Unreal



――――唇が離れた瞬間、名残惜しげに残るぬくもりがひどく悔しくて。


唇が離れるのを感じて睫毛を開けば、そこにあるのは海のように深い蒼色の瞳だった。冷たい冬の海のようでもあり、激しい夏の海のようでもある不思議な色をした瞳。その奥にあるものが見てみたくてヒーニアスは潤んだ視界を凝らしてみたけれども、再び降りてくる唇がその先を覗く事を許してはくれなかった。
「…んっ…ふっ……」
唇を閉じようとしても忍び込んでくる舌がそれを許してはくれない。口内に辿り着くと逃げようとするヒーニアスの舌を絡め取りきつく根元を吸い上げた。
「…はぁっ…んっ…んんっ……」
くちゅくちゅと絡め合う濡れた音と、零れ落ちる吐息の音だけが室内を埋める。その音に溺れてゆく自分を感じながら、ヒーニアスはその背中に腕を廻ししがみ付いた。
「―――随分と可愛い事してくれるな」
唾液の糸がふたりの唇を結び、触れあっている個所が離れてゆく。けれども重ね合った熱は消えることなくヒーニアスの唇にその感触をリアルに残してゆく。
「…何、言って……」
睨みつけようとしても無駄だった。しがみ付いた両腕と潤んだ瞳がその行為を無意味にする。唇から零れ落ちる声は乱れ、吐息は嫌になるくらいに甘い。
「こんな風に何もない時でもしがみ付いてくれたらな」
こうして向かい合えば背丈はほぼ変わらない。むしろ自分の方が高い程だ。けれども、どうしてこんなにも。こんなにも自分の方が見上げているように思えるのか。
「まあ、いい。お前の可愛い所はベッドに行けばいくらでも見られるしな」
自らの口許を伝う唾液をぺろりと舌で舐め取ると、エフラムはくすりとひとつ微笑う。それはむせかえる程の雄の笑み、だった。


こうして腕の中にいると現実が何処にあるのか分からなくなる。こうして腕の中で乱れていると、日常が何処にあるのか分からなくなる。ここにいる自分すらまるで夢のようで。今自分が何処に居るのかすら…分からなくなる。


