―――夢と現実の境界線に君がいた。君だけがそこにいた。
無意識に握りしめている手のひらをジストはゆっくりと解いた。このままにしておきたかったけれど、もう時間が許さなかった。
「―――サレフ…またな」
こうして瞼を閉じていると普段よりもその表情が幼く見えた。それがひどく愛しいものに思えてジストはしばらくその寝顔を眺めていたかったが、もう行かなくてはならない。
「…また来るからよ、これで勘弁してくれや」
そう告げるとそっとひとつジストは唇を落とした。微かに寝息が聴こえてくる、その唇に。微かにあたる無精ヒゲの感触を、残しながら……。
子供じみた我が儘だから、何時も喉元に飲み込んで必死に耐えていた。零れそうになる言葉を必死で飲み込んでいた。そんな事で君を困らせたくなかったから。けれども。けれども、もしもこの我が儘を吐き出す事が出来たならば。そうしたら、この淋しさも消す事が出来るのだろうか?
『―――ずっとそばにいてほしい……』
手を、伸ばした。懸命に手を伸ばして、その手を掴んだ。逞しく強い、そして傷だらけの手を。この手があれば怖いものは何もなかった。何も、なかった。
『…ジスト…私は……』
指を絡めればすっぽりと包まれてしまう。頬に充てれば暖かなぬくもりが伝わってくる。それは泣きたくなるほどのしあわせだった。
『…私は君に……』
分かっているこれは自分勝手な我が儘でしかない。独りよがりな想いでしかない。けれども。けれども、ただひとつの願いだった。自分にとってただ一つ、叶えたい願いだった。
『…君にずっと……』
ずっとそばにいてほしい。何処にもいかないでほしい。自分の知らない所で傷を負わないでほしい。自分の知らない人と知らない世界にいかないでほしい。ずっと…ここにいてほしい……。
夢と現実の狭間で零れた本音は、けれども声として零れる事はなかった。
微かに残る無精ヒゲの感触が、ただ切なかった。解かれた指先が優しい感触を残せば残す程、苦しかった。
「…ジスト……」
何処までが夢で、どこからが現実だったのだろうか?ゆめうつつのまどろみの中で、確かな現実は今ここにもう彼がいないという事だけで。手を伸ばしてもそのぬくもりに触れる事が出来ないという事だけで。
「…行ってしまったのか……」
まだ身体の隅々にそのぬくもりが、指先の感触が残っている。唇とともにあたる無精ヒゲの感触も、体内に注がれた白い欲望も、その全てが残っているのに。
「…ジスト…次は何時逢えるのだろうか?……」
分かっている、彼は再びここへ戻ってきてくれる。自分の元へと帰って来てくれる。けれども。けれども、何処かで思っている。彼が戻る場所はここではないのだと。彼が戻る場所はここじゃない。傭兵として生きる彼の戻る場所は―――戦場だ。それでも…
「…何時君に…逢える?……」
それでも、願わずにはいられない。子供じみた我儘でも、身勝手な想いでも。ここに還ってきてほしい。自分の元が彼にとっての最期の場所であってほしいと。
ゆめうつつに願ったものは。零れた想いは、伝えたかったことは、ただひとつだけで。けれどもそのただひとつだけがどうしても叶わないもので。
「――――愛している…ジスト……」
それだけならば良かったのに。それだけならばこんなにも苦しくなかったのに。ただ愛するだけならば。けれどもそれ以上のものを、それ以上の想いを持ってしまった。そして、願ってしまった…君の全てを……
そっと瞼を閉じて、微かに残るぬくもりと感触を追いかけた。ゆめうつつに追いかけた。そうしたら君がそこにいるような気がしたから。私のそばに君がいるような気がするから。
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