誓い



―――指を、絡めて。そして約束した事。

傍にいたかった。
貴方の傍にいたかった。
そして貴方を護りたかった。
貴方を傷つけるもの全てから。
貴方を壊すもの全てから。
僕は、僕は貴方を護りたかった。

けれども僕には貴方を護る力がなくて。
貴方の盾になる腕も、手も。
貴方の剣になる力も、知識も。
まだ何も手にいれてなかったから。
だから、僕は。
僕は貴方の傍にはいられない。
まだ、貴方の傍にはいられない。

―――貴方を…誰の手を借りずに…僕が護りたかったから。

その小さな誓いを胸に刻み僕は貴方の前を去っていった。
大切な人達から、去っていった。
それが正しいのか、間違っていたのか。
それは僕には分からない。
ただひとつだけ、分かっている事は。
僕は誰よりも貴方を愛してる事。
今僕が持っている全ては、それだけだった。

「…マリク…行ってしまうのですね…」
微笑う、貴方。その穏やかな笑みは何時もと変わらず。けれども微妙に違う、その笑み。
「さようなら、エリス様」
全てを懸けて護りたい人、それは貴方だけ。僕にとっての全ては貴方だけ。その流れる長い髪と、そこから香る優しい匂いが。僕にとっての全てだから。
「僕はもっともっと魔法の知識を身に付けたい。このままじゃただの中途半端な魔道士でしかないです…だから僕は……」
その先を口にしようとして、そして止めた。貴方の瞳がその先を拒んでいたから。けれども僕は伝えなくてはならない。僕の気持ちを、今の想いを。僕の全てを、貴方に。
「…だから僕は行きます…もっともっと強くなって…そしてマルス様の力になれるように、そして…」
―――そして、エリス様…貴方を護ることが出来るように……
でもそれはまだ口にしない。僕には口にする資格がないから。だから、まだ。まだ心の中に止めておく。心の中で、誓う。
「…淋しくなりますね…マリクがいなくなると……」
俯き加減で呟く一言に胸が締めつけられそうになる。どうしてこんなにも僕は無力なのだろうか?どうしてこんなにも。
もしも僕に力があったなら、貴方の傍を離れる事もないのに。貴方の盾に剣になれるのに。
「必ず帰ってきます、エリス様」
「…マリク……」
「僕は必ずエリス様の元へ帰ってきます…だから…だから…待っていてください……」
「……はい………」
それ以上何も言わずにただ。ただ貴方は僕を無言で見つめた。その瞳に微かに涙の雫を貯めながら。

…傍にいてほしいなんて…
声に出して、貴方に告げても。
告げたとしても。
それは私の我が侭でしかないから。
私一人の我が侭でしか。
貴方がマルスの為に強くなりたいという思いを。
その気持ちを私一人の我が侭で。
私だけの我が侭で。
止める事なんて出来ないから。
でも。でも、ね。
……やっぱり…淋しいの………

―――貴方が傍にいないのは、淋しいの。

貴方の声だけが、私にとっての全てでした。

どうして、傍にいなかったのか?
どうして貴方の傍にいなかったのか?
今更後悔しても遅過ぎるけど。
それでも。それでもと、思う。
どうして貴方のそばにいられなかったのか?
貴方が一番不安な時に。貴方が一番怯えている時に。
どうして僕は傍にいられなかったのだろう。
いや。いや本当は。

――――本当は僕は、逃げていた。

貴方から、逃げていた。
貴方を愛していたから、だから僕は。
僕は逃げていた。
これ以上貴方を好きになるのが怖かったから。
これ以上貴方を愛するのが。
もしもこれ以上貴方の傍にいたら、僕は。
僕はマルス様の親友でいる事すら出来なくなる。
この想いがいつしか、僕を潰して。
貴方を傷つけてしまうのではないかと言う恐怖。
だから僕は、逃げた。

それが結果的にもっと貴方を傷つける事になるとは気付かずに。

「…強い魔道士になって…マルスを護ってね……」
私にはそれを言うのが精一杯。私達から、私から去ってゆく貴方に向ける言葉は。それが、精一杯。
「はい、エリス様」
私は上手くこのセリフを言えたのだろうか?声は震えなかっただろうか?瞳は泣いていなかっただろうか?これから未来に向かって進む貴方の道を遮ったりはしなかっただろうか?
―――これから進む、貴方の綺麗な未来を。
「必ず、強い魔道士になって…そして帰って来ます」
何時とは、聴けない。だけども私は貴方のその言葉を信じる以外に道はない。貴方の言葉を。貴方の言葉だけを、信じるしか…。
「…マリク……」
けれども言葉だけでは、不安だから。言葉だけでは私は耐えきれないから。だから、たったひとつだけ。たったひとつだけ、私は貴方に縋る。
「エリス様」
震えないように気を付けながら、指を出した。そして貴方の指に絡める。ただひとつだけ、体温が触れ合う部分。貴方と私が、触れ合う部分。
「…約束…してください……」
ひとつだけ、約束をした。たったひとつだけ。その指先の温もりだけが、全てだと信じられるように。
「…はい…エリス様……」
全てだと、信じられるように。この指先の温もりだけが、ふたりの世界だと。

