磁石<後編>



見かけよりもずっと細いその肩に課せられた運命の重さを誰よりも俺は知っている。最初はそんなお前を支えてやりたいと思っていた。友として、親友として、必死に前を見つめるお前を。けれども何時からだろう?何時からだろうか、その想いが違うものへと変わっていったのは。
『ヘクトル。僕たちはずっと…ずっと親友だよな…』
いやもしかしたら、最初から違っていたのかもしれない。違っていたのに気付かなかっただけかもしれない。本当はずっと。ずっとお前だけを俺は願っていたのかもしれない。
『―――どんなになってもこの関係は変わらないよな』
長い睫毛がそっと降りる時。その瞼が開かれ再び真っ直ぐに瞳を見つめられた時。閉じる前の瞳と開いた後の瞳の微かな色彩の違いに気付いたその瞬間。――――俺達は気がついた。ふたりの間に在る透明な壁の存在に。ふたりが見つめた先に在ったものが同じだと気付いたその瞬間に。

「――――俺もだ、エリウッド。ずっとお前だけを…愛している……」

ずっと、願っていたのにな。お前が前だけを見てゆけるようにと。お前の後ろは俺が護るから、穢たないものや醜いものは全部俺が引き受けるから。だからお前は綺麗な未来だけを見てゆけるようにと。ずっと馬鹿みたいに思っていたのに、俺自身がそんな綺麗な未来をこうして穢してんだもんな…呆れちまうぜ……


――――それでも、願っていた。お前の綺麗な未来を。ずっと、ずっと願っていた。


友情の先に在るものが愛なのか?それとも初めからそんなものはまやかしで、最初からここに在ったものは欲望だったのか?互いを望み願い、全てを欲する剥き出しの想いだったのか?何で、何で、永遠の友情では駄目なのだろうか?永遠という絆は同じはずなのに、どうして。どうしてそれ以上のものを望んでしまうのか?


身体を繋いでも全てを満たされる事なんて出来はしない。それでも繋ぎたかった、結びたかった。愛したかった、愛されたかった。愚かで醜いただひとつの本当の想いが、ふたりの願いを打ち砕いたとしても、それでも止められなかった。
「――――いいか?エリウッド…お前の中に挿れても……」
「…きて…ヘクトル…僕の中に…き…て………」
もしも男と女ならばしあわせになれた?けれども男と女だったらこんな風に惹かれはしなかった。同じ目線で見つめる事も、同じ場所に立つ事も。共に闘い背中を預け合う事も。同じ痛みを知り、同じ想いを共有する事も。
男と女ならばしあわせになれたかもしれない。けれどもこんな想いを知る事はなかった。苦しくて切なくてどうしようもなくて、けれども。けれどもこんなにもひとを愛する事を。壊れるほどに愛される事を。
「…僕の中を全部…全部君で…埋めて――――っ!!!ひっ!!!」
腰を抱えられ脚を広げさせられる。そうして剥き出しになった秘所にヘクトルはゆっくりと挿入していった。出来るだけ傷つけないようにと細心の注意を払っても、本来ならそのような目的で使われる場所ではないソコは痛みで悲鳴を上げた。
「大丈夫か?エリウッド…辛いなら―――」
「…とめ…ないで…このまま…僕は…大丈夫だから…だから……」
目尻から零れ落ちる雫を止める事は出来ない。それでもエリウッドは瞳を開いて懇願した。ヘクトルを望んで、願った。
「―――分かった止めねーぞ…もう…止められねー」
「ひぁぁぁぁっ!!!」
引き裂かれるような痛みがエリウッドを襲う。それでも背中に廻した腕を離さなかった。必死にしがみつき、自らの中を犯してゆく圧倒的な存在感を感じた。このまま。このまま引き裂かれてもいい、そう思った。
「―――っ!!あああっ!!!」
奥まで貫かれエリウッドの喉が仰け反る。その喉元に咬みつくように口づけて、ヘクトルは一端動きを止めた。きつく締め付けてくる媚肉の感触を確認するために。自分を受け入れる激しい熱を感じる為に。
「…お前の中…すげー…気持ちいい……」
「…ヘク…ト…ル……」
汗ばむ前髪を掻きあげられ、エリウッドは重たい瞼を必死で開いた。その先に在る顔すらも欲しいと思った。こうして自分の中で快楽を感じているその表情すらも。
「…ヘク…ト…んっ…ふっ…んんっ……」
見ていたかったけど、それ以上に唇を重ねたかった。動いたせいでより痛みが伴っても。重ねたかった、繋ぎたかった、結びたかった。心も身体も、全部。全部、全部。
「…動くぞ…エリウッド…いいか?」
「…いい…よ…大丈夫だから…だから…ひとつに……」
身体の境界線がなくなるくらいに結びあえたならば、全てが満たされるのだろうか?それとも、もっと。もっと欲しいと願ってしまうのだろうか?


