アレグロ



――――噛みついた指先から滴る血が、ひどく鮮やかに瞳の奥に焼き付いた。


きっとその先にある言葉を聴きたくなかった。だから、こんな風に細かい傷を刻む事しか出来なくて。刻んで切り刻んで、そして。そして何もかもなくなったならば?
「――――お前なんかに俺の気持ちなんて分かるものかっ!」
気付いたら声を荒げていた。抑える事出来ずに目の前が真っ赤になって。そう指先から滴る紅い色が、じわりと視界を埋めてゆく。じわり、と。
「…エルレーン…お願いだ…この手を……」
離してくれと唇の動きがそう語る。けれども酷くその声は遠くから聴こえた。そう、遠い場所から。動くのはその艶やかに濡れた唇だけで。
「…エルレ…っ!!」
もう何も。何も分からなかった。その唇を貪るように奪う以外には。目の前にある紅い悪夢を消すにはきつく瞼を閉じる以外には。


声が、聴こえる。囁くように、じわりと這い上がってくる闇の声。その声が俺をじりじりと狂わせてゆく。


拒みながらも、妬みながらも、本当は何処かで願っていた。本当は心の何処かで、願っていた。ずっと見て欲しいと。ずっと、俺だけを見ていて欲しいのだと。けれども。
『…僕はマルス様の為に…大切な人を護る為に強くなりたいんだ。だから僕は……』
一番になりたかった。ウェンデル先生に認められたかった。ただその為だけに強くなるのだと、誰よりも強くなるのだと、そう願い目指してきたはずなのに。なのにそんな俺の望みをお前は手に入れ、そして迷うことなく捨てようとする。俺がどんなに望んでも手に入れられないものを手に入れたのに、いとも簡単に捨てて別の場所へと行こうとする。

―――――誰よりも何よりも大切な存在のもとへと…

…違う、そうじゃない…俺は違う…そんな事は、本当は…本当はどうでもよかった…俺は…俺よりももっと大切な者の元へと…友達になりたいとそう告げながらも…俺以外の相手を選んで…俺…以外の……それが…それが…許せなくて…俺は…俺は…俺は……


こめかみの奥から聴こえてくる声が、俺の理性を粉々にしてゆく。忍び寄る闇が俺を飲み込み何もかもが分からなくなった。紅い悪夢は漆黒の闇に呑み込まれ、もう何も。何も分からない。分からない、目の前の肉体を貪る以外には。
「…止めっ…止めてっ!エルレーンっ…こんなっ……」
衣服をわざと乱暴に引き裂き胸の突起に指を這わした。指の腹で転がしながら、きつく摘まんでやればびくんびくんと身体が跳ねる。
「…やぁっ…だめ…やめっ……」
「その割に息が上がっているぞ、気持ちいいのだろう?マリク」
「…違っ…こんなっ…止めて…エルレーン…手を…手を…解いてぇっ……」
語尾が何処か涙声になってくる。それが逆に俺の加虐心を煽った。もっと、泣かせたいと。もっと、もっと、もっと。
「やぁっ…あぁっ…やだっ!」
強引に脚を割って、その中心部分をきつく掴んだ。その痛みに一瞬ソレは竦んだが、包み込み擦ってやればたちまち勃ちあがり熱く脈を打ち始めた。
「…やぁぁぁっ…あぁっ…だめぇっ…こんなの…やだぁっ!」
何度も擦り先端から先走りの雫が零れ始めた頃、わざと出口を指で塞いだ。きつく締め付ければ、その刺激に身体が跳ねる。その反応を嘲笑いながら、わざと柔らかい愛撫を与えてやれば、イケないもどかしさに身体を震わせ唇を噛みしめた。
「どうした?『こんなの』はイヤなのだろう?ならばこうしてやろう」
「―――っ!!やあっ!!」
先端をぎゅっと指で締め付けながらその割れ目を舌で突いてやった。軽く歯を立てれば堪え切れないとでも言うように首をイヤイヤと横に何度も振る。きつく目をつむり、押し寄せてくる快感に堪えながら。その仕草がひどく。ひどく、俺を満足させた。

