子供の時間に終わりを告げた日。僕はさよならと、それだけを言った。
どんな事にも始まりがあれば必ず終わりがあって、例えば人間の生ですら死という終着点が在るのだから。だから今こうやって子供の時間が終わるのも、こうやって大人の時間が始まってゆくのも。それは当然の事、だから。
―――全てのものを引き換えにしても、本当は君を選びたかった。けれどもそれだけがどうしても許されない事だった。
口許に飾られた笑みが不自然じゃないようにと、それだけを願った。何時もの笑顔でいられるとそれだけを。
「離れても僕らは親友だから」
何時も当たり前のように使っていた『親友』という言葉が今はひどく胸に重たかった。けれどもそれ以外の言葉でふたりを表すことはもう…許されなかったから。
「―――エリウッド……」
僕を呼ぶその声が好きだった。快活に豪快に、けれども誰よりも僕を気遣って呼んでくれる声。誰よりも僕の名前を大事に呼んでくれる、声。
許されるならばずっと。ずっと聴いていたかった。君の声で僕の全てが埋もれてゆくまで。
「ずっと…親友だから……」
微笑って。一番綺麗な笑顔を君に見せて、そして。そしてもう二度と見せる事のない君への想いを込めて。これが最期だから、これが…。
「ああ、そーだな…俺達はずっと……」
ずっと親友だ、と君の唇が動く前に僕は。僕はきつくその腕に抱きしめられた。
戦いが終わり、全てが終わり、僕らはたくさんのものを得て、そしてたくさんのものを失った。未来を手に入れた代償に多くの過去を失った。けれども『生』を勝ち取った僕らは、これから先途中でそれを失ってしまった者達の変わりに生きていかねばならない。その命の重みを背負いながら、生きてゆかねばならない。
…だから自分勝手な想いだけで…生きてはゆけない……
どんな事にも始まりがあれば、終わりがある。それは生きている以上普遍の法則だから。
「―――お前は…最期まで…言ってくれねーんだな……」
だから今。今僕等の子供の時間は終わる。自分の想いのままに生きられた、ずっとを信じられ子供の時間は。
「…最期まで俺に…その言葉だけは…くれねーんだな……」
この腕から離れたら僕等の道は別れてゆく。それぞれの国に戻り結婚し子をなし、君主として生きてゆく。それが僕らが選んだ道。それが僕らが死の犠牲になった人達に出来る生きてゆく者からの餞。
「―――言ったら僕はこの腕を離せなくなる…だから……」
結ばれているものが永遠ならば。今ここでふたりを結ぶものが永遠ならば、どんなになろうと怖いものなんてない。怖いものなんてなかった。けれども、今。今この腕を離すことが、失う事が何よりも怖い。
けれども離さなければならない。この手を、この腕を。それが僕らが決めた答えなのだから。
「それでも言ってくれと願うのは…俺の、我が侭か?……」
ずっと一緒にいたかった。ずっとふたりでいたかった。それが出来たならば本当は。本当は僕は何も欲しくは…なかった。
「…愛している…ヘクトル…だから、さよなら」
子供の時間が終わる。僕が君の腕から逃れた瞬間。さよならと告げた瞬間。
ただ純粋に、好きだという想いだけで生きられた子供の時間が。ただそれだけで、生きてゆけた瞬間が。
―――そして始まる、君のいない時が。隣に君がいない、時間が。
愛情を友情に浄化するまでの、永い永い時が。