夢見る頃を過ぎても



瞼を閉じて浮かぶ光景は、ただひたすらに優しいもので。優しくて暖かくて、そして。そしてとても懐かしい、夢のような日々。


―――――絡めた指先があまりにも儚くて、これが夢ではないかと不安になってきつく。きつく、握り締めた。


シーツの上に広がる一面の蒼にそっと触れれば、柔らかい笑みとともにその細い指先が僕の頬に触れた。消えてしまいそうなほどに細くて白いその指先が。
「…エリス様…僕……」
こんな時に上手い言葉が浮かんでこなくて、ただ貴女の綺麗な顔を見つめるしか出来なかった。やっとの思いで戸惑いながら名前を呼べば、僕のよく知っている何時もの優しい微笑みが返ってきた。
「…マリク…もうエリス『様』は止めて……」
「あっ、ご、ごめんなさい…つい…」
こんな時になってもあの頃のまま、子供のままの僕に貴女はそっと指を絡めてくる。この瞬間になって初めて。初めて僕は気が付いた。貴女の指が僕と同じように、少しだけ震えていた事に。そして。
「…私達一緒よ…同じよ……」
そして柔らかい胸のふくらみに指を導かれ、そのまま重ね合わせる。手のひらから伝わる胸の鼓動は、僕と同じだった。同じように高なって、緊張していて。
「…本当だ…同じだ…」
「ふふ、同じでしょ?」
まるで幼い子供のような顔で告げる貴女の顔を見ていたら、不思議と緊張が消えた。そうだ思い返せばずっとこんな風に、少しだけ前を進む貴女は時々子供のような表情を見せて、僕と同じ位置まで戻って来てくれる。こうして同じ場所に。
「僕達は同じだね、エリス」
「ええ、ずっと…ずっと私達そうして来た…これからも、そうでしょう?」
貴女の言葉に僕はもう迷いはなかった。見つめて、見つめあって微笑んで、そして。そして、キスをした。これからのふたりの未来の為にキスをした。


子供のころの記憶はただひたすらに優しいものだった。僕とマルス様と貴女と三人で何時も。何時も微笑いあっていた。暖かい光の中で、綺麗な蒼い空の下で。鮮やかに萌える緑の下で、綺麗な未来だけを描いて、夢だけを見て生きていた。夢だけを信じて生きてきた。
『マルス様、エリス様、見てください。虹ですっ!』
大人になる事は何でも出来るようになる事だと信じていられた頃。大人になればどんな事でも叶うんだって夢見ていられた頃。
『まあ本当…綺麗ね』
『凄い綺麗だね。姉上、マリクっ!』
不思議と今でもこうして目を閉じて浮かぶ光景はあの頃の優しい光の中で。暖かく穏やかな夢のままで。

―――――夢から醒めても。大人になっても、浮かんでくるものはあの優しい時間。

大人になって夢だけでは生きてゆけないと知っても。どうやっても叶わない事があると理解しても。願いだけでは強くなれないんだと分かっても。それでも、こうして瞼を閉じて浮かぶものは変わらない。変わらないのは、きっと。きっと僕にとって貴女はそういう存在だからなのだろう。


