Regret



――――神様、赦して。ずるい僕らを、赦してください。


空が薄い紫色に変わって、もうすぐ夜が明ける。明るい朝が来て、僕らの罪を暴いてしまう。暖かい日差しが、僕らを傷つける。
「…マルス様…もう…戻らないと……」
汗で濡れた身体に残る熱は、まだ。まだ火照ったままで。消そうとしても、決して消えない跡と、体温を残してゆく。
「いやだ、マリク。まだ…まだこうしていたい」
きつく抱きしめられて、ふわりと広がる情交の残り香が包みこんでゆく。この薫りに包まれて、全てを。全てを捨ててしまえたらと、思った。―――それが決して叶わないことだと分かっていても。
「駄目ですよ、マルス様。もうすぐ夜が明けてしまいます」
見つめてくる瞳の強さが瞼を震えさせた。消そうとしても消せない残り火が、身体の芯から疼いてくる。
「そんなの関係ない。僕はマリク…今、君といたいんだ」
髪を、撫でられた。その指先は逞しいものに変化している。繰り返された戦いの日々が、この指を少年のものから大人のものへと変化させている。あの頃の何も知らなかった無邪気な時間とは、違うものへと。
「…マルス様……」
引き寄せられ、奪われる唇の熱さに目眩を覚える。このまま溶けてしまいたいと、湧き上がってくる欲望を止められなかった。もう、止められなかった。


――――どうして、この手を離せないの?どうして、こうして確かめ合いたいと願うの?


綺麗な未来がここにあるはずなのに、それでもこうして自ら染みを作るのは。黒くて消えない、どうやっても消せない染みを作ってゆくのは。完璧な未来に傷をつけてゆくのは、どうして。


目を閉じれば光は遮れる。シーツの海に埋もれてしまえば、太陽に晒させることはない。それでも、こうして犯している罪は消えない。決して、消える事はない。
「…ふっ…んっ…はぁ…っ……」
薄く唇を開いて、その舌を迎え入れる。生き物のように忍び込んでくるソレは、すぐに燻っていた快楽に火を灯した。こうなったら、もう。もう止めることは出来ない。後はただ与えられる刺激に溺れる事だけ。溺れて、流されてゆくだけ。
「…んんっ…ふぅっん…ぁっ……」
飲み切れない唾液が顎を伝う。それを舐め取る舌の感触にすら震えた。身体が、心が、震えた。
「…マリク…好きだよ…マリク……」
変わらない声が降ってくる。ずっと、その言葉を告げる声だけは変わらなかった。子供の頃からずっと真っすぐに。痛いくらいに真っすぐだから、何時も。何時も胸が抉られるように痛かった。ほら、今も痛い。今も、痛いよ。
「…マルス…様……」
快楽のせいで滲む視界の中で、必死にその顔を見つめた。見つめればもっと。もっと痛くて苦しくなると分かっているのに。分かっているのに、こうして貴方を見つめて。
「…僕も…好きです…貴方だけが……」
降り積もってゆく罪はどちらのせいだろうか?こうして少しずつ重なってゆく罪は。何時しか溢れてふたりを飲み込むかもしれないのに。
「―――マリク……」
柔らかく微笑う貴方の顔を瞼の裏に焼き付けて、目を閉じた。後はもう。もう与えられる刺激を追う事しか、出来なかった。


神様、赦して。僕らの罪を、赦してください。
どうしても。どうしても、離れられない。
ふたりが結んだ絆があまりにも強すぎて解けない。

―――きつく結ばれてしまった結び目を…解く事が出来ない……

大人になったら、自然と解かれるものだと思っていた。
子供故の好奇心だと思っていた。子供だから赦されるんだと思っていた。
でもどうやっても解けなくて。どうやっても、切り離せなくて。


友情と、主従と、愛情と。その全てがごちゃごちゃに混じり合って、これが何なのか、もう。もう僕らには分からない…。


胸の果実を口に含まれ、舌で転がされる。その刺激に耐えきれずに甘い声が零れた。そのまま空いた方の突起も指で摘ままれ、擦りあわされる。敏感になっている肌は、それだけでもう耐えきれなくなっていた。
「…あぁっ…んっ…はっ…ぁぁ……」
さっきまであんなに抱き合ったのに、まだ。まだ、欲望が湧き上がってくる。貴方を求めて、貴方が欲しくて、熱が芯から駆け巡る。
「…マル…ス…様っ…あぁ…やぁっ…んっ……」
首を左右に振って否定しても、身体は正直だった。与えられる刺激を逃さないようにと、浅ましく揺れる腰は。無意識に誘うように濡れた瞳は。
「―――あっ!」
手が、触れる。愛撫のせいで、形を変化させた自身に触れる。既にどくどくと脈を打つソレに。
「さっき出したばかりなのに、もうこんなになっている」
「…そ、…そんな事…言わないでくださいっ……」
わざと羞恥を煽るように囁かれる言葉。それにすら浅ましい身体は反応をする。手の中のソレが大きくなってゆくのが自分でも分かるほどに。
「そんなに僕が欲しいの?マリク」
撫でられ、先端に爪を立てられる。その刺激のせいで鈴口からは先走りの雫が零れてきた。このままその手の中で果ててしまいそうになる程、囁かれる言葉に反応をよこして。
「…欲しい…欲しいです…貴方がっ……」
言葉を止める事は出来ない。止めても意味がない。疼いて、はけ口を求めて揺れる身体を貴方が組み敷いている以上。
「―――僕も欲しいよ。ずっとマリクだけが……」
まださっき出した精液が残ったままの器官に、貴方の楔が埋められる。濡れたソコはスムーズに肉棒を受け入れた。
「…あああっ…ああんっ…あっあっ…!」
繋がった個所が熱い。擦れあう摩擦から広がる熱が。全身を飲み込んで、何もかも考えられなくなって。意識の全てを飛ばしてゆく。何もかも、を。


――――全身が、性感帯になって反応する。貴方と名のつくもの全てに、溺れる。


繋がった個所から零れるのは濡れた音と、肉がぶつかりあう摩擦だけ。それだけが、室内を埋めてゆく。
「…あああっ…マルス様…マルス…様っ…あぁっ!」
太陽の光が、ふたりの罪を暴いてゆく。眩しい光が、隠微な背徳を曝け出してゆく。それでも。それでも、止められない。止める事が、出来ない。
「…マリク…マリク……っ」
湧き上がる欲望がまるで永遠だと思わせるほど、キリがないんだと思い知らされるほど。身体を重ねる事を、とめられない。繋がり合うことを、やめられない。
「―――ああああっ!!!」
どうして。どうして、僕らは。僕らはこんなにも。こんなにも、互いを貪り合わずにはいられないの?



――――神様、赦して。僕らの罪を、赦してください。


僕らの弱さとずるさが、何時か誰かを傷つけるだろう。それでも、離れられなかった。離れる事が、出来なかった。