One more time



―――――ずっと、捜している。君の破片だけを、捜している。


瞼を開いた先にあるその瞳が永遠ではないと知っていても、それでもどうしても僕は願わずにはいられない。この瞳に映る自分だけは、今ここに在る自分だけは何一つ変わらないでいてほしいと。
「――――ヘクトル、僕たちは何時まで……」
何時までこうしていられるのだろうか?それを告げようとする前にそっと唇が塞がれる。厚くて熱い、その唇に。
「もう何も言うな。お前はそうやって考えすぎて、まだ何も起きていない事ですら不安になっちまうから」
触れて離れた熱はずっと続いていて、消えそうもなかった。ううん、消えないで欲しかった。消したくは、なかった。
「ヘクトル、君は強いな。何時も僕はその強さに支えられている」
見上げた先に在る瞳には揺らぎなんて何処にもなくて、ただひたすらに強くて真っ直ぐだった。その強さの裏には穢たないものや、醜いものを見てきたはずなのに。僕よりもずっと。ずっと、見てきたはずなのに。
「ばーか、それはお前がここにいるからだろ?お前がいるから俺は強くなれんだよ」
屈託のない笑顔。迷いは何一つなく、己の信じた道を進み続ける強い意志。その全てが羨ましくもあり、妬ましくもあり、愛しくもあった。全ての感情が混じり合って、複雑な思いになって、けれどもそれ以上に恋をした相手だった。
「ありがとう、ヘクトル。君のその言葉だけが僕を導いてくれる気がする」
「何言ってんだよ。今までの事は全部お前が決めた。そしてこれからの事も。お前が選んで、そして決めた事だ。そんだけだ」
広い背中に腕を廻せば、それ以上の大きい腕で僕を抱きしめてくれる。力強い腕なのに、不思議とこうしている時はひどく優しい。優しすぎて、泣きたくなるほどに。

―――――泣いてしまえたら。声を上げて泣いてしまえたら…少しは楽になれるのだろうか?

想えばずっと。ずっと、僕は君を探していた。幼いころから、ずっと君の後ろ姿を追いかけていた。自分よりも少しだけ背が高くて大きな君の後を追いかけて、追い付いたらその瞳が僕を捉えていてくれた。真っ直ぐに僕を、見つめていてくれた。
あの時からずっと君の瞳は変わらなくて。変わることなく僕を見つめてくれる。強く優しい瞳で、僕を迷うことなく捉えていてくれている。そんな君の瞳に映る僕は、ずっと。ずっと変わらないでいられている?あの頃のままでいられている?初めてふたりが出逢った瞬間から、変わらないでいられている?
「―――ヘクトル、好きだよ。僕は君が好きだ」
確認するように、自分に確かめるように告げる言葉に嘘も偽りもない。ただひとつこの言葉だけが本当の事だ。それだけがきっと。きっと僕が君にあげられるもの。
「ああ、知ってんよ。ずっと前から知ってんよ」
変わりたくなかった。何も知らずにただ君のそばで笑っていられる自分でいたかった。親友以上の想いに気付く前の自分でいたかった。そうすれば、こんな苦しくなかったのに。
「だから、何も考えんな。ちゃんと分かっているから」
見上げて、見つめて。君の瞳に映る僕は今どんな顔をしているんだろう?きちんと見たかったけれど、何処か視界が歪んで見る事が出来なかった。


ずっと、変わらないままで。ずっと、あの頃のままで。
無邪気に笑っていられる時間が、ずっと続いていてくれれば。
ただ好きで。ただ好きという気持ちだけで満たされる時間が。


―――――好きという気持ちだけで、それだけでいられたならば……


何一つ気付かずに、ただ君を好きでいたかった。何も考えずに、ただ君だけを好きでいたかった。それだけだったのに。それだけだった、のに。
「戦っている間は君のそばにいられる。そんな事を想ってしまう僕はきっと誰よりも愚かなんだ」
混じり合うものは何もなくただ純粋な想いだけで恋をしていたかった。全てを知らずに子供のままで君を想っていたかった。その先に在るものなんて、知りたくはなかった。そう思う事すら許されないと分かっていても、それでもこうして言葉にしてしまう僕は、きっとどうしようもなく弱い人間で、どうしようもなく身勝手な人間だ。
「―――エリウッド、俺は何があろうともお前だけは信じるから。何があってもお前だけは」
きつく抱きしめる腕の強さが嬉しくもあり、苦しくもある。このまま閉じ込められてしまいたいと願いながらも、それが決して叶わない事も知っている。それでもこのままでと、願った。今は、願った。
「ありがとう、ヘクトル」
見つめて、見つめ合って唇を重ねる。それしか今の二人には出来なかった。これしか今の二人にはなかった。この先には進めない二人がここにいた。


―――――触れて離れてまた触れる唇。それが今のふたりの全てだった。


僕らには決められた道があって、それを進む事しか出来なかった。その道から外れる事が出来なかった。親友ならば、迷う事も振り返る事もなく進める道だった。けれども親友よりも友情よりも違う想いがふたりを結んだ瞬間、それがひどく苦しいものになっていった。


結べるものが、こころしかなくて。繋げるものが、唇しかなくて。
「…ヘク…トルっ…んっ……」
息を奪う程の口づけを何度も何度も繰り返しても。そのたびに身体に熱が灯っても。
「…はぁっ…ふっ…んんっ……」
それより先に進む事が出来ない。進んでしまったら、もう。もう二度と離れられなくなる。


「――――エリウッド…お前はずっと俺の中で……」


うん、そうだね。僕たちが出来る事はそれだけなんだね。こころのなかで、想い続けそして昇華してゆくのを待つ事だけなんだ。ゆっくりと静かに沈んでゆく想いを見届けるだけなんだ。これが若さゆえの過ちで、子どもゆえの錯覚だったんだって。


――――それでも今僕は君が好きで。君だけを好きで。


どんな時でもどんな場所でも、きっと僕は探し続ける。君の破片を君のかけらを、君の匂いを、君の感触を、君のぬくもりを、君の声を。それが恋と呼ばれなくなるまで、僕は君を探し続ける。君が見ている僕が違うものになるまで。

それでも何処かで願っている。何処かで想っている。君の瞳に映る僕が、ずっと。ずっと変わらないでいてくれていたならばと。ずっと変わらずに君の瞳に在ればと。