禁忌の扉



―――禁忌の扉を開いた先にあるものは、ただ。ただ報われない虚しさだけだった。


「いいの?変身しなくて。俺のままでいいの?」
まるで子供のような無邪気な笑顔でチェイニーはマリクに尋ねた。その問いにマリクは首を横に振りそのままチェイニーの背中に腕を廻す。
自分も魔道士という職柄のせいか細身の身体だったが、それ以上にこの竜族の少年は細かった。自分の腕でもこうして包み込んでしまえる程に。けれども。
「遠慮、しないでいいのにさ。あんたの望みの姿で抱いてやるのに」
耳元で囁かれた声はひどく官能的で『大人』の声だった。首筋がぞくりとくる程の声。その感触から逃れようと首を竦めたら、そのまま耳たぶを軽く噛まれた。
「まあ、いいか。俺はあんたとヤレればそれでいーんだし…楽しませてやるよ」
「…チェイニー……」
もう幾度も肌を重ねてきた。そのたびに少しずつ自分が壊れてゆくのをマリクは感じていた。けれども、止められなかった。けれども、止められない。一度開いてしまった扉を閉じる鍵を、置いて来てしまったから。


―――鍵は、置いてきた。貴方の心に置いてきたから……


炎のような紅い髪に指を絡めて、くしゃりと乱した。チェイニーの細い指が感じる部分を刺激するたびに、ぴくりぴくりと睫毛を震わせながら。
「…ふっ…はぁっ…あぁっ…」
胸の果実を口に含まれて、マリクの口からは甘い嬌声が零れる。快楽に慣らされた身体は順応に反応を寄越した。
「…あぁ…んっ……」
「今日は名前を呼ばないんだな。やっぱ変身してないから?俺だから」
胸の突起を指の腹で転がされながら問われても、マリクには答える事が出来ない。出来る事といえば唇から途切れ途切れの息を零すだけで。
けれどもチェイニーにはそれで満足だった。別に答えなんて聴きたいとは思わなかった。聴いた所で…この関係の何が変わる訳でもなかったのだから。


内側から少しずつ壊れてゆく。でもそれを止める事は出来ない。ただ少しずつ歪んで崩れてゆくのを、見てゆくだけ。それしか、出来ない。


背中に廻されたマリクの腕が、必死にしがみ付いて来る。けれどもチェイニーはそれを愛しいとは思えなかった。ただ哀しいとしか思えなかった。
こんな事を続けても、この関係を繰り返しても、どうにもならない事を誰よりも分かっているのは二人だ。他の誰でもない二人が一番その事を理解している。
それでも、止められない。止められない。目の前の肉欲に溺れるのを…どうしても。
「健気だね、あんたは。そこまでしてあいつを思っても、どうにもならないのに」
そんな事は他の誰でもないマリク自身が分かっている事だった。誰よりも一番、自分が分かっている。そして。
「――互いに思いあってるのに…本当に報われないよね」
そして、彼も嫌になるくらいにその事を理解していた。


こころは結ばれていた。互いに想いあっていた。けれどもその先に進む事は許されなかった。だから閉じ込めた。必死になって想いを閉じ込めた。その代償が今あるこの行為だった。


こんな事をしてもどうにもならないのは分かっている。
「…ああっ!…あああっ……」
それでも禁忌の扉を開かずにはいられなかった。どうしてもこの扉を。
「――ほら、マリク。もっと飲みこめよ、俺を」
そうやって自分を少しずつ壊して歪めて、そして虚しさだけを残しても。
「…ああ…あぁぁ…マルス様―――っ!!」
それでもこの刹那の幻夢を得る為ならば。


『マリク、僕は』
その先は言わないでください。どうか言わないでください。
『…僕は英雄になるよりも…世界を救う事よりも…本当は…』
言わないで。言ってしまったら、僕は。僕はその言葉を否定出来なくなるから。


ただ好きなだけで、いられたらそれだけでよかったのに。どうしてそれすらも、許されなかったの?


「やっぱりその名前、呼ぶんだな。俺が変身しなくても」


チェイニーの問いかけにマリクは答える事が出来なかった。彼自身を求めようとしても、やっぱり結果は何も変わらず。何も変わらず刹那の快楽と、終わる事の無い虚しさだけが自分に与えられるだけだった。