――――妬み、恨み…それがお前の力の源…このわしのようにのう……

ああ、そうだ。それが俺の本質だ。けれどもそれ以上にもっと醜い感情がある。もっと深くどろどろとした感情が、そうだ。俺は、お前が欲しい。俺のものだけにしたい、俺だけのものに。それは何よりも醜く穢たない独占欲。俺を、俺だけを見て欲しい…俺だけのものにしたい…誰にも、誰にも渡したくない……


狂わんばかりの快感を与えながら出口を塞ぐ。それはもう拷問でしかなかった。狂わんばかりの快感を与えられながら、それを吐き出す事が出来ない。目尻からはとめどなく生理的な涙が零れ、口許からは飲みきれない唾液がぽたりぽたりと零れる。そんな姿をせせら笑いながら、告げる。
「イキたいだろう?だったら、言え―――イカせてくれと…俺に言え……」
囁くように耳元で告げる言葉に夜に濡れた碧色の瞳が俺を見上げてくる。赦しを乞うように、見上げてくる。その顔が何よりも、俺を満足させた。何よりも俺を、満足させる。
「…せて……イカ…せてっ…エルレーンっ!あああああっ!!!」
きつく鈴口を擦り、塞いでいた出口を解放してやった。その途端に勢いよく白い液体が噴射する。それを指に擦り付けると、そのままお前の口中に捻じ込んだ。諦めたようにざらついた舌が指を嬲る。何度も何度も。たっぷりと唾液で濡れたのを確認して、指を引き抜くと、そのまま後ろの孔へと突っ込んだ。
「くふっ!痛っ!」
いくら唾液で濡らしたとはいえ突然突っ込まれた異物に、ソコは拒否反応を示す。けれども構わずに指を強引に捻じ込むと、そのまま媚肉を広げた。そのたびにまた、目尻から涙が零れてくる。その透明な色が紅い悪夢を漆黒の闇を流してゆく。
「…止め…て…エルレーン…痛いっ…痛いよぉっ……」
「ふん、指ぐらいでそれだと…コレが挿ったら壊れてしまうかもな」
「―――っ!!」
指を引き抜いて入り口に俺自身を宛がった。その硬さと巨きさに、びくんっ!とお前の身体が震える。けれども構わずに俺自身でその入り口をなぞった。そうやって被虐心を煽りながら、じわじわとお前を追い詰めてゆく。それは暗い悦び、だった。
「今からコレがお前の中に挿いるんだ。どうだ、怖いか?お前が友になりたいと願った男にこんな事されるのはどんな気分だろうな、マリク」
扉を開いた声が俺を飲み込み、剥き出しにした。心の一番奥底に眠っていた醜い感情をこうして暴いて剥き出しにした。紅い悪夢が、漆黒の闇が。
「…エルレーン…止めて…こんな事…ねぇ…止めて……」
「―――でも全部。全部、お前が悪いんだっ!!」
「――――ひっ!!ひああああああっ!!!!!」
腰を掴んで、強引に引き寄せた。ピキィ―――と引き裂く音がする。けれども構わずに身を進めた。凶器を捻じ込んだ。根元までずっぽりと捻じ込み、無茶苦茶にその細い身体を揺さぶった。抵抗する肉を引き裂きながら、奥へ奥へと。
「…やあっ…あああっ…痛いっ!痛いっ…!…ひぃっ…ああああっ!!!」
繋がった個所から紅い血が滴る。それは必死に消した筈の紅い悪夢で。その血が、紅が一面に広がって。全身に、広がって。
「出すぞ、マリク。中に、お前の中に―――うっ!」
「やだっ…やだぁっ…ああああああっ!!!」
一番深い場所に凶器を捻じ込み、そのまま欲望を吐き出した。その中に注ぎ込んだ。


もう、どうなってもいい。どうなっても、いい。お前が手に入るならば。
「…やぁっ…あぁぁっ…エルレーンっ…ぁぁぁっ……」
もう時間の境目が分からない。もう精神の境界線が分からない。もう。もう。
「…あぁっ…もぉっ…もぉっ…許してっ…許しっ…あぁぁぁっ……」
何も、何も、分からない。お前がここにいればいい。俺の腕の中にいれば、いい。


鍵をかける。この部屋に。誰にも見つからないように幽閉して、誰にも見せないように閉じ込めて。誰にも、誰にも、俺以外誰にも……。


―――だから、言ってくれ。ただ一言「愛している」と、それだけを……