この痛みすらも君が与えてくれるものならば、僕はそれすらも欲しいと思った。どんな些細なものでも、君から与えられるものが欲しいと願った。
それはいけない事なのだろうか?許されない事なのだろうか?ただ君を好きになっただけなのに。ただ君が好きなだけなのに。どうして、そんな簡単な事が、僕たちは簡単に出来ないんだろう?


――――ただ好きなだけなのに、どうして。どうして、一緒に生きてはゆけないの?


ただ一度だけだから、これが最初で最期だからと。そう言い聞かせてみても、湧き上がってくるのは互いへの尽きない欲望だけで。
「…あああっ!!ああああっ!!!!」
求めて、求められて。奪って、奪われて。何もかもがぐちゃぐちゃに混じり合って。綺麗なものも醜いものも、全部。全部混じり合った先に、この想いがあって。
「…エリウッド…エリウッド……」
しあわせになれなくてもいいから君といたい。君と生きてゆきたい。君だけのものになりたい。どんなになってもいいから、僕は。
「…あああっ…ヘクトルっ…ヘクトルっ!!ああああっ!!」
僕は君と生きてゆきたかった。一番近くで君を見てゆきたかった。君が欲しかった。君の全部が欲しかった。何もかもが、欲しかった。
「…愛している…愛している…あああああっ!!!!」
欲しい。欲しいよ。君の全部が欲しいよ。君が好きだから。君を愛しているから。君だけを、僕は。僕は愛しているから――――


永遠の友情なんていらなかった。刹那の愛でいいから君だけのものになりたかった。


身体中の全ての液体を溢れさせて、想いの全てを注がれたならば。そうしたらふたりはひとつになれるの?全てが溶けあって混じり合ってぐちゃぐちゃになったならば、ふたりは。ふたりは、おなじになれるの?
「…ヘク…トル……」
もう感覚すらなくなった。何度も何度も身体を繋げて、媚肉を擦り合わせて、身体中の欲望という名の液体を吐き出して。疼いて痺れて、そして麻痺して。それでもまだ。まだ繋いだ個所を離す事が出来なくて。
「…エリウッド…これから先も…ずっと俺はお前だけを……」
好きでいる事は出来るだろう。ずっと好きでいる事は。けれどもずっと。ずっと、愛してゆく事は出来ない。それは、出来ない。
「…その先は…言うな…言わないでくれ……」
何時しか隣に立つ女性を愛するのだろう。生まれてくる子供を愛するのだろう。どんなに激しい情熱と劣情を互いに向けあっても、それでも流れゆく時の中で身近な存在を愛しいと思う日々に埋もれてゆくのだろう。それはどんな形であれ『愛』なのだから。
「…言わないで…そうしたら本当に…本当に…戻れ……」
戻れなくても良かった。何処にも行けなくても、何処にも辿り着けなくても。この腕の中にいられれば。ここに、いられれば。
「…戻れ…ない…駄目だよ…それだけは…だめ…だから…っ……」
「――――エリウッド……」
永遠の友情を選ぶ事しか出来ない。どうやっても、それ以外にふたりがともにいられる道はない。このどうにも出来ない痛みも、どうする事の出来ない切なさも、全部。全部、何時しか時間という残酷な優しさが連れ去ってゆくのだろう。
「…ああ、分かっている…愛しているは……」


「――――今この瞬間だけだ…この時だけだ…だから言わせてくれ…愛していると…お前だけを…愛していると……」


瞼を閉じる。最初で最期のこの瞬間を永遠に瞼の裏に刻めるように。永遠の残像をこの場所に残すために。そうしたら、きっと。きっと朝を迎えられる。全てが終わり、一夜の幻を消し去る朝が。ふたりが『親友』として生きてゆく日々が。



―――――本当は、永遠の友情よりも刹那の愛が欲しかった。壊れても、戻れなくても君が。君が、欲しかった。君だけが、欲しかった。