花に、なりたい。
貴方の花に。
貴方だけに咲く、花になりたい。

貴方のこころに、咲き続ける花に。


「マルス…貴方に頼みたい事があります」
私にはもう何も。何一つ迷いはなかった。ただ自分の信じる道を、自分のこころのままに進むだけ。
それだけが、それだけが私の今持っている全て。
「―――ニーナ様……」
何も、いらない。私に課せられた運命も、私の持っているもの全て。何も、いらない。
私はただの『私自身』に戻って、全てを捨てる。
「アカネイアを…この世界を、頼みます……」
全てを、捨てる。今まで持っていたものも。アカネイアの王女としての立場も、この身体に流れる血を。私は、捨てる。
「…ニーナ様…ニーナ様はこれからどうされるのですか？…」
私はもう何も持っていない。この手には何もない。ただの一人の女になる。ただひとりの女になって、そして。
「…私は…愛に生きます……」
そして私は、貴方の愛だけに生きる。

空っぽになって。
何もかもを捨て去って。
そして。そして私を埋めるものが。
埋めるものが貴方への愛だけになったならば。
私はもう淋しくない。
貴方の事を考えている間は、淋しくない。

ひとを、愛する事。ただ貴方だけを、愛する事。
『生きてくれ、ニーナ』
生きていれさえいれば、幸せになれると貴方は言った。生きてさえいれば何時か傷は癒され、そして別のしあわせを掴むことも出来ると。
―――ええ、確かに私は幸せを掴んだわ。
貴方が生きているという確信と、貴方に再び出逢えた事。貴方を、再び愛せる事。
それがどんなに幸せな事か、生きていなければ分からなかった。
生きていたからこそ、貴方に再び巡り合えた。
幸せなの。私は今、幸せなの。
例え貴方が私の元を去っていっても、もしも私の他に帰る場所があろうとも。
貴方を愛する事が、出来るから。
自分を偽らなくてもいいから。自分の想いを閉じ込めなくてもいいから。
自分の気持ちに正直に生きる事が出来るから。
それがどんなに幸せな事か、貴方には分かりますか？カミュ……

だから私は、追い続ける。
貴方を捜し続ける。
例えもう二度と逢えくても。
それでも、捜し続ける。
でもそれは私にとって幸せなことなの。
幸せなの、貴方の事を考えられる事が。
貴方の事を愛していると想う事が。
それが何よりも幸せなの。

罪深き事をしたことは分かっている。
許されない事をしたと分かっている。
それでも。それでも、私は。
私はやっぱりただの『女』で。
ただ貴方を愛する事だけしか出来ない。
それ以外何も持っていない、ただの女なの。

愛しているわ、カミュ。
もしももう一度出逢えたならば、今度は。
今度は目を反らさずに、口を噤まずに。
伝え、たい。
伝えたい、貴方に。

―――貴方だけを、愛していると……


何故だろう、永遠の別れをこころで誓った筈のなのに。
私は。私はまた、君に逢えるとこころの中で思っている。
―――ニーナ…君にまた巡り合えると…。
私には帰るべき場所がある。帰るべき人がいる。それでも。
それでも私は君を愛している。
私は君を、愛している。

だから別れを告げた。
自分の気持ちを偽れないから。
君を傷つけた私の全てと。
そして、これから傷つける全てのひとに対して。
私は君への想いを止められない。
だからニーナ君から去ってゆく。そして。
そして私の帰りを待つ彼女にも…別れを告げる。

―――そして、私は独りになる。
私は何もかもを、捨てる。私が持っている全てを。
カミュという名も、ジークと言う名も…そしてシリウスと言う名も……。
何もかもを、捨ててただの独りの男になる。
ただ君を愛する事しか知らない『男』になる。

でも、もしも。
もしもニーナ…君に再び逢う事が出来るなら。
もう一度、君に逢えるなら…。
運命の輪がふたりを結び付けてくれるというのならば。
全てを捨てても、断ち切れない絆だったなら。
運命すらも、越える想いならば。その時は。
その時は私は迷わず君に告げる。

――――君だけを、愛していると……

私の、花。
ただ一輪の花。
大切に、大切にこころに咲き続ける。
たった一輪の、花。
それは永遠に枯れる事なく永遠に咲き続ける。
私の胸の中に、愛という名の花が。
永遠に、咲き続ける。

何故だろう、君にさよならを告げた筈なのに。
何故こんなにも幸せなのだろう。
君が生きている事が。君が私を愛していてくれたという事が。
こんなにも私を満たしている。
こんなにも私を幸福にする。
何もかも捨てた私のこころの中が、君と言う名の全てで埋まる。
それはどんなに幸せなことなのか…私は気付かなかった。

君を愛しているという事が、こんなにも幸せだという事を。


運命に弄ばれて。
そして運命に引き裂かれ。
何もかもをなくした、ふたり。
けれども。
けれども運命すらも越える絆と。
運命さえも消せなかった愛が。
その愛が何時しか、ふたりを結び付けるだろう。

だからもう何も。
なにも、こわく、ない。


愛する事、それが全てだから。

　

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