夢見る頃を過ぎても、変わらないものがあるとするならば。それは貴女を好きだという気持ちだから。


「…あっ…マリっ……」
布越しに触れた胸のふくらみはそれだけで指先に熱を伝えた。そのまま柔らかく揉みほぐせば、組み敷いた身体がもどかしげに震えた。
「…好きでした…ずっと…貴女だけを……」
囁く言葉に答える代りに背中に廻した腕に力を込めてくれる貴女が愛しい。愛しくて、そして愛している。ずっと、ずっと貴女だけを。
「…ふっ…ぁっ……」
綺麗な白い喉元に唇を落としながら、衣服を脱がしてゆく。慣れていないせいで上手く出来ずにもたついたら貴女はそっと僕の髪を撫でてくれた。それは子供の頃からずっと変わらずに貴女が僕にしてくれた事。僕が失敗した時や上手く出来なかった時に、貴女が大丈夫よという言葉はともにしてくれた事。
「…あぁっ…マリクっ…ああんっ!」
剥き出しになった乳房をそのまま口に含んだ。舌先で乳首を転がせば、零れてくるのは甘い喘ぎ。その声に僕の下半身も熱くなってゆく。
「…ああんっ…あんっ…ぁぁ……」
空いた方の胸を掴みそのまま揉みしだく。同時に口に含んでいた乳首に吸いついた。そうすれば口の中の胸の果実は痛い程に張りつめてゆくのが舌先に伝わってきた。その反応を確認して僕は胸を弄っていた手を止めて、ゆっくりと下腹部へと指先を滑らせていった。
「…マリ…ク…マリク…はぁっ…ぁ……」
僕が触れるたびにその個所がさぁっと朱に染まってゆく。それはどんなものよりも綺麗だと思った。綺麗過ぎて僕が触れていいのかと戸惑う程に。けれどもそんな朱を作っているのが僕の指先だと思うと、それだけで興奮した。僕の手が貴女を綺麗にしてゆくのだとそう思ったら。
「…エリス…凄く…綺麗…僕の……」
「…ええ…マリク…私は…貴方の……」
貴女に触れていない個所などないように、僕は全身に指を這わした。貴女の全てをこの指先に刻むために。貴女の全てを僕に刻むために。胸に触れ、脇腹を辿り、脚の付け根を愛撫する。柔らかい肉の感触を確かめ、そのまま。そのまま茂みの奥に指を忍ばせた。
「――――っ!」
誰も触れた事無いであろうその場所に指を挿れれば、その刺激にびくんっ!と身体が跳ねた。それはまるで水を跳ねる鮮魚のようだった。
「…凄い…濡れている……」
「…そ、そんな事…言わないで…マリク…あっ!」
初めて触れたソコはじわりと愛液で濡れていた。指がすぐに湿り、少し動かしただけでぴちゃりと音がする程に。その蜜に導かれるように僕の指は奥へ奥へと進んでゆく。
「…ああんっ!…やぁっ…ソコは…っ…あぁんっ」
未知の刺激が貴女の綺麗な長い髪を揺らす。白いシーツに広がる蒼い波はまるで海のようだった。その海の中に貴女の白い肢体が跳ねる。びくん、びくん、と。それはひどく綺麗で。綺麗過ぎて。
「…エリス…エリス…僕の…僕だけの……」
こんなに綺麗な貴女は僕だけのものになる。僕だけの貴女になる。それはどんな夢よりも、描いていた未来よりも、何よりも綺麗で何よりも儚くて―――――何よりも美しくて……
「…マリク…来て…私達…ひとつに……」
「――――うん…ひとつになろう…僕の…エリス……」
子供の時間が終わっても、夢だけを見て生きられなくなっても、それでも。それでも変わらないものがある。変わる事のないものがある。それは今ここに。ここにあるもの。ここに在る想い。貴女と僕が、ふたりで築き上げてきたもの。ふたりでそっと、積み重ねてきたもの。そっとふたりで、作り上げてきた時間。


――――繋がった瞬間、僕は泣きたくなったんだ。可笑しいね、子供みたいに泣きたくなったんだ。


初めはただ。ただそばにいられればよかった。僕とマルス様と貴女の三人で、ずっといられればよかった。それだけで良かったのに。
気付けば少しだけ前を歩く貴女の後を必死になって追いかけていた。追いかけて追いかけて、追い付きたくて。貴女の隣に立ちたかったから、貴女から離れようと思った。貴女の隣に立てるだけの力を得るために、貴女を護るだけの力を手に入れるために。
『マリク、マリクっ!』
腕の中で子供のように泣きじゃくる貴女。僕の腕の中にすっぽりと収まった貴女。その身体は華奢で、僕が強く抱きしめたら壊れてしまいそうなほどに脆くて。
『怖かったの…ガーネフが…マリク…マリク…っ…』
何時の間に貴女はこんなに小さくなっていたのか?ううん違う僕が大きくなっていたんだ。僕の背が高くなって貴女を追い越して、僕の力が強くなって貴女を抱きしめて。けれども、それでもやっぱり僕を見上げてくる貴女の瞳は。その蒼い瞳は、ずっと。ずっと、僕が手を伸ばして触れたかったものなんだ。


――――その瞬間に気が付いた。初めから僕たちの間には距離なんてなかったのだと。


繋がった個所から生温かい液体が零れてくる。それが破瓜の為の鮮血だと気付いても行為を止める事は出来なかった。
「あああっ…ああああっ!!」
悲鳴とも快楽ともどちらともつかない声がその唇から零れてくる。けれどももう。もう僕は動きを止められない。細い腰を掴み、ただ夢中になって身を進めた。その身体を貪った。きつく締め付けてくる器官の刺激に耐え切れずに射精をするまで。
「――――あああっ!!」
どくどくと体内に液体を注ぎ込む振動が伝わってくる。けれども頭は真っ白になって、もう何も。何も考えられなくなっていた。貴女の蒼い瞳以外には、もう何も…。


そっと触れる指先のぬくもりを感じて、初めて気が付いた。
「…マリク…こんな時も私達は同じね……」
僕が泣いていた事に。子供のように泣いていた事に。そして。
「…同じだね…エリス…同じだね…僕たち……」
そして貴女の蒼い瞳にも同じように、雫が溢れていた事に。
「…おんなじ…だね……」
そしてふたりは重なるように同じ言葉を告げた。


――――夢見る頃を過ぎても、変わらないものがある。ふたり、変わらないものがある。それはこの想い。この気持ち。この優しくて暖かい大切な想い。