最近の俺はどうかしている。いやどうかしているレベルじゃない。マジでこれはヤバいんじゃないかとさえ思っている。本気で何か妙な物を食っておかしくなってしまったんじゃないかと。いやでも俺は拾い食いなんてみっともない真似なんてしてねーし…大体俺は『お坊ちゃま』育ちなんだから。ってそんな事じゃなくて…とにかく本当にここの所の俺はどうかしているんだ。そう、それも全ての元凶アイツのせいでだっ!
その日から俺の不幸は始まっていた。そう、あの日。笑顔が異常に爽やかな今現在の、俺らの大将―――エリウッドの一言からだ。そうだ、今思えばあの日から俺の運勢は急降下の一途を辿っていたんだ。
『ガイツ、君はこれからカレルとともに行動してくれないか?』
ホントに嫌になるくらいに爽やかな笑顔で奴はそう言ったんだ。歯なんて真っ白でキラリと光ってやがる。持って生まれたもんだろうが、この妙なキラキラオーラは一体何なんだ。お陰で文句の一つも言えやしない。いや言おうものなら隣のやたら図体のデカイ斧持った兄ちゃんに殺されかねねーからな。つーかこの兄ちゃんエリウッドの『親友』らしいが俺から言わせりゃー『恋人』の間違えじゃねーかと思うんだが。だって目付きが全然他の人間と違うんだからよ。つーか俺がちょっと…ほんのちょっとだけエリウッドの笑顔に見惚れてたらすげー顔で睨むんだからよ。ああ、マジであれはおっかなかったぜ。…ってまあそんな事は別に今はどうでもいいよな。とにかく斧兄ちゃんが怖いって事だ。
そんな訳で俺はエリウッドの提案に逆らえずに、すごすごとカレルの元へと行ったんだ。
――――それが不幸の…始まりだった……そしてその不幸は今も直球ど真ん中に俺に突き刺さってやがる……
漆黒の長い髪と、顔色ひとつ変えない冷たい表情。ただそこに立っているだけなのに、全く隙のない立ち振る舞い。更にあの目。あれは完全にイッちゃってる人の目だぜ。…つーかやっぱり怖ええよ、コイツっ!
「―――遅かったな」
低く静かなけれどもよく通る声。耳に残って消えねーのは絶対に物騒だからに決まってる。そうだ、コイツの全てが物騒だからだ。
「仕方ねーだろっ!俺だって忙し…いえ忙しい時もあるのです……」
こ、怖すぎる…そんな顔で俺を睨まないで…ください…。マジでビビるんですけど。あまりに怖くて目が離せないんですけど、俺。
「まあいい、行くぞ」
そんな俺に一瞥をくれてそのままくるりと後ろを向きやがった。この余裕綽々な態度にムっと来つつも、俺は…。
「は、はい」
ああ違う、今俺は何を考えていたんだっ?!いや違う今のは気の迷いだっ絶対にそうなんだ。そうでなきゃいけないっ!だって今一瞬コイツの髪からイイ匂いがしたなんて思ったって!何で俺がそんな事を思わなきゃいけないんだっ!!
「あ、あの何処行くんすか?」
「―――宴の会場だ…」
「…あ、そうっすか……」
それ以上何も言わずすたすたと歩いてゆくコイツの後を、俺は対称的にすごすごと着いて行った。まさしく剣士様とお供その1状態だ…つーかコイツ俺を『仲間』と思っているのかすら怪しい。もしかしたら付き人か何かと勘違いしてねーか?
かと言ってそんな恐ろしい事を本人に聴ける筈もなく、これからコイツが何人『宴の会場』で敵を血祭りに上げるんだろうと怯えつつ、後を着いてゆくしか俺には出来なかった。
最近の俺は本当にどうかしている。そう全てコイツが元凶なんだ。目の前で生き生きと敵を血祭りに上げているこの男のせいで。
長い漆黒の髪が風にふわりと揺れる。その黒が光に反射してひどく綺麗だった。そうだよっコイツ悔しいけど滅茶苦茶綺麗なんだよ。不覚にも俺が見惚れてしまう程に。つーか現に今も馬鹿みたいに口を開けて見惚れてしまったじゃねーかっ!俺とした事がっ!!
