―――――どんなに否定しようとも、どんなに瞼をきつく閉じても、それでも止められなかった。止める事が出来なかった。
伸ばした手のひらが、指先が強く結ばれた瞬間、もう戻れないと思った。戻りたくないと願った。もう何処にも行けなくても。もう何処にも辿り着けなくても。
「…やっと…お前に触れられるんだな…やっと……」
「…ヘクトル………」
息も出来なくなるほど強く抱きしめられて、その強さに溺れて全ての思考を止めた。この瞬間だけは、何もかもを消した。生きてゆく意味も、その先に在る未来も、何もかもを。
「…触れて、いいんだな…エリウッド……」
大きな手のひらが冷たくなった頬を包み込む。その手が普段の彼からは想像も出来ないほど繊細で、そして微かに震えている事が何よりも嬉しくて苦しかった。
「…触れてくれ…ヘクトル…お前の知らない場所がなくなるまで…僕に……」
見つめて、見つめあう。その瞬間何もかもが消えた。何もかもがなくなって、そして。そして我を忘れて唇を重ね合った。互いの全てを奪う口づけを重ねた。
ふたりの間には何時も透明な壁があった。ふたりの全てを見せて暴いて、何もかもを剥き出しにしながらも、どうやっても触れる事の出来ない透明な壁が。その壁を砕いて触れたいと願いながらも、決して許されない事だと必死になって想いを閉じ込めていた。同じだったのに。互いに触れたいと願っていたのに。けれども、閉じ込めた。必死になって閉じ込めるしかなかった。
「…ヘク…トルっ…んっ…んんんっ」
触れるだけのキスしか出来なかった。優し抱きしめる事しか出来なかった。それ以上を願えばその先には深い闇しかなかったから。だから、ずっと。ずっと、こうして友情という優しい名前の糸を指に絡めるしか出来なかった。
「…エリウッド…エリウッド…俺は…ずっと……」
「…僕も…ヘクトル…っヘク…んんんっ…ふっ…ん……」
口づけの合間に零れるのは互いの想いだけで、その激しさに溺れた。溺れて飲まれて、そしてふたりだけになった。ふたり、だけに。
「…ふぅっ…はぁっ…ぁっ……」
唇が離れてもふたりを銀の糸が結ぶ。それをヘクトルは舌で舐め取ると、そのまま冷たい床の上にエリウッドの身体を押し倒した。その時間すら惜しいとでも言うように服を剥ぎ、薄い胸元に唇を這わす。その刺激に組み敷いた身体がびくんっと跳ね、同時に口に含んだ胸の果実が形を変化させた。
「…あぁっ…ぁんっ……」
尖った胸を指で挟みこみ、そのまま舌先でぺろぺろと嬲った。そのたびに腕の中の身体が小刻みに震え、背中に廻した腕の力が強くなる。そんな動作を何よりも愛しいと思いながらも、身体の芯から湧きあがる欲望を抑えきれなかった。優しくしたいと思いながらも、それ以上にこの身体に触れたいと。全てに、触れたいと。
「…エリウッド…エリウッド……」
「…あぁんっ…はぁっ…ヘク…トルっ…あぁっ……」
濡れた唇から零れる甘い喘ぎが、髪先から零れる汗の雫が、目尻から伝う整理的な涙が、その全てがヘクトルを誘う淫らな生き物のようだった。
「―――駄目だ…優しく出来そうもねー…お前を抱けると思ったら…もう止められねーよ」
「…止めなくても…いい…止めないで…僕も…感じたいから…君の全部…全部を…」
薄く目を開いて荒い息と共に告げられる言葉に、こんな時にすら想いは一緒なのだと気付かされて、嬉しくて苦しくてどうしようもなくなった。
――――未来はひとつしかなかった。ふたりの未来はひとつしかなかった。
永遠の友情。永遠の絆。永遠の盟友。友として生きる事。互いに結婚し子を成し、民を護り生きてゆく事。それが人の上に立つという事。国を治めるという事。個の感情で生きてゆく事は出来ない。公として生きてゆかねばならない。それが統べる者としての生きる意味。
そんな事は嫌という程に分かっていた。そうやって生きてゆく事を理解し納得していた。だから閉じ込めた。必死になって硝子の壁を破る為に振りあげた拳を抑え込んだのに。なのにどうして。どうして、こんな最期になって互いを望まずにはいられないのか。
僕はちゃんと微笑っていられているのかな?
『結婚するだってな、ヘクトル』
唇はちゃんと笑みの形を取っているのかな?
『おめでとう、しあわせに』
僕はちゃんと君を祝福していられている?
望んだものが永遠の友情ならば、僕の望みはかなえられただろう。永遠の友として生きる事を願ったならば。けれども僕はそれ以上のものを望んでしまった。それ以上のものを願ってしまった。許されないものを。許される筈のないものを。けれども、触れたから。伸ばした指先が絡まったから。だから、もう。もう僕は……
「…ヘクトル…好き…だ…君だけが…好きだ……」
ずっと思っていた君の幸せを。ぶっきらぼうだけで本当は誰よりも優しい君のしあわせを。君の笑顔を、君の未来を。願わくばそれをずっと見てゆきたかった。一番近い場所で、君の笑顔を見てゆきたかった。なのに、そんな僕の願いを僕自身が壊した。僕という存在が、君からそれを奪っていった。君から永遠に、奪っていった。
指が絡み合う。視線が重なり合う。その瞳に互いの姿を焼き付けて、そのまま深く唇を重ねた。舌を絡め合う。千切れてしまう程にきつく。このまま引き千切ってしまいたいと思いながら。深く、深く、唇を貪り合った。
「…んんっ…んんんっ…ふっ…んっ……」
剥き出しになった互いの下半身が重なり合う。中心部が熱く硬くなるのを感じ、じわりと足許から熱が這い上がってきた。湧き上がる欲望は出口を求めて彷徨い、渦を巻いてゆく。それを止められずに、止めたくなくて、こめかみが痺れるまで口中を貪り合った。
「―――っ!あっ!!」
唇が離れたと同時に、エリウッド自身にヘクトルの手が触れる。ソレを包み込み先端を強く扱いてやれば、いとも簡単に鈴口からは先走りの雫が零れてくる。その液体を指の腹に擦り付けながら、ヘクトルは執拗に膨れ上がった自身に小刻みに刺激を与える。そのたびにエリウッドの口からは切なげな喘ぎが零れ、ヘクトルの欲情を煽った。
「…あぁっ…やぁっ…んっ…もぉっ…もぉっ…あぁ……」
「もう?イキたいか?」
耳元に熱い息を吹きかけられながら囁かれる言葉にエリウッドはこくこくと頷いた。それは剥き出しの本能だった。そう今はもうなにも覆うものも隠すものもない。そこにあるのは本能だけだ。ただひとつの欲望だけだ。
「ああ、イカせてやるよ。そして見せてくれお前のイク顔を俺に」
「―――っ!!!あああああんっ!!!!」
薄く瞼を開いた先の熱い視線に溺れながら、ヘクトルに強く先端を扱かれエリウッドはその手のひらに熱い欲望を吐き出した―――