見掛けよりもずっと長い睫毛が、そっと閉じられる。その瞬間を見るのが何よりも、エフラムは好きだった。それを見届けて、拒むことのないヒーニアスの唇をそっと塞いだ。
「―――やっと、素直になったな」
唇を離して告げた言葉に、きつくヒーニアスは睨みつけてくる。そんな所もどうしようもない程好きなのだが、告げれば不機嫌になるのであえて言葉にしなかったが。
「素直も何も、お前が目を閉じろと言ったのではないか」
睨みつけながらも目尻の先が、ほんのりと朱く染まっている。そのまま背中に腕を廻して抱きしめれば―――ふざけるなと言いながらも、決して腕の中から逃げる事はしない。
「ああ、そうだな。俺がそう言ったんだ。でも本当に閉じくれるとは思わなかったから」
「……閉じなくてもどうせ…お前は……」
「どうせ、お前は?」
真顔で聞いてくるエフラムに悔しさをにじませながら、ヒーニアスは間近の顔を睨みつけた。その答えなどとうに分かっていながら聞いてくる目の前の男が恨めしい。けれども、それ以上に。
「………私に…………してくるのだろう………」
それ以上に、この男を拒めない自分が。自分が思っている以上に、この男を求めていることが…もっとずっと悔しかった。
ずっと同じ位置に立っていたいと思っていた。今もこの先も、ずっとこうして同じ場所に。
どちらが先でも、どちらが後でもない。同じ場所に立って、互いに競い合って、そしてそれぞれを高めていけたらと。
そう思っていた。今でも、そう思っている。けれども。けれども、それ以上に。
――――それ以上に、もっと近くにいきたいと願っている。もっと中まで入っていきたいと。
「この万年発情期がっ!」
シーツの波に身体を沈められて、ヒーニアスが真っ先に言った言葉がこれだった。口では叱るように言いながらも、決して身体は拒んでない。そんな所がエフラムにとっては、どうしようもない程愛しいのに。
「それはほめ言葉と受け取っていいんだな?」
「どこがほめ言葉だっ!」
「ほめ言葉だろう?常に臨戦態勢ということで」
「―――そんな臨戦態勢はいらんっ!」
呆れたように告げ、顔をぷいっと横に背けてしまった。その頬が、耳が、はっきりと分かるほど真っ赤になっている。本当にどうしようもない程、可愛い。―――言葉にしたら、絶対に張り倒されるから言わないけれど。
「じゃあ望み通り、実行あるのみで」
「待てっ、どうしてそうなる…んっ!」
そむけた顔を自分に向けさせ、そのまま唇を奪った。その方が、本音が分かるから。言葉では絶対素直にならない彼の本音は、こうやって唇を重ねれば分かるから。だから。
「…ん…ふ…んん……」
ほら、こうやって口づければ唇を無意識に開いてくる。舌を口内に忍び込ませれば、おずおずと自らの舌を絡めてくる。こんなにも、分かりやすい好意を返してくれる。
「…ヒーニアス……」
「…やめ…エフ…ぁ…んっ……」
何度も角度を変えて口づける。そのたびに名前を呼んでやれば、長い睫毛が震える。それをこうやって薄目で見る瞬間が、好きだった。
「…ん…んんんっ……」
飲みきれなくなった唾液がヒーニアスの口許を伝う。それを舌で舐めとりながら、エフラムは衣服のボタンに手をかけた。そのままボタンを外して胸元を広げさせると、薄い胸板に指を這わせた。
「…あっ!……」
偶然に辿りついたとでも言うように胸の果実に触れれば、面白いように敏感な身体は反応を寄こした。ぴくんっと身体が、まるで鮮魚のように跳ねる。
「相変わらずお前はココが弱いな」
「…う、うるさい…ソコは…っ…あぁっ……」
くすりとひとつ意地悪な笑みをして、エフラムはその敏感な突起を指で嬲った。親指と人差し指で捏ねるように摘み、痛い程に張りつめさせる。そのまま爪の先で弾いてやれば、耐えきれずにヒーニアスの唇からは甘い悲鳴が零れた。
「ほら、もうこんなだ。本当にお前は――イヤらしい奴だな」
「…って人の上に乗っかっているお前にそんな事を言われたくないっ!!」
確かにその主張はその通りなのだが、今この状況で言ってもヒーニアスにとっては、絶対的不利でしかなかった。現に今も反撃の言葉は、胸を弄る指のせいで意味のないものになってしまう。
「…言われ…ああっ!」
空いている方の胸の果実をエフラムは口に含んだ。そしてそのままぺろりと舐めてやる。それだけで、組み敷いた身体は面白いように反応を返した。
「…駄目…だ…やめ…あぁ…ん……」
身体の中から押し寄せてくる快楽に耐えるように、ヒーニアスは首をイヤイヤと左右に振った。けれどもそんなヒーニアスの抵抗をあざ笑うかのように、エフラムは指と舌の動きを激しくして、より深い快楽を煽った。
「…だめ…ぁぁ…ぁ…ん……」
抵抗する意志よりも、快楽を求める本能が勝ってしまう。どんなに口で否定しても、身体が刺激を求めてしまう。現に今でも言葉ではどんな憎まれ口を叩いても、より深い刺激を求めて、指先に、唇に、乳首を押し付けてしまっている。
「駄目じゃないだろう?ヒーニアス」
胸の愛撫から解放されて、無意識にヒーニアスの唇からは安堵の吐息が零れた。けれどもそれはすぐに別のモノへとすり替えられてしまう。耳元で囁かれた言葉と、いつの間にか自身の下腹部へと延びていた手のせいで。