「―――他愛もないな」
剣は血塗れなのに本人はいたって綺麗だった。頬に返り血を浴びたぐらいで息ひとつ乱さずこの場に立っている。それは恐ろしいほどに絵になっていた。全体的に黒いのに唇だけが艶やかに紅い。それがぞくりとする程色っぽくて…俺は…俺は……。
「何だ?」
闇のような漆黒の瞳が俺を一瞥する。つまらなそうな顔で俺を見てくる。その視線に射抜かれて俺はマジでビビっていた。本気で怖いと思っていた。それなのに、目が全然離せない。怖いのに綺麗だと思って俺は…。
「な、なんでもねーよ。終わったんだろう、行こうぜ」
ああやっぱり俺はおかしい。絶対に何か変な物を食べたんだ。でなければきっと誰かに変な薬でも飲まされておかしくなったんだ。でなければ…でなければ俺は…そう俺は…今……。
…コイツを見ていると胸がドキドキして止まらねーんだよ……
だってコイツ本当に怖いんだぜ。マジで人殺すのが楽しいらしく、俺だって「フッ」て何時も笑って…で気付けば背後に立たれてて…。こんなにこんなに怖ええ思いしてんのに。何で俺は。俺はこんなにも。こんなにも…どきどきしてんだよっ。ああ俺は一体どーしちまったんだよーーーっ!!
「―――」
「わっ!!!」
そんな堂々巡りな自問自答を繰り返していたら、目の前にカレルがいた。いや目の前所じゃない至近距離だ。いや、息が掛かる程の近さだ。止めてくれ、アップは心臓に悪りいからっ!
「お前独りでさっきから何ぶつぶつ言ってる?」
「い、いや何も…俺は…俺は何も言ってないっすっ!」
ライオンに追い詰められたウサギの如く首をふるふると横に振った。そんな俺にカレルは例の『ふっ』で笑いやがった。止めてくれーーっ本当にっ本当にっそれが怖いんだっ!
「気でも触れたのかと思ったが、違うみたいだな…安心した…」
あ、俺ってヤバ過ぎる…つーか今のマジでヤバ過ぎる…安心したの言葉に不覚にも口許が緩んでいるじゃないかっ…しっかりしろ、俺。
「そうでないと『楽しみ』が半減するからな」
――――前言撤回…やっぱりカレルはカレルでしかねーよ。剣魔様だよー人殺しだよー。け、けどどうして俺から離れねーんだよ。このままの距離だと息が掛かって…息が…。
「…お前…顔が紅いぞ。熱でもあるのか?」
「い、いえ大丈夫っす。全然元気です。だから…」
だから離れてください。お願いだからこれ以上近付かないで…近付かない……
…いっしゅん、いやかなりながいあいだ…俺は…頭が…真っ白になった……
柔らかいものが唇に触れて、そして離れた。それは本当に一瞬だった。一瞬だったのに俺にとってはまさしく無限のように感じられて。
「―――つまらんな、お前は…下手な男に用はない」
例の『フッ』という笑みとともに捨て台詞を吐き、俺の前を擦り抜けすたすたと歩いてゆく。長い髪をふわりと風に靡かせながら。俺はそれを呆然と見送る事しか出来なくて。出来なくて俺は……。
つーか下手って?下手って何だよっ!!いきなり人の唇奪っておいて下手って…下手って…・・…ってやっぱ俺は下手なのかーーーっ!!!!!…ってそんな事じゃねーだろっ、俺っ!
「っておいっちょっと待てよっ!い、今のは何だよっ!!」
必死になって追いかけたがカレルは振り返らなかった。俺には全く興味のない様子で追いつく間もなく消えていってしまった……。
「ああ、バカカレルっ答えろよーーっ!!!」
もう何処にもいなくなった相手に向かって叫んでも意味はなかった。意味はなくても今のガイツには叫ばずにはいられなかったのだ。その不幸の元凶である相手に。そしてそれ以上に気になってしかたのない相手に。
けれどもガイツが自分の気持ちに気付くのは、もう少し先の事だった。そしてその事が幸福なのか不幸なのかは誰にも分からなかった。