背徳



小指と小指で交わした、約束。

それは遠い昔のことだった。
それは遥か彼方の事だった。
もうずっと、昔に。
昔にした二人だけの、約束。

――――ふたりだけの、約束……


「マルス様が困った時には…必ず僕は貴方の元へと戻ってきます」
「約束だよ、マリク」

指と、指を絡めて。
そして、ふたりでしたただひとつの約束。
それはただの子供の約束事でしかなかったけれど。
けれどもそれは僕達にとって、その瞬間。
その瞬間、何よりも大切なものになって。
何よりも大事な誓いとって、ふたりの中に。
ふたりの中ら永遠に、刻まれた。


―――僕は背徳の罪に、身を焦がす。
紅蓮の炎がこの身体を焼き尽くすまで。
焼き尽くしても、きっと。

きっと想いは、燃え尽きはしない。


「マリクは僕だけのものだよ」
抱きしめられて、きつく抱きしめられて。そしてその腕の中に堕ちてゆく。髪を絡められて、唇を奪われて。深く、深く、口付けられて。
「…マルス様……」
全ての息を奪うほどの口付け。耐えきれずに瞼を開けば、そこにはただひとりの人がいる。僕にとってただ独り忠誠を誓い、そして命を捧げた人。
「誰にも渡さない、僕だけのもの」
痛い程の視線に貫かれ、きつく抱きしめられた。ああ、この瞬間が。この瞬間が永遠ならばと、想った。


貴方の為になら、命なんて簡単に捧げられる。
貴方の為ならば、僕は全てを捧げられる。
髪の一本から、つま先まで全て。全ての僕は。

―――僕は貴方だけのものだから……

でも貴方は僕だけのものではない。
アリティアの王子。ただ一人の勇者。
光在る未来を紡ぐ、ただ独りの存在。


「…僕だけのものだ…マリク……」


そして僕は貴方の元へと戻ってゆく。
貴方の腕の中へと捕らわれてゆく。
貴方へと堕ちてゆく。

―――堕落、してゆく。


「好きだよ、マリク」
―――僕もです…でも僕は……
「誰よりも好きだよ」
―――でもずっと貴方のそばにはいられない。


「…君だけを…愛している……」


貴方はアリティアの王子。光の王子。
そしてアカネイアを救うただひとりの勇者。
貴方には子孫を残す義務がある。
その血を絶やす事は決して許されない。だから。
だから僕は貴方のそばにはいられない。

―――貴方を誰よりも愛しているから…貴方の傍にはいられないのです……


「…シーダ様と…お幸せに…」
初めて。初めて僕から貴方にキスをした。キスをするのは何時も貴方から。僕を腕に抱くのも貴方から。何もかも、貴方から与えられるもの。だから、最期くらい僕から。僕から貴方に与えたかったから。
「そういう事を言うの?」
何時も何時も貴方から与えられ、貴方から奪われて。それがしあわせなのか、切ないのか分からなくなって。もう何もかも分からなかったから。
「…だって貴方はただひとりの勇者…光ある未来の人…」
だからもう終わりにしましょう。互いの執着が廻りを傷つける前に。繋がった糸が廻りを切り刻む前に。こころが、壊れてしまう前に。貴方には綺麗な未来を歩んで欲しいから。
「僕は我が侭だから、全てが欲しいんだ」
「――マルス、様?」

「君と、そして未来と」


ああ、どうして?
どうして貴方はそんなにも。
そんなにも僕を苦しめるの?
僕をしあわせにするの?
僕から全てを奪って、奪っておきながら。
貴方は僕の中に全てを埋めてゆく。
貴方に奪われ、貴方に埋められる僕。
このまま、僕は。僕の全ては。

―――貴方に支配されてゆく……


「ダメだよ、マリク…僕は『勇者』になる運命を受け入れたんだ…僕はそれを演じる未来を選んだんだ…けれども…」
「…マルス様……」
「…けれども…僕の心は、君だけのものなんだ……」
「……マル…ス…様……」
「心まで、運命にはあげられない」


きつく、抱きしめられた。
激しい口付けが降りてくる。
もう僕はそれを拒む術を知らなかった。
拒む事すら、出来なかった。



……貴方を…愛している…から………



罪。背徳の罪。
それは僕の心に永遠に刻まれるもの。
そして貴方の心にも。
死がふたりを別つまで、いいや…

…死がふたりを別っても…刻まれ消えないもの……



でもそれは、ふたりが望んだ事だから。