目覚めた瞬間に溢れてくるしあわせにそっと目を細めれば、優しく降りてくるその唇の感触に睫毛を震わせる事を止められなかった。
「…卑怯です、ジョルジュさん……」
離れる唇の感触を何処か名残惜しいと思いながらも、裏腹に訴えるように上目遣いに告げた言葉に口許だけで微笑われる。それだけで、胸がぎゅっと震えた。
「何がだ?」
「…寝起きなのにこんな不意打ちみたいに…その……」
その先を告げる前にまた、唇が塞がれる。その感触を拒む事なんて出来る筈がなく、そのまま。そのまま望まれるままに口づけを受け入れた。その甘く痺れる感触に。
「―――寝起きしては刺激が強すぎたか?ゴードン」
唇が離れ無造作に舌で唇を舐める動作にすら目が奪われる。本人は全く自覚がないだろうが、目の前の相手はどんな些細な仕草ですら人を惹きつけてやまないのだ。現に今も、どうしようもない程に自分の瞳は盗まれている。
「…もう…ジョルジュさんってば……」
今度は少しだけ困ったような顔をすれば、その綺麗な指先で頭をひとつ撫でられた。子供扱いされているようで頬を膨らませれば今度は声を上げて笑われた。そして。
「全くお前は、そんな所も」
その先の言葉は重なってくる唇によって閉じ込められた。けれども、分かった。けれども、伝わった――――そんな所も、可愛いな…そう言ってくれた事を。
何気ない日常の風景の中に貴方が居る事。貴方がそばにいる事。それがどんなに幸せなのか、どんなに嬉しい事なのか、こうして隣に立つ日常が教えてくれる。こうして毎日言葉を交わせる日々が教えてくれた。それがどんなものよりもかけがえのない事なのだという事を。
「今日は、昨日の続きを教えてくださいね」
溢れてくる幸せが、零れてくる喜びが。こうして貴方が僕の目の前にいるという事が、その全てがかけがえのないもので、代える事の出来ないもので。
「俺の弟子は練習熱心だな。コッチの方も上達してほしいが」
「―――っ!も、もうジョルジュさんっ!!」
不意打ちのように脇腹を撫でられ思わず変な声が出てしまう。ここが弱点だと知られて以来事あるごとに弄られている気がするのはきっと僕の気のせいじゃない。
「冗談だ。昨夜散々したからな、これで訓練に支障が出たら俺のせいだからな」
けれどもそれを知っているのが貴方だけという事実が、その行為すらも何処か喜んでいる自分を否定できない。そう、他の誰も知らない僕の弱点を貴方だけが知っているという事が。
「…どうして貴方はそう……」
何処までも綺麗で触れる事すら戸惑うような気品すらあるのに、口から零れる言葉はこんなにもストレートで着飾ってはいない。見かけとは裏腹の無駄のない言葉。けれどもそんな所もまた大好きだったりするから、どうしようもなくて。どうしようもない程、大好きで。
「可愛い弟子を思っての事だ。何か不満でもあるのか?」
「…ありません…だって……」
そっと腕を伸ばして、そのまま。そのまま抱きついた。ふわりと微かに甘い薫りが鼻孔をくすぐるこの瞬間は、何よりもどんなものよりも僕にとっては贅沢なものだった。何よりリも贅沢で、豪華な瞬間だった。
「…だって僕は…何よりも貴方が…好きですから……」
こうして抱きつけば、そっと抱き返してくれる腕が。耳まで赤くなりながら告げた言葉に、綺麗な蒼い瞳がそっと和らぐ瞬間が。そしてまた。またそっと降りてくる唇が、何よりもしあわせで、何よりも贅沢なものだから。
離れないと気付いたから、追いかけた。貴方のそばにいたくて追いかけた。
「―――俺も好きだ、ゴードン」
アリティアで生き続ける事よりも、与えられた名誉よりも、もっと。
「お前が俺のそばにいてくれて、嬉しい」
もっと大切なものがあるのだと。もっと大切な人が居るのだと気付いたから。
「お前が『ここ』にいてくれて」
どんなになっても離れられないと。離れたくないのだと分かったから。
――――僕にとって貴方よりも欲しいものが思い浮かばなかったから。どうやっても浮かんでこなかったから。
呆れるほどキスをしても足りないのはどうしてだろう?もう数え切れないほどキスをしているのに、もっとと願ってしまうのはどうしてだろう?
「お前を奪ってしまってライアンに恨まれているだろうな、俺は」
どうして、こんなにも。こんなにも僕は欲張りになってしまったのだろう?貴方に対してはどうして、こんなにも。
「大丈夫です、ライアンはもう子供じゃない。自分の道は自分でちゃんと決められます。だから僕は貴方の元へゆき、ライアンはアリティア騎士団に残った…それだけの事です」
「それでもお前らは兄弟だろう?」
「兄弟だからです。兄弟だから離れても…大丈夫です」
不思議だった。ライアンとは離れても絶対に大丈夫だと思えたのに、貴方とは絶対に離れられないと思ったのは。大切という想いに違いはないのに、そこにある絶対の信頼と、ここにある絶対の欲望が。同じ場所にあった筈のものが全然違う方向へと向かっていったのは。
「そうか、お前が言うならそうなのだろうな」
同じだけど違うもの。それが恋と愛の違いだというならば、僕はきっと。きっとどうしようもない程に貴方に恋をしている。どうにも出来ないほどに貴方に恋焦がれている。
「でも貴方とは離れられません。貴方は兄弟じゃない」
「そうだな。お前は」
「大事な弟子ですもんね」
「自分で言うか」
「ち、違うんですかっ?!」
「違うな。お前は……」
「…お前は大事な『恋人』だからな……」
貴方がいること。貴方とともにいる事。貴方のそばにいる事。貴方と共にある事。それ以上の幸せは僕にはない。それ以上の喜びは僕にはない。貴方がここにいる事。貴方の隣に僕がいる事。それが日常になってゆく。僕の毎日になってゆく。それは何よりもどんなものよりもしあわせな事だから。
「…はい、ジョルジュさん…僕は貴方の恋人…です……」