CANDY GIRL



大好きだから、ずっと一緒にいたいの。大好きだから、全部知ってほしいの。私の全部を、分かってほしいの。それって、我が儘な事なの?


大きくて広い背中。見つめているだけで安心出来るこの場所を、誰にも渡したくないから。絶対に誰にも渡したくないから。
「オズイン様〜っ!」
飛びついて抱きつきたかったけど、必死で我慢した。大人のレディはそんな振る舞いはしないのよと、心の中で呟きながら。でもやっぱり抱きつきたいな。ぎゅって抱きつきたいな。
「どうした?セーラ」
振り返った先にある気真面目な顔。その顔を見ているだけで幸せだけど、もっとと思ってしまうのは欲張りなのかな?もっと全部見ていたいと、思うのは。もっと色んな表情を見ていたいと、思うのは。
「見てください、これ。頑張って作ったんですっ!!」
「…これは……」
あ、今の顔いい。ちょっと困ったようででも…でも口許が微かに微笑んでくれたその顔。この顔、凄くいいな。私この顔をずっと見ていたい。
「頑張って昨日作りました。セーラ様特製愛情100%弁当ですっ!」
「…その名前はともかく…私のためにわざわざ作ってくれたのか?」
「はいっ!もうオズイン様だけの為に愛を込めて作りました」
こんな儚げで重い物なんて持った事なさそうな私が、夜なべして料理を頑張っちゃうなんて…何て健気なのかしら…ああ、もう恋する私って何ていじらしいの!
「…そうか…ありがとうセーラ」
でもそれ以上に、その笑顔が。その笑顔があるから私何でも出来る。何だって頑張れる。どんなことだって、出来る気がする。
「私だと思って、全部食べてくださいね」
「…はは、そのセリフはどうかと思うが…ありがたく頂かせてもらおう」
あ、目尻に笑い皺を発見。でもそれすらも愛しいと思ってしまう。大好きだと思ってしまう。本当に恋って無敵だ。今までそんなのあり得ないとか、かっこ悪いとか思っていた事も全部。全部好きな人だったら素敵だと思える。愛しいと思える。全部ときめくものへと変化する。
「全部ちゃんと食べてくださいね、オズイン様」
どんな些細なことでも、どんな小さなことでも、全部。全部、私の宝物になる。


