運命の輪



――――君を、護る事。それが私の生きる全て。

ただ独りのかけがえのない命。
その命をこの手で護る事が。
君を護る事が、それが全て。

君がこの地上で生きて、微笑ってくれればそれだけでいい。

「…ニーナ…」
幼い私に全てを失った私に、貴方だけが手を差し伸べてくれた。
「アカネイアの王女。ただ独りの」
全てを惨殺され、全てを失った。それは貴方がした事。それでも。それでも、私は。
「ただ独りの、正当なる王女」
それでも私は貴方に恋を、したの。許されない恋をした。
「…ただ独りの……」
―――貴方に、恋をしたの。

綺麗な金色の髪も。優しい瞳も。
包み込んでくれる大きな手も。
その全てが。その全てを、愛していたから。
貴方だけを愛していたから。

だから私は、貴方に生きていてほしかったの。

「どうして私は王女なのですか?」
瞳に涙を浮かべながら、君はそれだけを私に告げる。その先の言葉を君は閉じ込め、そして私は告げられない。
もしも君がアカネイアの王女でなかったら、君を今この腕に抱きしめる事が出来る。
でも君がアカネイアの王女でなかったら、君に出会う事も出来なかった。
―――どちらの方が、幸せなのか?
ただ独り。ただ独り、この世で愛した女に出会えた事は幸せか?
それでも出会わなければ、こんな想いを知らなくて済んだ。
ただ愛していただけなのに。ただ愛しただけなのに。
「君が生きなければ…この世は救われない…」
今こんなにも傍にいるのに。君に触れる事は許されない。

世界なんて滅びてしまってもいいと、そう思った。
父も母も国も何もかも忘れて。忘れて今はそれだけを思った。
私がただ独り愛した人。この世で、ただ独り。
―――どうしてなのですか?
どうしてただ好きなだけなのに許されないのですか?
どうして神様は私という人間に平凡な運命を与えてくれなかったのですか?
私は何も欲しくは無い。何も、いらない。
ただ。ただ貴方の傍にいたかっただけ。貴方を愛したかっただけ。

「貴方のいない世界なんて…私にはいらないっ……」

いらない。いらない。
貴方が生きていないこの世界なんて。
貴方がいないこの世界なんて。
私は、私はいらない。

「ニーナ…君はアカネイアの王女で…そして私はグルニアの騎士だ。それは逃れられない運命なんだ」

運命から、逃れる。それはひどく魅惑的な言葉だ。
このまま手を取り合って全てから逃げる事。
君と誰も知らない場所でふたりだけで生きてゆく事。
でもそれは、許されはしない。
―――世界が、私達を許さない。

「いやですっ!貴方のいない世界になんの意味があるというのですかっ?!」
何も、ない。何もないわ。私は空っぽになってしまう。貴方のいない世界なんて、一体何が残ると言うの?
「マルス王子がいる…君を救い出した人間がいる…君に生きて欲しいと願っている人間達が…君は彼らの為に生きなければならない…」
私がアカネイアの王女だから。この世界を救う事が出来るただ独りの王女だから?だから生きなければならないと言うの?
貴方への想いを止める事が出来ないのに。貴方を愛しているのに。それなのに、私に生きる道を選べと言うの?
「では…私は…私は世界の為に『自分』を捨てろと…貴方は言うのですか?…」

私は残酷な言葉を君に告げているのかもしれない。
それでも。それでも私は。
私は君に生きていて欲しいから。
どんな理由であろうとも生きてさえはいれば。
生きてさえいれば幸せを見つけることが出来る。
こころの傷は時間が癒してくれる。
だからこそ。
だからこそ、私は君に生きていて欲しい。

…君に…笑って…欲しい……。

「―――生きろ、ニーナ…それが私の全てだ…」
「…カミュ……」
「君に生きていて欲しい。それだけが私を騎士としての誇りだ」
「…騎士として…貴方は…最期まで……」
「君の命を護った事…それが私の誇りだ…そして」

「…君を…護った事…それが男としての…誇りだ……」

君を、愛した事。
それが騎士として生きる私の最大の汚点。
君を、愛する事。
それが人間として生きる私の最大の喜び。

「…生きてくれ…ニーナ…私は誰よりも君の幸せを願っている」
「―――カミュ……」
「私が生きた意味が君の命だから」
「……でも……」
「君が生きる事が私の全てだから」
「…でも…カミュ…」

「…それならば…私の全ては何処にゆけばいいのですか?……」

貴方を愛した私の全ては。
その全ては何処に行けばいいの?
何処にも行けずに立ち止まってしまった私の想いは。
ねえ、どうしたらいいのですか?

どうしたら、いいの?

「…さよなら…ニーナ……」
一度だけ、ただ一度だけその身体を抱きしめた。震える君の身体を抱きしめた。
「……さよなら……」
君の身体が腕の中で崩れてゆく。泣きじゃくる、子供のように。初めてふたりが出会ったあの時のように。
でも今腕の中の君は、あの頃の君じゃない。指の形が変わって、髪が伸びて。そして、そして何よりも君は『女』になっていた。
――――私が愛したただひとりの、女に。

貴方の全てが、私が生きる事ならば。
それならば私は、それしか道がない。
貴方がそれを望むのなら。
私は生きていくことしか出来ない。
でもそれは。
それは何て残酷な事なのですか?

「…カミュ…私は…貴方を………」

その先は、言わないでくれ。
言ってしまったら何もかもが壊れてしまうから。
私が護ってきた最期の砦と、理性と。
そして、生きる意味を。

「…さよなら…ニーナ……」

そして貴方の腕が離れてゆく。貴方の温もりが消えてゆく。
でも私は。私はこれから。
この腕と温もりの感触だけを頼りに生きて行かなければならない。
ただ独り。
ただ独りで、この冷たい大地で。
―――貴方のいない、世界で……。


運命の輪に弄ばれながら……。