―――たったひとつだけ、約束をした………

「―――姉さんっ!!」
「マリアっ!!!」
「レナさんっ!!」
「…ニーナ……」

祭壇に掲げられた、シスター達。メディウスのイケニエ。その生気を血を吸い付くし、そして増大してゆく邪の気。その中にあのひとが、いる。
誰よりもなによりも護りたくて、なによりも大切なあのひとが。あのひとが…いる……。

ただひとつだけした、約束。
たったひとつだけ、指を絡めて約束した事。
帰って来ると…貴方の元へと帰って来ると……。

僕は、また何も出来ない無力な男なのか?
「エリス様!僕です。マリクです」
貴方を護りたくて、貴方の盾に剣になりたくて。その為だけに僕は…僕は…。
「どうか、目を覚まして下さい。あなたをお守りしたくて、一生懸命、魔道を学んできたのに…。僕は、また…あなたを守れなかった」
誰よりも貴方を護りたくて。誰よりも貴方を大切にしたくて。この手もこの腕も、全て。全て貴方の為に捧げているのに。
「あなたの側にいてあげられなかった。エリス様…お願いです。どうか…どうか、目を開いて下さい」
貴方の為に…僕は貴方の為に…エリス様…エリス様…僕は…僕は……。

声が、聴こえる。
真っ暗な闇の中で。遠くから。
遠くから声が、聴こえる。
降り積もる、声。
その声を私は知っている。私は…知っている…。
何よりも、聴きたかった声。
何よりも、欲しかった声。
―――貴方の、声…貴方の声なのですか?

約束。たったひとつだけした、約束。
だってたくさんしてしまったら。
何だか約束の重みが軽くなってしまう気がするから。
だから、ひとつだけ。
ひとつだけ、約束をしたの。
たったひとつだけ。

――――必ず、帰って来るって……

「マリク……?…ああー、マリク!」
これは、夢ではないのですね。今目の前にいる貴方は、夢ではないのですね。いいえ、夢でも幻でも構わない。今ここにいるのが貴方ならば。貴方ならば、それで構わない。
「助けて…ガーネフが…怖い…お願い、助けて!」
怖かった。怖かったの…どうしようもない程怖くて…だから貴方の名前を呼んでいた。約束だけを信じて貴方だけを。貴方だけを呼んでいた。
何時も、何時も。こころの中で呼びつづけるのは貴方の名前、だけ。
私は無我夢中で貴方に抱き付いた。幻でも夢でも構わない。私が呼びつづけた唯一の貴方に。

他に、何もいらない。
貴方がそばにいてくれるのなら。
何も、何も、いらないから。

「エリス様!よかった。気がついたのですね」
夢、じゃない。抱き付いてくる腕も震える細い肩も。全部、夢じゃない。僕の…僕が唯一愛した貴方。誰よりも大切な貴方。
「もう、大丈夫です。僕は、ここにいますから」
必死にまるで宝物を護るかのように抱き付いてくる貴方が愛しくて…どうしようない程に愛しくて、そして愛している。
――――誰よりも貴方を、愛している。
「あ…でもマルス様が…みんなも見ているから、そんなに…。困ったな」
子供のように泣きじゃくりながら、僕から離れない貴方。本当に子供のようで。そんな貴方を誰よりも大切だと思いながらやっぱり少しだけ廻りが気になってしまう。
マルス様が僕を見て笑っているのに気が付いたから。そして、そして一言ぼそりと言う。
「よかったね、マリク」
―――と。

『帰ってきてくださいね…何時か…』
『約束します、エリス様』
『その言葉を信じて…私はずっと待っています…』
『エリス様』
『…ずっと…待っています……』

「エリス様、もう僕は、二度とお側を離れません」
もう一度、指を絡めた。もう一度、約束をした。
「例えどのような事があろうとも…いいですよね」
そして、心の中で誓う。貴方と盾となり剣となる事を。貴方の為だけに生きてゆく事を。
「…マリク……」
まだ濡れたままで僕を見つめる瞳。けれどもその瞳には、一切の恐怖は消えていた。そして。そしてその瞳に映るのは、僕だけ。
「…はい…もう二度と……」
指を、絡めて約束をする。もう二度と、離れないと。
「…二度と…離れないで……」

約束をした。
たったひとつ約束をした。
私の元へと帰って来てくれた貴方と。
貴方と未来を描くために。
約束を、した。
でも、もうその約束はたったひとつの縋るものじゃない。
たったひとつの信じるものじゃない。
だってこれからは。
これからはずっと。ずっと貴方は傍にいてくれるのだから。

だからもう、何も。何も、怖くは、ない。

「エリス様」
「…マリク…」
「帰りましょう、一緒に」
「…はい…」
「アリティアへ、帰りましょう」
「貴方となら、何処へでもゆくわ」
「一緒に、未来を」
「…未来を…」
「作ってゆきましょう、エリス様」
「…はい……」

「…はい…マリク……」

貴方の綺麗な瞳を見つめながら、僕は誓う。
貴方を一生懸けて護ってゆくと。
貴方だけを、永遠に。
僕の全てを懸けて、護ってゆくと。

それが貴方への、永遠の誓い。