。


―――――そうしたら君は、淋しくない?そうしたら僕も…淋しくない……


伝わる熱は激しくて、そこにはもうひんやりと指先は何処にもなかった。冷たく拒絶した壁は熱が溶かして、そして。そして剥き出しになった二人がここに在る。それは本当にちっぽけな塊だった。

「…エルレーン…エルレーン…ああっ…あああっ……」
「―――マリク…出すぞっ…くっ……」
「――――っ!!!あああああっ!!!!」

これはきっと恋じゃない。けれども何処かに愛がある。互いに注ぎたいと願う愛がある。それは、恋と。恋する気持ちとどこが違うのだろうか?


快楽に溺れた瞳で向き合った。意識を失う前に、互いの瞳を見つめあった。そこに映る自分の姿はまるで。まるで恋をする少女のようだった。