溺れる魚




―――――この海に溺れて、そして消えてなくなってしまえたならば……


優しくて、優しすぎて。そして真っ直ぐだから。ほんの少しでもその視線が逸らされたならば、少しでもその視線が俯いてくれれば私はこんなにも苦しくはなかった。
「貴女が好きです、パオラ殿」
まるで鏡のように私を映しだす双眸が、曇り一つなく真っ直ぐだったから。透明なほど綺麗だったから。だから、私は真っ直ぐにその瞳を見つめられなかった。
「俺はそれを伝えられればそれだけでいい」
貴方の瞳に映る私はその瞳に映すだけの価値はない。貴方の想いに付け込み、自分自身を護る事しか出来ない私は。壊れた心を優しさで埋めようとする私は。けれども。
「貴女が誰を見ていても、誰を好きでも…俺は……」
それでもそんな私を貴方は包み込む。どうしようもなく卑怯な私の全てをその腕が包み込む。それは何よりも誰よりも優しい腕で。そして何よりも苦しい場所だった。


――――俺の望みはただひとつ。ただひとつ。貴女の笑顔だけだ。


指を絡めたら少しだけ戸惑って、そして哀しげに貴女は微笑んだ。その笑顔がどうしようもなく切なくて耐え切れずに抱きしめたら、一瞬だけ身体を震わせて。震わせて静かに背中に腕を廻した。
「…パオラ殿、俺は……」
「―――ごめんなさいクリスさん。私は貴方に何も返せてはいない」
「謝らないでください。俺が勝手に…勝手に貴女のそばにいるだけだから」
腕の中に閉じ込めた身体はとても小さく思えた。俺の腕の中に全てを閉じ込めてしまえるような。けれどもそれは出来ない。出来ない、貴女の心は少しずつ染み出してゆく。それを全て掬いあげる事は、俺には出来ない。
「貴方はこんなにも優しいのに…こんなにも私のそばにいてくれるのに…私は……」
見上げて、見つめてくる瞳は何時も伏し目がちだった。それが耐え切れなくて真っ直ぐに視線を合わせたら一瞬驚いたようにその瞳が見開かれた。
「…クリス…さん……」
「クリスでいいです。俺の事はそう呼んでください」
「ならば私もパオラとそう呼んで」
見開かれたまま逸らされない視線に俺の心の奥が熱くなった。まるで喉の奥が焼かれるようなそんな熱さが込み上げてくる。込み上げて、そして。
「…パ…オラ……」
そして激しい熱に呑み込まれた瞬間、俺の唇は塞がれた。その熱が溢れだす場所を捜しあてたように。


その瞳に映し出された憐れな女の姿を初めて私は真っ直ぐに見つめた。その顔は苦しげでけれども何処か。何処かしあわせに見えた、から。


本当はもっとずっと前からこの腕を求めていたのかもしれない。もっとずっと前から惹かれていたのかもしれない。けれどもその想いが私の全てではない以上答える事は罪悪感でしかなかった。何の翳りも曇りもなく真っ直ぐに剥き出しの心を向けてくれる貴方の想いに答える事は。

同じでなければいけないと思った。同じ想いで答えられないのならば、受け入れて入れないと。

けれどもどうしても消す事の出来ない想いがあっても、それでもそれ以上に貴方が私を求めてくれるのならば。全てを答えられなくても、それでもこの腕を心の何処かで望んでいる私がいるのならば。
「…パオ…ラ…パオ……」
「…んっ…ふっ…はぁっ…ぁっ……」
重ね合う唇、絡み合う舌。湧きあがる熱を止める術を知らずに、ただ。ただ貪り合った。貪り合って熱を分け合えば込み上げてくるものがある。込み上げて、そして溢れてくるものがある。
「…クリ…ス…私を……」
「パオラ…俺は…貴女が……」
それが愛なのかもっと別のものなのかは分からない。けれども今。今この瞬間私は貴方を求めた。雄としての貴方が欲しいと思った。それは。それはいけないことなの?
「…貴女が…欲しい…貴女だけが……」
忘れたいとか忘れさせてほしいとか、そんな事ではなかった。ただこの腕の中にいたいと思った。今はもう、それだけだった。