「ココはもうこんなになってるぞ」
「―――ああっ!!」
布越しでも分かるほど変化させたソレを、エフラムの指が形を辿るようになぞった。くっきりと浮かび上がる快楽のシルシは、指先にはっきりと熱を伝える。
「…やぁっ…ぁぁ…やめっ……」
膨らんでいる部分を上下に指で辿り、しばらく反応を楽しんだ。どくどくと布越しでも脈打つのが分かるまで。
「…駄目…だ…もうっ……」
「―――もう?」
目尻から生理的な涙が零れてくる。それをエフラムは確認して、そっと耳元に囁いた。ひとつ息を、吹きかけながら。敏感になったヒーニアスの身体はそれだけで、ぞくぞくとした。けれども。
「もう、どうして欲しいんだ?」
けれども、その言葉には唇を噛みしめて堪えた。―――こんな時まで…と、エフラムは思わずにはいられない。こんな時まで絶対に。絶対に、自分に対して意地を張る。こんな時に、まで。
「言葉にしないと分からない。言え、ヒーニアス」
「…いや…だ…お前が…勝手に……」
「勝手に?」
「…勝手に…私の身体を…弄んで…いるんだ…っ……」
そう言いながら、指先に熱いモノを押し付けてくる。足をきつく、絡めてくる。何処までも素直じゃなくて、何処までも意地っ張りで、けれどもどこまでも。
「ああそうだな。俺がお前を勝手に好きにしているんだ」
どこまでも、可愛い自分だけの―――恋人。
「でもそれを…お前も望んでいるんだろう?」
囁かれた言葉に肯定する代わりに、ヒーニアスはエフラムの背中に腕を廻した。素直に鳴らない彼の唯一の。唯一の本音を、確認する方法。それを知っているのは、自分だけだった。
下着ごとズボンを脱がせ、限界まで膨れあがったソレを外へと解放してやる。ひんやりとした空気に触れて一瞬ソレは縮こまったが、エフラムの手によって包まれればすぐに先ほどの硬度を取り戻した。
「…あぁ…あ…んっ……」
手のひらで包み込み、先端部分を指先で抉ってやる。それだけで、鈴口からは先走りの雫が零れてきた。それを指に擦り込み、そのまま足を開かせ最奥の部分に埋め込んだ。
「…くふっ…ふうっ………」
狭い入り口を指でこじ開け、媚肉を解してゆく。くちゅくちゅと濡れた音とともに。最初は拒んでいた内壁も、今はエフラムの指の刺激を逃さないようにときつく締めつけてくる。
「…くんっ…んん…んんっ……」
口から零れる甘い声が嫌で、ヒーニアスは自らの指を口に咥え声を堪えた。そんな恥じらう姿ですら、エフラムにとっては欲望を煽るものでしかない。それすら、も。
「ヒーニアス、指を噛むな。綺麗な指に傷がつく。それに」
「…あっ……」
「俺がもっと。もっと、お前の声が聴きたい」
指を外させ、その指に一つ唇を落とした。そのまま唇にキスを、する。こうして唇を重ねる時が一番、彼の本音が伝わってくるから。
「…もっとお前の声が…聴きたい……」
低く掠れた声で囁かれた瞬間、ぞくぞくとしたモノがヒーニアスの背中を駆け巡った。その正体を確認する前に、ヒーニアスの脚がエフラムの背中に乗せられる。そして。
「…もっと、イイ声で…啼いてくれ…ヒーニアス……」
そして入り口に、硬いモノが充てられる。その熱さと硬さに、無意識にヒーニアスの口からは安堵の吐息が零れた。―――それが何時もと変わらない熱を、持っているということに。
ここに、いたい。ずっと、この場所に。
お前の隣に、いたい。それだけが。
それだけが、望み。それだけが、願い。
――――ずっとふたり。ふたり、同じ位置に立っていたい。この場所を誰にも渡したくない。
深く奥まで貫かれ、ヒーニアスの口からは甘い悲鳴がひっきりなしに零れてくる。それに答えるように、エフラムは激しく腰を打ちつけた。
「…あああっ…ああ…ああぁっ!」
繋がった個所から激しい熱が広がって、それが全身を駆け巡る。出口を求めて激しく身体中を駆け巡る。駆け巡り、意識を飲み込んでゆく。
「…ヒーニアス…ヒーニアス……」
「ああっ…ぁぁぁっ…ああ…っ!!」
擦れるたびに生まれる熱が。繋がった個所から零れてくる濡れた音が。抉られるたびに広がる快感が。その全てが、自分を溺れさせてゆく。見えない場所へと、堕ちてゆく。
「―――もう限界だ…出すぞ……」
「ああああっ!!!」
「――――くっ……」
体内に白濁した液体が注ぎ込まれる。それと同時にヒーニアスも悲鳴のような声を上げて、自らの欲望を吐き出した。
髪に、指を絡めて。そっと、絡めて。
「…ヒーニアス……」
そこから零れる汗を唇で拭ってやって。
「…エフ…ラ…ム……」
そのまま形良い額に口づけて。くちづけ、て。
「好きだ、ヒーニアス。お前だけが」
降らせた言葉に、お前の震える睫毛を確認する。
――――言葉では告げてくれないから、その睫毛に答えを求めた。ただひとつの答えを。
そっと睫毛が閉じられる。その何よりも一番好きな瞬間を見届けて。見届けて、エフラムはひとつ口づけた。口づけて、伝える。言葉ではなく唇で、伝える。その瞬間が、全てだった。受け入れる唇が、その答えだと知っているから。それが全ての、答えだと。
――――互いの想いは、今こうして。こうして同じ場所にあるのだということを……