頭上から微かに雫が零れてくる。まるで霧のような雨は、柔らかく身体を濡らしてゆく。それがひどく、似ているような気がしたからしばらく傘もささずにその雨に打たれていた。
「―――レイヴァンっ!!」
柔らかく濡れた静寂を突き破る声に、レイヴァンは軽いため息とともに振り返った。そこには予想通りの笑顔があった。能天気とも思える、無邪気な笑顔が。
「傘も差さないで…濡れるじゃないかよっ!」
こんな時喜怒哀楽の激しい人間は感情が分かりやすくて楽でいい。自分なんて目の前の相手に言わせれば、怖い顔と恐ろしく壊顔の二種類しかないのだから。
「何だよ、ほらっ」
持っていた傘を差し出すのがいいのが、傘が一本しかなければ必然的に差し出した自分が濡れる事になる。けれどもそんな事すら考えていないようで、迷うことなく傘を差しだしてくる。馬鹿なのか優しいのか紙一重な所だ。
「ウィル」
「何だよ、使えよ。濡れるだろ?」
「それを使ったらお前が濡れるだろう」
「いーんだよ、俺は。昔から風邪だけは引かない丈夫な身体だし」
―――馬鹿は風邪引かないと言うしな…そう言いかけて寸での所で止めた。流石に自分に一応気を使ってくれている相手にそれは失礼だろう。自分は『失言大将』ではないのだから。
「俺はいい。お前が使え」
「何それっ、俺の愛を否定するのか?」
「―――待て、何でそれが『愛』なんだ?」
「濡れている恋人の為に自らの傘を差し出すなんて、滅茶苦茶愛じゃないかっ!」
流石だ、失言大将。あっさりと『恋人』なんて言葉を使ってくる。本気でこの男には悪気も羞恥心もないのだからたちが悪い。天然とはある意味最強なのだろう。
「だから使えよ、レイヴァン。なっ」
にこにこと笑いながら、傘を押しつける。このまま拒否してもこいつには意味がないだろう。仕方なく傘を受け取ると、頭上にそれを掲げた。傘からぽたりぽたりと小さな水滴の音がする。その音に少しだけ耳を傾けてから、目の前の相手に視線を向けた。
「うんうん、俺の愛を受け取ってくれたか」
こくこくと頷きながら満足げな表情を浮かべる。何が愛なんだと思いつつも、その能天気さは逆に羨ましかった。こんな毎日がホジティブシンキングならば、生きていくのが楽しくて仕方ないだろう。
「どーした?レイヴァン?あ、俺に見惚れていた?」
その言葉に呆れて言い返す言葉も浮かんでこなかった。けれどもその明るさと前向きさに自分が救われているのも事実だから。
「―――ああ」
深刻に悩む事も目の前の相手がいれば、ひどく簡単な事のように思えるのも。消したくても消えない傷も、目の前の相手の笑顔があればいとも簡単に忘れてしまえるのも。
「見惚れていた」
何時もどんな時でも、その笑顔が零れてくる闇を打ち消してくれる。染み出してくる暗闇を消し去ってくれる。
「…わっ…えっ…ええっ?!」
「何で驚く?」
「だってお前からそんな言葉が聴けるなんて…わーどうしようっ!!」
自分から言い抱いた癖に――――しょうがないと思いつつも、無意識に口許に笑みを浮かべている自分に気付いたら…そんな感情すら消えていった。
突然降り出した雨は、ひどく優しくて。まるで包み込むように自分を濡らしてゆくから。何だかお前みたいに思えて…このまましばらく…降り注がれていたいと思ったから。
「本当にお前は…こいよ…濡れるだろう?」
「…あ……」
少しだけ冷えた身体のお陰で自らの頬の熱が気にならなかった。そのまま傘を差し出し狭い空間に二人で入った。降り注ぐ雨はもう自分には降りてこないけれど、けれどもそれ以上に。それ以上に目の前の相手のぬくもりを感じたかったから。暖かいその日だまりのようなぬくもりを。
「――――にわか雨のせいで身体が冷えた…お前…俺を…暖めて…くれるだろ?………」
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