喉元に唇を落とされて、耐えきれずに睫毛を震わせた。そのままざらついた舌が鎖骨の窪みへと滑ってゆく。きつく唇を吸われればそこに咲くのは紅い華だった。
「…ふっ…くふっ……」
唇をきつく閉じ声を堪えても、どうしても甘い吐息は零れてしまう。それでも堪えようとして唇ら噛みしめれば、諦めろとでも言うように胸の果実を口に含まれた。
「…はっ…あぁっ!……」
ソコを弄られればもうどうする事も出来ない。尖った胸に舌を這わされ、空いている方の突起は指で嬲られる。敏感な個所を手と舌で攻められれば、ヒーニアスの濡れた唇からはもう甘い悲鳴しか零れなかった。
「本当にお前はココに弱いな」
「…誰がっ…弱くし……んっ!」
睨みつけようと瞼を開けば冷たくて熱い瞳が自分を見下ろし、そのまま噛みつくように口づけられる。胸は指で弄られながら。優しくない、激しいキス。意識すら奪うキス、リアルすら奪ってゆくキス。それに溺れてゆくのを止められない自分を感じながら、それでも確かにコレが現実だと確かめたくて背中にきつく抱きついた。日常からこうして切り取られていく自分を繋ぎ止める為に。
「…んんっ…んんんっ…んっ!!」
胸を弄んでいた指は次第に下腹部へと移動してゆく。胸からわき腹、臍の窪みへと。そして太腿に触れて脚を開かせると、茂みにある肉棒に手を這わせた。
「んんんっ!!んんんっ!!」
声を出したくても唇は塞がれていて叶わなかった。けれども動かす手の動きは止まることなく、むしろ激しくなってゆく。側面を包み込みながら先端の窪みを指先で抉る。その刺激に耐えきれずに鈴口からは先走りの雫が零れてきた。その液体をエフラムは指で擦りつけると、唇を離して組み敷いた相手を見下ろした。普段は尊大とも思える勝気な瞳がきつく閉じられ、唇からは唾液を零しつつ甘い吐息を零している。その仕草を見ているだけで欲情した。普段の隙のなさからは想像も出来ないほど乱れ綻んだ相手に。
「舐めろよ、ヒーニアス」
ヒーニアスの体液で濡れたエフラムの指先が口許をこじ開ける。命じられるままにその指先を舐め取った。薄く目を開きながら生き物のように紅い舌を絡ませるその姿は、ひどく煽情的で。
「良く分かってるな。舐めないと自分が辛いからな」
こんな時も不遜な態度を取る恋人を恨めしく思いながらも、舌の動きを止める事はヒーニアスには出来なかった。この先にある行為を身体が理解している以上、止めることなんて出来ない。この下半身からじわりと這いあがる快楽がある以上。
「良く出たな。これがご褒美だ」
「―――ああっ!」
濡れた指が最奥に突き刺さる。そのまま中を掻き乱され、ヒーニアスは身体を震わす事を止められなかった。びくびくと、嫌になるくらいに震わせる事を。
「…あぁっ…んっ…はぁんっ……」
一本だった指は本数を増やされ今は日本の指が好き勝手に、中を掻き乱している。くちゅくちゅと濡れた音を立てながら。
「…ぁぁっ…エフラ…ムっ…もぉっ…」
指だけでイキそうだった。そんな風に何時しか自分の身体は淫らに開発されていた。目の前の男のせいで、どうしようもなく淫乱な身体へと。淫らで淫乱な生き物へと。
「もう?どうした?」
耳元に息を吹きかけるように囁かれて、ヒーニアスは唇を閉じる事すら出来なかった。もう後は望む言葉を告げる事しか、出来ない。
「…もぅ…我慢…出来ないっ……」
「出来ないならどうして欲しい?」
切り取られてゆく日常。消されてゆく現実。けれどもこうして感じる熱は、体温は、確かに今ここにある。ここに、あるのだから。
「…れて…くれ…これを…っ」
震える手で目の前にある力強い楔に触れた。この巨きくて硬い楔で貫いてほしい。中をぐちゃぐちゃに掻き乱して欲しい。熱を感じたい。肉を擦れ合わせたい。その熱さこそがただひとつのリアルになるように。
「良く出来たな―――ほら、望みのものだ」
「ああああっ!!!」
ずぶずぶと濡れた音とともに引き裂かれるような痛みと目眩のする快楽が襲ってきた。媚肉を引き裂き、奥へ奥へと貫く楔が。
「…あああっ…ああああっ!!」
一息付かせる間もなく、エフラムはヒーニアスの腰を掴むとそのまま引き寄せる。がくがくと揺さぶりながら抜き差しを繰り返す。そのたびに中に在る存在感は増し、ヒーニアスの意識を飛ばしていった。
「あああっ…もうっ…もうっ…ああああっ!!!」
何も考えられない。今はもう。もうこの中に在る存在だけが全て。擦れ合っている肉の感触だけが全て。繋がり合っている熱さだけが全て。それだけが……
どくどくと音とともに熱い液体が体内に注がれる。その熱さに全てが飲み込まれて、真っ白になった。


離さないで欲しい。もっと繋がっていたい。もっと感じていたい。リアルが何処にもなくていい。だからずっとこうしていて欲しい。



互いの欲望を吐き出しても繋がっていた。
「…キス……してくれ……」
下を繋げたままだから、上も繋げたくて。
「ああ、幾らでも。お前が望むなら―――」
ぜんぶ、ぜんぶ、つながっていたくて。


指を絡めて、唇を重ねた。繋がったままで。全部、繋がったままで。




唇が離れても悔しくなかった。唇に残るぬくもりすら今は繋がっていると感じられるから。