こくりと小さく頷く貴女の髪に指を絡めて、そのまま衣服を脱がした。零れるほどの胸に顔を埋めればほのかな甘い香りがする。その匂いに包まれながら、乳房を掴んだ。手のひらでは収まりきらないほどの大きな胸を。
「…あぁっ…ぁぁんっ……」
零れ甘い喘ぎに誘われるように俺はその乳首にむしゃぶりついた。そのたびに手のひらで包み込んだもう一方の胸が激しく波を打つ。その感触に俺は自分の中心が熱くなってゆくのを止められなかった。
「…クリ…ス…クリスっ…あぁぁっ……」
濡れた唇から零れる喘ぎは胸の薫りのように甘く、官能的な調べだった。その声に俺は狂わされてゆくのを止められない。止められ、ない。
「…あぁんっ…やぁんっ…クリスっ…あああんっ……」
白い肌が朱に染まってゆく。その色を作っているのが自分の指だという事が、何よりも俺を興奮させる。俺が貴女を淫らに紅く染めているという事が。
「…パオラ…パオラ…好きだ…好きだ…貴女だけが……」
「―――っ!ああっ!!」
脚を開かせて茂みを掻き分け一番深い場所に触れた。そこは既に蜜を滴らせ俺の指を淫らに誘っていた。
「…ああっ…やぁんっ…そんな…そんな…掻き回さない…でっ……」
くちゅくちゅと濡れた音がする。指を掻き回すたびにそこから甘い蜜が溢れてくる。その雫に誘われるように俺は何度も何度もソコを指で掻き廻した。そのたびに媚肉が指を締め付け、ひくひくと切なげに蠢くのが分かる。
「…掻き回さないでっ…もぉっ…もぉっ……」
がくがくと小刻みに揺れる脚が湧き上がる快感を伝えていた。乱れる髪が、零れる汗が、朱に染まった肢体が、その全てが伝える。湧き上がる快楽と、そしてそれ以上の激しさを求めているのだと。
「俺も限界です。貴女が欲しいってコレが言っています。貴女の中に入りたいって」
「―――!!」
指を引き抜きその入り口に俺自身を宛がった。限界まで膨れ上がりどくどくと脈打つソレを。宛がった瞬間にびくりと身体を震わせて竦み上がったが、今は。今はその楔を求めるように入り口は震えながら蠢いている。
「入れて、いいですか?貴女の中にコレを…入れさせてください……」
耳元で囁いた問いかけに貴女は瞼を上げて俺を見つめて、そしてひとつ小さく頷いた。


―――――溺れて、溺れて、溺れて。そして何もかもが貴女に塞がれて。塞がられたら、私はもう淋しくないのかな?


息も出来なくなるほどの巨きな楔が私の中に挿ってくる。狭い入り口を引き裂くように中へ、中へと。
「あああっ!!!ああああっ!!!」
髪を振り乱して喘いだ。声を押し殺すことなく喘いだ。感じたまま、その全てを吐き出した。
「…パオラ…パオラ…貴女の中は…熱くて…キツくて…俺は…俺は……」
「あああんっ!!あああんっ…もっと…もっと…奥まで…奥まで…あああんっ!!」
腰を掴まれ乱暴なほど激しく揺さぶられる。決して巧いとは言えない行為だった。けれども感じた。何よりも感じた。どうしようもなく雌の部分が感じた。
「…あああんっ…ああんっ…あんあんっ!!もぉっ…もぉっ……」
「―――出して…いいですか?貴女の中に…出して……」
「…いいっ…いい…出して…私の中に…出し―――っ!ああああああっ!!!!」
注がれる。熱いモノが注がれる。奥まで、注がれる。その熱が私の全てを満たして溢れさせた――――


――――貴方に溺れて、この腕の中に溺れて。そして消えてしまえたならば。


貴方を好きなのだと思った。今この瞬間に私は気がついた。貴方を好きなのだと。消せない想いは永遠でも、それでも貴方を好きなのだと。全てを剥き出しに捧げる愛とは違う。けれども私の心に生まれた想いがある。その意味を私は目を逸らす事は出来なかった。


指を、絡める。きつく結びあう。解けないようにと、解かれないようにと。決して解きはしないと。
「…好きです…パオラ…貴女だけが……」
決して離しはしないと。離さないのだと。この指先を。この想いを、そして貴女を。


「…ありがとう…クリス…私も…私も…好きよ…貴方が好きよ……」