――――大好きだから、いっぱい。いっぱい、知りたいの。いっぱい、知ってほしいの。そうしたらもっと。もっと大好きになるから。



「オズイン、それどうしたんだ?」
「あ、ヘクトル様」
人気のない木陰で弁当を広げているオズインにヘクトルが声をかけてきた。オズインに弁当という組み合わせの意外性と、それ以上にその包みの布がピンクなハート模様というあまりにもミスマッチさに、声をかけずにはいられなかったのだ。
「セーラが私のために作ってくれました」
「げっ、セーラが?!大丈夫か、何か変なモンでも入ってんじゃねーか?」
「どんなものであろうと私のために作ってくれたのならば、ありがたいものですよ」
「…そ、そーか…流石オズインだな……」
何が流石なんだか言ったヘクトルも良く分からなかったが、取りあえず尊敬した。自分だったらそんな得体のしれないものを、ありがたいとは口が裂けても言えない。何か変なものでも盛られているんじゃないかと疑ってしまう。例えば『私の命令に絶対服従な薬』とか。実際そんなものがあるかどうかは別としても、そう思わせる何かがあるような気がしてならない。
「しかしセーラがねぇ…あいつ料理なんて出来んのか?」
「それに関しては少々私も不安がありますが…」
「やっぱなー。それよりも取りあえず開けてみろよ」
「では、失礼して」
包みを開き中身を広げる。そこは包み以上に目に痛いピンク色の箱が入っていた。何だかそれだけで物凄そうなものに感じてしまう。どんなものにでも、配色というものは大事だと実感した。
「おっ!」
「…これは……」
そんなどぎつい色の蓋を開ければ、そこには意外と言っては失礼だが、美味しそうに盛りつけられていたオカズが並んでいた。野菜は瑞々しい色を放ち、肉は香ばしい匂いが漂ってきている。添えられているパンはバターの匂いがし、ひどく食欲をそそるものだった。
「意外だ…美味そーだ…」
「それではヘクトル様の前ですが、失礼して」
オズインがオカズを口に含むのを、ヘクトルは固唾を飲んで見守った。何かあったら俺が対処しなきゃという妙な緊張感とともに。けれども『何か』は予想に反して訪れなかった。それどころか。
「…これは…美味しい……」
「マジかっ!?オズインっ!!」
「こんな所で嘘を言ってもしょうがないでしょう。美味しいですよヘクトル様、ほら」
そう言われ差し出されたオカズを恐る恐るヘクトルは口に含んだ。その途端口に広がる美味な感触に思わずヘクトルの口からも感嘆の声が漏れた。
「…う、美味い……」
「でしょ?ヘクトル様」
そう言って満足げに残りの弁当を食べるオズインの顔が、心なしか嬉しそうに見える。普段の気真面目で、何時も眉間に皺を寄せている表情とは明らかに違っている。何処か優しげで、何処か嬉しそうで…。
――――もしかしてオズインの奴…そうか…う〜ん…まぁそーゆーのは個人の自由だしな……
ヘクトルはそこまで考えて、それ以上詮索するのを止めた。意外過ぎる組み合わせだが、恋愛なんてそんなものだ。誰にも予測や予想なんて出来ないから、好きという感情があるのだから。
「美味かったぜって、俺からも言っといてくれ。セーラに」
「分かりました、ヘクトル様」
珍しいものを今日は色々と見た日だと思いながら、ヘクトルは手を振ってその場を去っていった。オズインのささやかな幸せを見届けながら。



――――世界中で一番大好きな人。誰よりも大切な人。貴方がいれば私はきっと。きっとどんなことだって出来るから。だから、ね。だからずっと一緒にいてね。


こうして見るとひどく華奢な背中だと思った。普段の態度のせいで気付かなかったが、見返してみれば確かにか弱い少女なんだと思った。
「セーラ」
名前を呼べば振り返るその顔がひどく眩しかった。まるで花がぱあっと開くように、嬉しさ全開で向けてくるその顔が。
「オズイン様、お弁当食べていただけましたか?」
小走りに駆けよって見上げてくる顔はまるで褒美を待つ子供のようだった。ひどく無邪気な子供のような瞳で、自分を見上げてくる。
「ああ、正直驚いた…きみがこんなにも料理が美味いとは…」
「当然ですよ、だってオズイン様のために作ったんですよ。不味い訳ないじゃないですか」
「―――そうか…私のためだから…美味しいんだな……」
こんな時普段の彼女ならきっとこう言っただろう―――私が作ったんだから美味しいに決まってますと…けれども今は……
「はい、愛情込めて作ったんですから」
我が儘で気まぐれで自分勝手で、けれども自分に正直で素直で、真っすぐに生きている。それはとても。とても私にとっては眩しいものに思えるから。
「…ありがとう…セーラ……」
「…オズイン様……」
こうして無邪気に纏わりついてくるのも、くるくると表情を変えながらも、こうやってとびきりの笑顔を向けてくれるのも、全部。
「…その良かったら……」
全部ひどく。ひどく愛しいもののように思えたから。ずっと見ていたいとそう思ったから。
「…また…作ってきて…くれないか?……」
きみをこれからもずっと。ずっと、見てゆきたいと思ったから。


「はいっ!オズイン様っ!!」


ずっと一緒にいたいの。ずっとそばにいたいの。色んな事を知りたいの。色んな事を知ってほしいの。それが我が儘であってもいい。欲張りでもいい。だってそれが。それが誰かを好きになるって事だから。それが恋する気持ちなのだから。



「オズイン様のためにいっぱい、料理覚えます。だから…だから…私をそばに置いてくださいね……」