コスモス



一面に咲き乱れるコスモスが、何時しか遠い場所へと飛ばされていったとしても。


花びらの雨に埋もれて、このまま。このまま永遠の眠りにつけたら。そうすれば全てのしがらみと、全ての運命の糸から解放されるの?
「―――君の涙だけは、見たくなかったのにな」
そっと伸ばして、触れる手のひらが。そのぬくもりが優しすぎて苦しかった。貴方が優しいから、苦しい。
「…エリウッド様……」
小さな嘘が降り積もって、私を埋めてゆく。もがいても足掻いても、そこから出られなくなってしまうくらいに、その嘘は私を埋めてゆく。
「見たくないのに…僕のせいで泣かせてしまうんだね…」
頬を伝う涙を拭う手がもう少しだけ冷たかったならば、私は涙を止める事が出来たのに。


――――零れ落ちる雫と花びらだけが、全てを埋めてゆく。


甘い薫りに包まれながら唇を重ねた。そこから広がる甘い疼きが、ゆっくりと全身を蝕んでゆく。まるで甘い毒のように。
「…ニニアン…君が好きだよ……」
名残惜しげに離れた唇から零れるのは甘い吐息と、愛の言葉。それが真実であればある程、私は少しずつ追い詰められてゆく。少しずつ、壊れてゆく。
「…私もです…エリウッド様……」
想いに偽りが何一つないから。愛する気持ちに嘘が何一つないから。だからこそ。だからこそ、私は……。
「…エリウッド様だけを…愛しています……」
もう一度唇を重ねた。気持ちを確かめあうだけじゃない、もっと先の愛欲を確認するための口づけをした。互いの想いを貪り合うための。


貴方のそばにいたかった。最初はそれだけだったのに。
それだけで良かったはずなのに、心は欲張りになってゆく。
もっと。もっと、と。貴方に近づきたいと、貴方の心に入りたいと。
想いが、我が儘になってゆく。心が、欲張りになってゆく。
貴方を好きになりすぎて。どうしようもなく好きになりすぎて。

――――好きになればなるほど、嘘は積もり続けてゆくのに……

手が触れたら、次は指先を絡めたいと願った。
瞳が重なりあったら、次は唇を重ねたいと願った。
睫毛が触れあったならば、次は肌を触れ合いたいと願った。



淡い月の光が空からそっと降り注がれる。その光に晒された白い肌は、今にも消えてしまいそうな程儚く、エリウッドの心を無意識に焦らせた。ここにいるんだという事を確かめたくて、喉元をきつく吸い上げた。
「…あっ……」
むせかえるほどの花の薫りの中で、微かに薫る肢体の匂いに欲情を抑えきれない。こうして肌を重ね合わせねば分からない、匂いに。
「…ニニアン…綺麗だよ……」
強く抱きしめれば壊れてしまいそうな華奢な身体。現に今もこうしてすっぽりと自分の腕の中に収まってしまっている。そんな身体を抱くということは、ひどく甘い罪を感じる。この身体を自分が好き勝手にするという悦びと罪が。
「…エリウッド…様っ…あぁっ……」
柔らかい胸に触れれば、耐えきれずに指先を口許へと持ってゆく。その指ですら、噛み切れてしまえるほどの細さで。このまま強い刺激を与えれば、きっと。きっとそこから紅い血が零れるだろう。
「…あ…ぁぁ……っ……」
優しくしてやりたいと思いながらも、こうして触れている手の動きが激しくなるのを止められない。乳房の柔らかさと、ぷくりと立ち上がった突起と。その全てが、男の劣情を刺激する。触れたい、もっと触れたい。この指にこの感触を刻みたい。刻んで、全てを記憶したい。
「…やぁっ…んっ…ぁぁっ……」
乳首を口に含み、その膨らみを味わった。敏感に反応し尖った胸を。うっすらと汗ばむ肌の匂いを、その雫を。指と舌で、味わった。
愛撫するたびに、長い髪が揺れる。その乱れた髪すら愛しかった。自分が与えたものに反応してくれる。そう思えるだけで、愛しくて堪らなかった。
「―――ニニアン…愛しているよ……」
その長い髪に指を絡め、ひとつキスをした。言葉よりも、もっと。もっと深い愛を込めて唇を落とした。
「…あっ…くっ、んっ!」
茂みを掻きわけ秘所に辿り着いた指は、ゆっくりと濡れたソコに埋められてゆく。既にしっとりと濡れ、ひくひくと蠢いている媚肉の中に。
「…んっ…ふくっ…んんっ……」
指を噛み、声を殺す。目をきつく閉じて、押し寄せてくる快感を必死で耐えようとする。そんな仕草すら、エリウッドには欲情を煽るものでしかなかった。だから。
「…駄目だよ、ニニアン。指を外して…僕は君の声が聴きたいんだ」
「…エリ…ウッド…さま?……」
「どんな声でも、聴きたいんだ。君の全てを」
指が重なり、口許から外される。艶やかで紅く色づいた唇が晒される。それをエリウッドは自らの指で辿りながら告げる―――すべてが、聴きたいんだ、と。
「…はい…エリウッド様……」
その言葉に小さくニニアンは頷いた。瞳からひとつ雫を零しながら。それは快楽のための涙なのか、違う意味をもつものなのか、それを確認する事はエリウッドには出来なかった。



全てを知りたいと願うのに、全てを知りたいと告げてくれるのに、私は嘘をつく。ただひとつの、嘘をつく。



花びらが、降ってくる。髪に、降ってくる。そこから零れる汗の雫と一緒に、降り注がれる。
「…ああっ…ああんっ!!」
甘い悲鳴が、一面を埋める。埋めて、広がって、拡散する。むせかえる花の薫りの中に混じり合って、絡み合って。
「…エリウッドさま…っエリウッドさまっ!…あああっ!!」
繋がって溶け合うふたりを見ているのは淡い月と、無数の花びら。愛し合うふたりを知っているのは、優しい光と、むせかえる薫り。
繋がった個所から濡れる音がする。ぐちゃぐちゃと、濡れた音が。その音だけで、肌は紅く色づく。熱は広がる。身体の芯は痺れてゆく。
「―――ニニアン…もう…くっ!」
「―――っ!!ああああっ!!!」
注がれる熱いモノ。それが私の中に溢れて、零れるくらいに溢れたならば。私の嘘も洗い流してくれる?私の全部を、溢れさせてくれる?



この腕の中で永遠の眠りにつけたならば、もう。もう私はなにもいらないのに。



花びらが髪に触れる。汗で濡れた髪に。そこから広がる薫りに酔わされ目を閉じた。この薫りの中でなら私はただのちっぽけな塊になれるような気がして。貴方の腕の中に収まる、小さな少女でいられる気がして。


――――ただのなにもない、『私自身』でいられる気がして……